【遺言執行者の任務(権利・義務)の総合ガイド】
1 遺言執行者の任務(権利・義務)の総合ガイド
遺言執行者とは、遺言書の記載内容を実現するために、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為を行う権限を有する者として選任された者です。遺言執行者はとても広い権限を持ち、文字どおり、遺言内容を執行(実現)するために重要な役割を果たします。
本記事では、遺言執行者の任務の全体像を説明します。
2 遺言執行者の権限範囲の変更(平成30年民法改正)
遺言執行者の権限範囲については、解釈の変遷がありました。従来の通説では、遺言執行者の権限は限定的に解釈される傾向にありました。これは、相続は相続人の権利承継を原則とするものであり、遺言執行者の権限は遺言の執行に真に必要な行為に限定されるべきであると考えられていたためです。特に、「相続させる」旨の遺言については、遺産分割方法の指定と解釈され、遺言執行者の権限は限定的であるとされていました。
しかし近年では、遺言執行者の権限をより広範に解釈する有力説が台頭しています。この見解は、遺言者の意思をより確実に実現するためには、遺言執行者に遺産の管理、処分、名義変更など、遺言の執行に必要な一切の行為を行う権限を認めるべきであると主張します。
平成30年の民法改正は、遺言執行者の権限をより明確化し、強化することを目的として行われました。改正により、遺言執行者の任務は「遺言の内容を実現するため」に行うことが明記され、その法的地位は相続人の代理人ではなく、遺言の執行者としての独立した立場であることが明確化されました。
特に重要な変更点として、遺言執行者は、遺産に属する特定の財産を特定の相続人に承継させる旨の遺言(特定財産承継遺言)があった場合、当該相続人が第三者に対抗するために必要な行為(例えば、不動産の登記)を行うことができるようになりました。さらに、遺言執行の対象が預貯金債権である場合には、遺言執行者は払戻しの請求や預貯金契約の解約の申入れを行う権限も明示的に付与されました。
詳しくはこちら|遺言執行者の権限に関する平成30年改正の変更点(権限強化)
3 具体的な権限内容
遺言執行者の具体的な権限内容は多岐にわたります。まず、遺産の調査・特定・管理に関する権限として、遺言の内容を実現するために、被相続人の遺産を調査し、特定する権限を有します。これには、金融機関への照会、不動産の調査、有価証券の確認などが含まれます。また、遺言執行者は、遺産が相続人や受遺者に引き渡されるまで、これを適切に管理する権限を有します。
次に、各種名義変更と引渡しに関する権限として、遺言執行者は、遺言の内容に従い、不動産、預貯金、有価証券、自動車などの名義変更手続きを行う権限を有します。また、遺言に基づき相続人や受遺者に対し、遺産を引き渡す義務を負います。
詳しくはこちら|遺言執行者による不動産の引渡や登記の請求の可否(要否)
さらに、財産処分に関する権限として、遺言の執行に必要な範囲内で、遺言執行者は遺産を売却などの方法で処分する権限を有することがあります。ただし、この権限は遺言の目的を達成するために必要な場合に限定され、遺言者の意思に反するような処分は許されません。
詳しくはこちら|遺言執行者の権利義務(任務)(民法1012条)(解釈整理ノート)
最後に、相続人・受遺者との調整における権限として、遺言執行者は、遺言の円滑な執行のため、相続人や受遺者と連絡を取り、必要な調整を行う権限を有します。これには、遺言の内容の説明、手続きの進捗状況の報告、必要な書類の提出の依頼などが含まれます。
詳しくはこちら|遺言執行者の調査報告義務(理論と実務)
4 相続人の行為制限
遺言執行者がある場合、相続人は原則として、遺言執行者の職務を妨げる行為をすることが禁じられています。民法1013条はこれを明文化しており、この規定により、相続人は遺言執行者の権限に属する事項について、独断で処分行為を行うことができなくなります。
たとえば、遺言で特定の不動産を特定の相続人に承継させる旨の遺言がある場合、他の相続人がその不動産を勝手に処分することはできません。このような制限に違反する行為は原則として無効となります。
ただし、相続人の行為制限には一定の限界があり、取引の安全との調整が図られています。例えば、善意の第三者が相続人から財産を取得した場合、その取得の効力は保護される可能性があります。このように、民法1013条は遺言執行者の職務の実効性を確保するためのものですが、取引社会における安全も配慮された規定となっています。
詳しくはこちら|遺言執行者による遺言執行に抵触する相続人の処分は無効となる
それ以外の行為について、職務権限に含まれるかどうかが問題となることもあります。
詳しくはこちら|遺言執行者の権限|預金払戻・遺言無効確認訴訟・登記抹消請求訴訟
詳しくはこちら|貸金庫契約|法的性質・内容物の差押・遺言執行者の開閉権
5 遺言執行者が必須となる任務
遺言執行者の選任は、必ずしも全ての遺言において必須ではありませんが、遺言の内容によっては選任が法律上要求される場合があります。具体的には、遺言による子の認知(遺言認知)と相続人の廃除または廃除の取消しを行う場合には、遺言執行者の選任が必須となります。
(1)遺言認知→認知届提出
遺言認知の場合、遺言執行者は、就任の日から10日以内に、認知に関する遺言の謄本を添付して、市区町村役場に認知の届出を行う義務を負います。この届出を行う権限は遺言執行者のみに与えられているため、遺言執行者がいなければ認知の効力を生じさせることができません。
詳しくはこちら|遺言認知|子の存在を隠す・遺言執行者が認知届提出
(2)相続人廃除→家庭裁判所への請求(申立)
また、相続人廃除の場合も同様に、遺言執行者は、遺言が効力を生じた後、遅滞なく家庭裁判所に相続人廃除の請求を行う必要があります。この請求も遺言執行者のみが行うことができる権限です。
これらのケースで遺言執行者がいない場合、利害関係人(相続人、受遺者など)は、家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てる必要があります。家庭裁判所は、申立てに基づき、遺言執行者を選任し、遺言の内容が実現されるように手続きを進めます。
6 遺言執行者の法的義務
遺言執行者には、様々な法的義務が課されています。まず、民法1012条3項および644条の準用により、遺言執行者は善良な管理者の注意をもって任務を行わなければなりません。これは、その者の職業や社会的地位などから客観的に期待される注意義務であり、遺産を適切に管理し、遺言の内容を誠実に執行する義務を意味します。
次に、報告義務として、遺言執行者は相続人の請求があるときはいつでも、遺言執行の状況を報告する義務を負います(民法1012条3項、645条準用)。また、遺言執行が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を相続人に報告しなければなりません。
さらに、平成30年の民法改正により、遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく遺言の内容を相続人全員に通知する義務を負うこととなりました(民法1007条2項)。これは、相続人の知る権利を保障するための重要な義務です。
また、財産目録作成・交付義務として、遺言執行者は遅滞なく相続財産の目録を作成し、相続人に交付する義務があります(民法1011条1項)。これにより、相続人は遺産の全体像を把握することができます。
詳しくはこちら|遺言執行者の基本的な法的義務(平成30年改正対応)
7 任務遂行上の留意点
遺言執行者が任務を遂行する上で、いくつかの重要な留意点があります。まず、複数の遺言執行者がいる場合の職務分担について、民法1017条は、複数の遺言執行者がある場合には、その過半数で事務を決することを規定しています。ただし、遺言者が遺言で別段の意思表示をしているときは、その意思に従います。
次に、遺言の解釈が困難な場合の対応として、遺言執行者は遺言書全体を注意深く検討し、遺言作成時の状況や遺言者の意図を推測する必要があります。必要に応じて、遺言書の作成に関与した公証人や弁護士に相談することも有効です。最終的な解釈が困難な場合は、家庭裁判所に遺言の解釈に関する判断を求めることも検討されます。
また、相続人との意見対立への対処方法として、相続人と遺言執行者の間で意見の対立が生じた場合は、まず双方で十分に話し合い、合意点を探ることが重要です。必要に応じて、弁護士などの専門家に相談し、仲介や調停を依頼することも有効です。
さらに、専門家への委任(復任権)の範囲についても留意が必要です。遺言執行者は、自己の責任で第三者に遺言の執行を委任することができます(民法1016条)。ただし、遺言者が遺言で別段の意思表示をしているときは、その意思に従います。復任権の行使は、専門的知識が必要な場合など、相当の理由がある場合に認められます。
8 遺言執行者の任務の終了
遺言執行者の任務は、遺言の内容が完全に実現されたときに終了します。任務完了の判断基準については、遺言で指定された全ての財産の移転が完了し、必要な手続きが全て終了したことを客観的に確認できることが重要です。
任務完了後の報告の方法と内容については、遺言執行者は、遺言の執行が完了した後、遅滞なくその経過及び結果を相続人に報告しなければなりません(民法1012条3項、645条準用)。報告は書面で行うことが望ましく、遺言執行の内容、遺産の状況、収支などを詳細に記載します。
また、相続財産の引継ぎ手続きとして、遺言執行者は、遺言執行のために受け取った金銭その他の物を、相続人に引き渡す義務を負います(民法1012条3項、646条準用)。引継ぎの際には、引渡しの日時・場所・方法について相続人と十分協議し、円滑に進めることが望ましいです。
9 実務上のQ&A
(1)未知の財産が発見された→遺言内容に沿った処理
遺言執行の過程で未知の財産が発見された場合は、遺言執行者はその財産についても適切に調査し、遺言の内容に従って処理する必要があります。遺言に明示的な指示がない場合は、遺言全体の趣旨や被相続人の推定される意思を考慮して対応することが求められます。必要に応じて、相続人と協議し、合意形成を図ることも重要です。
(2)遺言の文言が不明確→遺言者の真意を探る
また、遺言の文言が不明確な場合の任務遂行については、遺言執行者は遺言全体の整合性や遺言者の生前の言動など、あらゆる事情を考慮して遺言の真意を探る必要があります。解釈が困難な場合は、相続人全員の合意を得ることが望ましいですが、合意が得られない場合は、家庭裁判所に判断を求めることも検討すべきです。
(3)相続人が亡くなった→次世代が相続人
さらに、遺言執行中に相続人が死亡した場合の対応として、死亡した相続人の相続人(遺言者からみれば2代先)が権利を承継することになります。遺言執行者は、新たな権利者に対しても遺言の内容を通知し、必要な手続きを進める必要があります。特に、相続財産の引渡先や名義変更先が変わることになるため、注意が必要です。
10 まとめ
遺言執行者の任務は、遺言者の最終意思を実現するための重要な役割を担っています。平成30の民法改正により、遺言執行者の法的地位と権限はより明確化され、遺言執行の実務における円滑な手続きの進行が期待されています。
遺言執行者は、善良な管理者の注意義務をもって任務を遂行し、相続人への通知や報告義務を果たす必要があります。また、遺言認知や相続人廃除などの特定の場合には、遺言執行者の選任が必須となります。
遺言執行の任務を適切に遂行するためには、民法の規定や判例の動向を正確に理解し、実務上の留意点に注意を払うことが重要です。また、複雑な案件や解釈が困難な場合には、専門家に相談することも有効です。遺言執行者の適切な任務遂行により、遺言者の意思が尊重され、円滑な相続が実現されることが期待されます。
本記事では、遺言執行者の任務の全体像について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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