【相続税申告や納税のための便宜的な遺産分割協議では遺産分割成立とはいえない】

1 遺産分割が完了したか未了かの対立
2 相続税分納のための暫定的法定相続登記(事案)
3 遺産分割に関する議事録の作成
4 遺産分割の成立に関する裁判所の判断
5 相続税のための遺産分割協議書の有効性(否定)
6 遺産分割未了時点での暫定的な相続税申告(参考)
7 抵当権設定と遺産分割の優劣(参考)

1 遺産分割が完了したか未了かの対立

遺産分割に関する書面や登記があるケースで,その後,遺産分割が完了したのか未了なのか,という判断があいまいになることがあります。
この判断によって,課税の内容が大きく違ってくるので税務署との間で見解が対立することが多いです。
詳しくはこちら|遺産分割のやり直しで2重の課税となることがある
一方,相続人の間で遺産分割が完了したか未了なのか,ということで対立が生じるケースもあります。
本記事では,相続人の間での遺産分割の効力の見解が対立し,裁判所が判断した事例を紹介します。

2 相続税分納のための暫定的法定相続登記(事案)

相続の際は,相続人間の対立と同時に,不利益が生じないように納税をすることが大きな課題となります。
本事案では,相続税を分納する(分割で払う)ために,国の抵当権を設定することが必要になりました。
抵当権の設定登記を行うためには,相続の登記を行うことが前提となります。
そこで,法定相続分の割合で,相続人全員の共有となる登記を行いました。

<相続税分納のための暫定的法定相続登記(事案)>

あ 相続税分納に関する税務署との協議

相続人が相続税の納付について税務署と協議した
そして,分納の取計らいを受けることになった
国の抵当権を設定することになった

い 法定相続の登記

遺産のうち本宅の不動産について
相続人全員の共有名義に所有権の登記を申請した
共有持分割合=法定相続分とした
土地については所有権移転登記
建物については所有権保存登記
※高松高裁昭和48年11月7日

3 遺産分割に関する議事録の作成

前記の法定相続による登記を行う前に,相続人全員で議事録を作り,調印がなされていてました。
遺産分割に関する内容が記載されていました。
これが後で,遺産分割の合意といえるかいえない(未分割)であるかという判断に関係してきます。

<遺産分割に関する議事録の作成>

あ 議事録の作成

相続人全員で協議内容を記録した書面を作成した
相続人全員の署名捺印がある

い タイトル

『共同相続人による遺産運営方針の議事録』

う 内容

◯◯本宅は売らないでできるだけ残し,おばあちゃんが一生安んじて生活をして欲しいと関係者4人合意した。
分割は,本宅関係,その他の不動産関係及び現金で各々につき分割を考える。
※高松高裁昭和48年11月7日

4 遺産分割の成立に関する裁判所の判断

以上の事情を元に,裁判所が遺産分割は成立していないと判断します。
裁判所は,法定相続による登記や抵当権設定は暫定的な趣旨・意図であったと判断したのです。

<遺産分割の成立に関する裁判所の判断>

あ 相続人の意思の解釈

相続人全員の意思は次の内容である
法定相続分の登記の後に
本宅の不動産について国のために抵当権を設定する
その後の遺産分割の調停手続においては
本宅の不動産をも含めた遺産の全部について分割をする

い 議事録の意味の判断

遺産の処理についての最初の話し合いにおいて
今後の分割の協議に関し一応のよるべき指針として合意した
そして,後日のために合意内容を記載したにすぎない
本宅について分割の合意が成立したことを意味するものではない

う 遺産分割の合意の有無

本宅について所有権登記がなされたからといって
本宅についてだけ先に遺産分割協議が成立したものではない

え その後の遺産分割審判の適法性

本宅を含めた換価分割とした原審の審判について
→適法である
※高松高裁昭和48年11月7日

当然ですが,裁判所は残っている証拠を元に判断(認定)します。
真実は暫定的であっても,書面を中心にした証拠に不備があったら遺産分割は完了したと認定されるリスクがあります。

5 相続税のための遺産分割協議書の有効性(否定)

前記の事例とは異なり,『遺産分割協議書』に相続人全員が調印したケースで,後から無効と判断された裁判例を紹介します。
相続人全員で,相続税の申告と納税のために,便宜的に協議をしたことにしたという事情があったのです。

<相続税のための遺産分割協議書の有効性(否定)>

あ 遺産分割協議書の調印

相続人全員が『遺産分割協議書』を調印した

い 遺産分割協議書調印の経緯

遺産分割協議書は,相続税申告などのために便宜的に作成したものである
改めて遺産分割協議を行うことが予定されていた
『う』のような内容が覚書として作成されていた

う 覚書の内容(遺産分割の方針)

相続税の申告と納税の完了後に遺産分割協議を行う
共同相続をベースとして特別受益を加味する
資産の利用状況を考慮する

え 遺産分割の有効性(否定)

相続人全員の間で遺産分割の合意が成立したとは認めない
遺産分割協議は成立していない
※東京地裁平成25年6月6日

6 遺産分割未了時点での暫定的な相続税申告(参考)

以上の2つのケースとは異なり,相続税の申告できないまま申告期限を過ぎることを避ける目的で暫定的な法定相続による相続税の申告がなされることはとても多いです。
その場合は,後から遺産分割が完了したと認定されないために,遺産分割協議の(と思われる)書面は作成しません。
詳しくはこちら|遺産分割未了時点で暫定的な相続税申告をする方法と事後的処理

7 抵当権設定と遺産分割の優劣(参考)

以上のテーマとは少し違いますが,国の抵当権の扱いも問題といえます。
要するに,抵当権を設定した後の遺産分割で,競売により売却することに決まったのです。
ところで,遺産分割は相続開始時にさかのぼるので,抵当権設定よりも競売が優先になるように思えます。
しかし,このような時のために,抵当権者のような第三者は,遺産分割があっても保護されるルールがあるのです。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産分割『前』の第三者と遺産分割の優劣(権利保護要件としての登記)

本記事では,相続税申告などのための便宜的な遺産分割協議(書)の効力について説明しました。
実際には,細かい事情によって結論が違ってきます。
実際に相続や遺産分割に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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