【意思能力判定における認知機能検査スコアの評価(HDS-R・MMSEなど)】
1 意思能力判定における認知機能検査スコアの評価(HDS-R・MMSEなど)
日本において「意思能力」とは、法律行為を行う際に、その行為の意味や結果を理解し、自身の自由な意思に基づいて意思決定を行う能力を指します。この能力は、契約の締結や遺言書の作成といったあらゆる法律行為の有効性を左右する根幹であり、意思能力を欠く状態で行われた法律行為は無効とされます。民法では、意思能力を有しない者がした法律行為は無効であることが明文化されています。
詳しくはこちら|民法における意思能力と制限行為能力(本人保護の仕組み)の基本
遺言や各種の契約の有効性(有効か無効か)を判断する実際の場面では、認知機能検査が活用されています。本記事では、意思能力の判定の中で、認知機能検査がどのように評価されているか、ということを説明します。
2 意思能力の法的位置づけと認知機能検査の役割
意思能力は、遺言書の作成、財産管理、成年後見制度の利用など、様々な法律行為を行う上で不可欠な要素です。民法では、15歳以上で意思能力があれば遺言を作成できると定められています。
詳しくはこちら|遺言能力|基本・全体|年齢・実質的判断|精神状態・遺言の複雑性・背景
また、認知症などで判断能力が不十分な方を保護・支援する成年後見制度においては、本人の判断能力の程度に応じて後見、保佐、補助といった類型が設けられています。
詳しくはこちら|成年後見などの申立|鑑定実施|要否の判断・費用相場・負担者・統計
認知機能検査は、記憶力、判断力、理解力といった認知機能の様々な側面を客観的に評価するための標準化されたツールです。これらの検査は、もともと認知症のスクリーニングや重症度の評価を主な目的として開発されましたが、法律的な場面における意思能力の判定においても、重要な判断材料の一つとして活用されています。
ただし、認知機能検査の結果は、あくまで検査時点における個人の認知機能の状態を示すものであり、そのスコアが直ちに法律的な意思能力の有無を決定するわけではありません。最終的な意思能力の判断は、認知機能検査の結果に加えて、医師の診断、本人の日常生活の状況、家族や介護者からの情報など様々な要素を総合的に考慮して行われます。
3 主な認知機能検査の種類と特徴
(1)改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
HDS-Rは、日本で最も広く使用されている認知症のスクリーニングテストの一つです。年齢、見当識(時間や場所の認識)、記憶、注意、計算、言語といった認知機能の基本的な領域を評価します。評価者が質問を口頭で読み上げ、被験者が口頭で答える形式で実施され、所要時間は5分から15分程度です。
30点満点で採点され、一般的に20点以下の場合には認知症の疑いがあるとされています。
(2)ミニメンタルステート検査(MMSE)
MMSEは、認知機能障害や認知症のスクリーニングを目的として世界的に広く使用されている検査です。時間と場所の見当識、記憶、注意と計算、言語能力、図形構成能力といった11の項目から構成されており、より広範な認知機能領域を評価します。口頭での質問応答に加えて、簡単な計算、文章の復唱、指示に従った行動、図形の模写といった課題が含まれ、所要時間は10分から15分程度です。
30点満点で採点され、一般的に23点以下(日本語版のMMSE-Jでは20点以下)の場合に認知症の疑いがあるとされます。
(3)Clinical Dementia Rating (CDR)
CDRは、認知症の重症度を評価するためのスケールです。記憶、見当識、判断力と問題解決能力、地域社会への関与、家庭と趣味、身の回りの世話という6つの領域における認知機能と日常生活能力を評価します。患者本人と、通常は家族や介護者への半構造化された面接を通じて行われ、各領域を0(認知症なし)から3(重度認知症)までの5段階で評価します。
CDRが0.5の場合は、軽度認知障害を示すことが多いです。
(4)時計描画テスト(CDT)
CDTは、視空間認知能力や遂行機能、注意力を簡便に評価することを目的としています。被験者に時計の文字盤を描き、その中に数字を配置し、特定の時刻を示すように針を描いてもらうという方法で、所要時間は10分から15分程度です。時計の円の形状、数字の配置、針の描き方などを評価し、認知機能の低下の程度を判断します。言語障害のある人にも比較的実施しやすいという利点があります。
(5)その他の認知機能検査
ABC認知症スケール(ABC-DS)、Mini-Cog、Montreal Cognitive Assessment (MoCA)、地域包括ケアシステムにおける認知症アセスメントシート21項目(DASC-21)など、様々な認知機能検査が存在します。それぞれ目的や評価領域、実施方法などに特徴があり、状況に応じて使い分けられています。
4 意思能力判定が必要となる法的場面
(1)遺言・相続
遺言書の作成は、法律行為の中でも特に意思能力(遺言能力)が厳格に求められる行為の一つです。遺言能力(遺言の内容を理解し、その結果を認識できる能力)の評価においては、HDS-RやMMSEの結果が重要な判断材料となります。これらの検査のスコアは、遺言作成時点における遺言者の認知機能の状態を示す客観的な指標となり、医師の診断書や遺言能力鑑定の結果と併せて考慮されます。
詳しくはこちら|遺言能力の判断基準と認定方法(書証や証人の種類・証明力・収集方法)(整理ノート)
(2)財産管理・金銭管理
高齢になり認知機能が低下すると、自身で適切に金銭管理や財産管理を行うことが困難になる場合があります。このような状況において、認知機能検査は、本人が自身の財産を理解し、管理する能力があるかどうかを評価する一助となります。銀行口座の解約や不動産の売却といった重要な財産に関する行為を行う際に、本人の認知機能の状態を把握するためにHDS-RやMMSEなどが実施されることがあります。
(3)成年後見制度(後見、保佐、補助)
認知症、知的障害、精神障害などにより判断能力が不十分な方を保護・支援する成年後見制度においても、認知機能検査は重要な役割を果たします。成年後見開始の申立てに際しては、本人の判断能力の程度を評価するために、医師の診断書とともに認知機能検査の結果が考慮されます。
本人の判断能力の程度に応じて、後見、保佐、補助のうち、どの類型が適切かを検討、選択することになります。
詳しくはこちら|成年後見などの申立|鑑定実施|要否の判断・費用相場・負担者・統計
(4)医療同意
医療行為を受ける際には、患者本人の自由な意思に基づく同意(インフォームドコンセント)が原則として必要であり、そのためには患者が医療行為の内容やリスク、代替手段などを理解できる意思能力を有していることが求められます。認知機能検査は、患者がこれらの情報を理解し、合理的な判断を下せる能力があるかどうかを評価する際に役立ちます。
5 認知機能検査結果の解釈と限界
認知機能検査の結果は、意思能力の評価において重要な参考情報となりますが、いくつかの限界があることを理解しておく必要があります。
一般的に、HDS-Rの点数が10点以下の場合、意思能力がないと判断される傾向が強いです。
11点~14点の場合は、意思能力がないとされる可能性が高いです。
15点~19点の場合は、意思能力があるとされる可能性が高くなります。
20点以上であれば、意思能力があるとされることが多いです。
以上はあくまでも目安です。他の事情によって異なる判断がなされることもあります。
認知機能検査はあくまで認知機能の低下のスクリーニングや重症度の評価を目的として設計されており、法律的な意思能力を直接的に判定するものではありません。また、検査の成績は、教育歴、文化的背景、言語能力、検査時の体調や精神状態、検査に対するモチベーションなど、認知機能以外の様々な要因によって影響を受ける可能性があります。
さらに、認知機能は時間とともに変化する可能性があり、特にせん妄などの状態では認知機能が大きく変動することがあります。意思能力を評価する際には、可能な限り、問題となっている行為が行われた時点での認知機能の状態を把握することが重要です。
一部の高知能者では、認知症が進行しているにもかかわらず、スクリーニング検査で正常範囲内の点数を示すことがある点も留意する必要があります。このような場合、より詳細な認知機能検査や臨床的な観察が必要となります。
6 認知機能低下の対策(参考)
後から「意思能力がなかった」と判断されると、各種の行為が無効となってしまうので、判断能力が十分にある時期に、任意後見制度、財産管理契約、家族信託などの対策をとっておくことが望ましいです。
詳しくはこちら|死後事務委任契約・財産管理契約|財産デッド・ロック回避|特徴・有効性
詳しくはこちら|認知症による財産デッド・ロック|信託を使って予防・回避する方法
7 一般の方々の誤解や疑問点
認知機能検査と意思能力については、一般の方々の間で多くの誤解や疑問が存在します。
(1)「認知症と診断されたら、もう遺言は作れないか?」→作れることもある
認知症イコール意思能力なし、というわけではありません。意思能力(遺言能力)と医療上の診断(認知症)は別のものです。認知症の方でも、判断能力には変化があります。遺言作成の時点で判断能力が一定レベル以上にあれば、遺言は有効となります。
(2)「認知機能検査スコアが高ければ意思能力ありといえる?」→直結ではない
認知機能検査の結果だけで意思能力の有無が決まるわけではなく、医師の診断や遺言の内容、遺言者の状況などが総合的に考慮されます。意思能力は個人の判断力や理解力に依存します。実際に裁判の中で意思能力を判断する際にも、認知機能検査結果以外にも、臨床面接、日常生活の観察、家族や介護者からの情報、病歴、そして問題となっている行為の内容や複雑さなど、様々な要素を総合的に考慮することになります。
本記事では、意思能力判定における認知機能検査スコアの評価について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言書作成や各種契約を締結する際の意思能力の判定や、すでになされた遺言や契約の有効性に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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