1 認知症による財産デッド・ロック
2 信託の利用による財産デッド・ロックの回避
3 信託の受託者の権限を制限することもできる
4 信託による所有権登記には『信託の登記』が明示される
5 『信託の登記』があっても,財産処分の登記の際は委託者の意思確認は不要
6 認知症発症後の扶養を目的とする信託|条項例

1 認知症による財産デッド・ロック

認知症で判断能力が低下すると,財産の管理ができなくなります。
詳しくはこちら|認知症→財産デッド・ロック|基本|誰も財産を動かせない・解決・回避策
その回避策の1つとして,信託を活用する方法があります。

2 信託の利用による財産デッド・ロックの回避

信託というのは,財産の管理を第三者に託す,という概要の制度です。
例えば息子さんを受託者とすれば,息子さんの判断で不動産の売却や担保設定ができるようになります。
信託の目的の中に,資金調達のための処分も含めておけば,そのとおりに,売却や担保設定ができるようになります。
特に家業を継ぐという場合には有用でしょう。
具体的な売却,担保設定の手続は受託者が行います。
仮に委託者(元々の不動産所有者)が認知症でも問題は生じません。

3 信託の受託者の権限を制限することもできる

例えば,信託によって不動産の所有権を長男に移した場合,次男が不満を持つということもありましょう。
また,当面は現在の所有者が不動産に関する権限を持っていたほうが良い,ということも多いです。
このようなニーズに対応した方法が可能です。

<受託者の権限を制限する信託の設定例>

『(委託者候補者の)後見開始の審判の確定』を条件とする

要は,お父様が認知症などで意思能力を失った時点で始めて当該不動産の所有権を長男に移すことになります。
これであれば,長男・次男の感情的対立も最小限に抑えられるでしょう。

4 信託による所有権登記には『信託の登記』が明示される

以上の説明のとおり,信託では対象財産の所有権が移転します。
管理を委ねた,という軽いものではないのです。
その一方で,完全な所有権ではありません。
つまり,受託者は処分について完全に自由に行えるわけではありません。
あくまでも信託の目的に合致することだけが権限です。
そこで,登記上も『信託』ということが明示されます(不動産登記法97条)。

5 『信託の登記』があっても,財産処分の登記の際は委託者の意思確認は不要

信託の大きなメリットの1つは委託者の意思能力が欠ける状況でも売却,担保設定等が行える,ということです。
この点,信託の登記がなされていると,処分の際に委託者の意思確認が必要なのではないか,という発想があります。
しかし,登記を行う場面も含めて,委託者の意思確認,書面への調印,押印等の関与は一切不要です。
受託者だけで手続を完了できます。
委託者が認知症という場合でもまったく問題ありません。

6 認知症発症後の扶養を目的とする信託|条項例

自身が認知症となった場合のために,資金を第三者に預けておく,という発想があります。
一方で,第三者が『資金をしっかりと扶養として使ってくれない』ことになると困ります。
このような不都合を回避する手段の1つが『信託の活用』です。
具体的な信託契約の条項サンプルとともに紹介します。

<意思能力喪失後の扶養を目的とする信託|条項例>

あ 定義

甲=委託者
乙=受託者
丙=受益者

い 実質的内容

(目的)
本信託は甲の意思能力喪失後の甲及び甲の配偶者の扶養,さらには甲の死後の甲の配偶者の扶養を乙に託するとともに,甲の配偶者の死亡後の財産の最終帰属については,推定相続人である3人の子供に如何に分割帰属させるかを乙に裁量委託するものである。
(期間)
信託期間は平成Y年M月N日から甲及び甲の配偶者の死亡の時までとする(甲の配偶者の死亡の日から6月後までとする)
(受益者)
本信託の受益者は,甲及び甲の配偶者である。
(給付)
乙は,信託財産の収益金から信託報酬その他の費用を控除した残預金を金銭により受益者に交付するものとする。また乙は,受益者の生活または療養の需要に応じるため,実際の必要に応じて定期に信託財産の一部を金銭により受益者に交付するものとする。支払いの金額,時期及び方法については,甲の指図に従い行うものとする。
(信託財産の管理運用)
乙は甲が意思能力を喪失するまでは甲の指図により,甲が意思能力を喪失した後は指図のない部分は乙の裁量により信託財産の管理運用をなす。
(信託財産の最終帰属)
乙は信託終了日に,3人の子供の生活状況,甲の配偶者に対する介護の度合い等諸般の事情を総合判断して,裁量により,信託財産の最終帰属を決定する。但し,個々の遺留分を侵害してはならない。
(受益権の譲渡の禁止)
本契約の受益権はいかなる場合にもこれを譲渡し又は担保に供することができない。

条文

[不動産登記法]
(信託の登記の登記事項)
第九十七条  信託の登記の登記事項は、第五十九条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。
一  委託者、受託者及び受益者の氏名又は名称及び住所
二  受益者の指定に関する条件又は受益者を定める方法の定めがあるときは、その定め
三  信託管理人があるときは、その氏名又は名称及び住所
四  受益者代理人があるときは、その氏名又は名称及び住所
五  信託法 (平成十八年法律第百八号)第百八十五条第三項 に規定する受益証券発行信託であるときは、その旨
六  信託法第二百五十八条第一項 に規定する受益者の定めのない信託であるときは、その旨
七  公益信託ニ関スル法律 (大正十一年法律第六十二号)第一条 に規定する公益信託であるときは、その旨
八  信託の目的
九  信託財産の管理方法
十  信託の終了の事由
十一  その他の信託の条項
2  前項第二号から第六号までに掲げる事項のいずれかを登記したときは、同項第一号の受益者(同項第四号に掲げる事項を登記した場合にあっては、当該受益者代理人が代理する受益者に限る。)の氏名又は名称及び住所を登記することを要しない。
3  登記官は、第一項各号に掲げる事項を明らかにするため、法務省令で定めるところにより、信託目録を作成することができる。

[刑法]
(公正証書原本不実記載等)
第百五十七条  公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2  公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は、一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
3  前二項の罪の未遂は、罰する。