1 遺産分割未了時点での暫定的な相続税申告
2 遺産分割未了の時点での暫定的申告
3 暫定的申告における注意と工夫
4 暫定的申告後の遺産分割完了時の税務手続
5 相続人間の納税の負担の調整
6 遺産分割完了時の税務署の対応
7 配偶者の税額軽減を受けるための更正の請求
8 小規模宅地の特例を受けるための更正の請求

1 遺産分割未了時点での暫定的な相続税申告

実際の遺産分割のケースでは,相続税申告が重大な問題となることが多いです。
相続税の申告期限は相続開始後約10か月です。
詳しくはこちら|相続税の基礎|算定方法・民事的解決との関係・小規模宅地・物納
通常は申告期限までに遺産分割の協議や調停が終わらないのです。
そのままだと無申告加算税などの大きなペナルティを受けてしまいます。
これを避けるために,暫定的な相続税申告を行います。
本記事では,暫定的な相続税申告と,その後の調整や税務手続について説明します。

2 遺産分割未了の時点での暫定的申告

遺産分割が完了していない状況では,最終的・確定的な遺産の承継がなされていません。
一方,相続税の申告期限は猶予(延長)されません。
そこで,実務では暫定的に法定相続を前提とする相続税申告を行います。

<遺産分割未了の時点での暫定的申告>

あ 背景

申告期限までに遺産分割の協議や調停が終わらない
申告をしないと無申告加算税などのペナルティーを負う
詳しくはこちら|税金の不正によるペナルティには加算税・延滞税・刑事罰がある

い 暫定的申告

申告期限までに法定相続を前提とする相続税の申告をする
※相続税法55条

う 申告義務なし(※1)

納付税額が算出されない相続人について
→申告義務はない
※相続税法27条1項

3 暫定的申告における注意と工夫

暫定的な相続税申告(前記)を行う際には注意が必要です。
仮に申告で用いるためという意味で遺産分割協議書に調印してしまうと後で2重の課税が生じることにつながります。
むしろ,これは暫定的な申告であって,納税の負担も後で変わることになるという趣旨のことを書面にしておくとベターです。

<暫定的申告における注意と工夫>

あ 注意

遺産分割協議書の作成(調印)は行わない
→作成してしまうと2重の課税が生じることになる
詳しくはこちら|遺産分割のやり直しで2重の課税となることがある

い 工夫

暫定的な申告であることを明確化しておく
例=『う』の内容の書面を作成(調印)する

う 調印する書面の内容の例

ア 法定相続による相続税申告は暫定的なものである
イ 遺産分割の成立後に税負担の調整を行う
修正申告・更正の請求の手続を避ける方法である
詳しくはこちら|遺産分割のやり直しで2重の課税となることがある

4 暫定的申告後の遺産分割完了時の税務手続

暫定的な相続税の申告は,最終的なものではありません。
理論的には,遺産分割が完了した時点で最終的な相続税の手続が必要となります。
税務手続の種類としては3つに整理できます。

<暫定的申告後の遺産分割完了時の税務手続(※2)>

あ 新たな申告義務の発生

法定相続を前提とすると申告義務がなかった(前記※1)
遺産分割によって新たに申告義務が生じた
→期限後申告を行う
※相続税法30条1項

い 税額の不足発生

法定相続を前提とする暫定的申告を行った
遺産分割によって,既に確定した税額に不足が生じた
→修正申告を行う
※相続税法31条1項

う 税額の過大発生

法定相続を前提とする暫定的申告を行った
遺産分割によって,既に確定した税額が過大となった
→更正の請求を行う
※相続税法32条1項1号
※小池正明『民法・税法による 遺産分割の手続と相続税実務 7訂版』税務研究会出版局2015年p668

5 相続人間の納税の負担の調整

遺産分割完了後に,各相続人が税務手続をするのは手間がかかります。
そこで,当事者間で納税の負担を調整して,税務手続を回避する方法が効率的です。
遺産分割が和解(合意)で終わるケースでは合意内容の一環として税の負担の調整も盛り込んでおけば良いのです。
具体的な状況によっては納税額の負担を盛り込めないこともあります。
遺産分割の成立(合意)を最優先するような判断のことです。

<相続人間の納税の負担の調整(※3)>

あ 税務手続を回避する手法

遺産分割によって課税価格や税額が暫定的申告と異なることになった
→相続人全員の協力により,税務手続(前記※2)を避けることができる

い 相続人間の協力の内容

相続人相互の間で税負担の調整を行う
※小池正明『民法・税法による 遺産分割の手続と相続税実務 7訂版』税務研究会出版局2015年p668,669

6 遺産分割完了時の税務署の対応

暫定的な相続税申告の後に遺産分割が完了した時に,相続人間で納税の負担の調整ができないこともあります。
裁判所の審判で終わったケースでは通常,協力する状況にないため納税額の調整ができません。
このようなケースでは,一部の相続人が更正の請求をしたことをきっかけに,税務署が他の相続人について更正処分を行うこともあります。
一方,相続人の間で納税の調整をしたケースでは税務署はこのことについて指摘や調査をすることは普通ありません。

<遺産分割完了時の税務署の対応>

あ 更正処分

相続人の一部が更正の請求を行った
他の相続人が修正申告を行わない場合
→税務署は更正処分を行う
※相続税法35条3項
※福岡高裁平成元年7月20日;遺留分減殺請求について

い 相続人間の調整への対応

相続税額を当事者間で調整すること(前記※3)について
相続税の総額は変わらない
=負担割合が変わっただけの場合
→これによって税務調査がなされることはほぼない
※東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会『弁護士専門研修講座 相続関係事件の実務』ぎょうせい2015年p133,134

7 配偶者の税額軽減を受けるための更正の請求

暫定的な相続税申告で実際によく問題となるのは各種の税務上の優遇策の適用です。
その1つが配偶者の税額軽減です。
未分割の時点では適用されないので,分割完了後に更正の請求をすることが必要となります。
税務署長の承認を得る手続を行うとともに更正の請求をすることになります。

<配偶者の税額軽減を受けるための更正の請求>

あ 配偶者の税額軽減と遺産分割の関係

配偶者の税額軽減の規定について
→未分割遺産には適用されない
※相続税法19条2項1号

い 遺産分割完了時の更正の請求

暫定的申告後に遺産分割が完了したケースにおいて
更正の請求により配偶者の税額軽減の規定の適用が受けられる

う 更正の請求を要する当事者

更正の請求は配偶者のみで足りる

え 更正の請求の期限

原則として申告期限から3年である
税務署長の承認によって
→遺産分割完了の翌日から4か月まで延長される
※小池正明『民法・税法による 遺産分割の手続と相続税実務 7訂版』税務研究会出版局2015年p669

8 小規模宅地の特例を受けるための更正の請求

相続税に関して,小規模宅地の特例の節税効果はとても大きいです。
詳しくはこちら|相続税の基礎|算定方法・民事的解決との関係・小規模宅地・物納
特例とは呼びますが,非常に使用頻度が高いものです。
小規模宅地の特例の適用を受けるためにも,遺産分割完了後に更正の請求の手続が必要となります。
配偶者の税額軽減(前記)と異なり,相続人全員が手続を行う必要があります。

<小規模宅地の特例を受けるための更正の請求>

あ 遺産分割完了時の更正の請求

暫定的申告後に遺産分割が完了したケースにおいて
更正の請求により小規模宅地の特例の適用が受けられる

い 更正の請求をする当事者

相続人全員が更正の請求をする必要がある

う 更正請求の期限

原則として申告期限から3年である
税務署長の承認によって
→遺産分割完了の翌日から4か月まで延長される
※租税特別措置法69条の4第4項ただし書