【成立した遺産分割協議が無効となる状況(多くのパターン)】
1 成立した遺産分割協議が無効となる状況
相続の際には、相続人の間で遺産分割の協議(話し合い)をして、全員が納得したら成立します。遺産分割協議書に調印して預金や登記の手続をして完了します。
しかし、いろいろなイレギュラーな事態が発生(発覚)して、成立した遺産分割協議が無効となることもあります。
本記事では、どのような状況で遺産分割が無効となるか、ということを説明します。
2 遺産分割協議が無効となる状況(まとめ)
成立した遺産分割協議が後から無効となる状況にはいろいろなものがあります。最初に多くのパターンを整理します。
なお、これらはあくまでも無効となることがある状況であって、個別的な事案内容(具体的状況)によって、無効と判断されるかどうかは違ってきます。
<遺産分割協議が無効となる状況(まとめ)>
あ 意思表示の瑕疵(錯誤・詐欺・強迫)
・法定相続分の誤解や遺言の存在を知らないで合意したケース
・遺産の範囲や価値について虚偽の説明を信じて合意したケース
・他の相続人からの虚偽の説明によって誤解し、不利な分割に応じたケース
・おどされて合意させられたケース
い 合意として認められない
・協議が共通の認識のもとに行われず、一方的に示された遺産分割案に調印したケース
・一部の相続人が協議内容を知らされないまま調印したケース
う 利益相反
・親権者が複数の子を代理して調印したケース
え 相続開始前の合意
・被相続人が亡くなる前に遺産分割協議書を調印したケース
お 参加者の不足または過剰
・一部の相続人が協議に参加していなかったケース
・相続人ではない者が参加していたケース
養子縁組や認知、婚姻を無効とする裁判などによって、結果的にこのような状況となることがある
か 遺産範囲の誤り
・重要な財産(遺産)が脱漏していたケース
・遺産でない財産を含めて遺産分割をしてしまったケース
き その他(詐害行為取消)
・相続人の債権者が、詐害行為取消権を行使したケース
このような無効となる状況のうち、代表的なものについて、以下説明します。
3 意思表示の瑕疵(錯誤・詐欺・強迫)による遺産分割の無効
(1)錯誤・詐欺・強迫の要点
遺産分割についても民法の総則にある意思表示の瑕疵に関する規定が適用されます。
錯誤によって無効となります。
また、詐欺や強迫があった場合は、取消によって無効となります。
意思表示の瑕疵による遺産分割の無効
あ 錯誤
錯誤によって遺産分割が無効となる
※民法95条
い 詐欺、強迫
詐欺や強迫によって遺産分割(合意)がなされた場合
取消によって遺産分割が無効となる
※民法96条
(2)想定外の課税による錯誤無効(概要)
錯誤により合意が無効となる典型例の1つとして、想定外の重い課税が後から発覚したというケースがよくあります。協議の段階で、相続税は少ない(かからない)という前提が表示されていた(読み取れる状況だった)、などの一定の要件を満たせば、誤解していた者が遺産分割を取り消すことが認められることもあります。
詳しくはこちら|遺産分割・相続放棄による高額相続税発生時の無効・取消(判例の適用基準)
4 相続人の欠落(参加者の不足)による遺産分割の無効(概要)
(1)相続人の欠落による遺産分割の無効の要点
遺産分割は相続人全員が参加(合意)しないと有効に成立しません。
詳しくはこちら|『相続人全員』ではない参加者による遺産分割の有効性(基本)
相続人の一部が欠けていたケースでは、遺産分割としては無効となります。
相続人の欠落による遺産分割の無効の要点
あ 相続人の欠落による遺産分割の効力
相続人の一部が参加していなかった場合
→遺産分割は無効である
い 相続人の欠落の例
ア 後から裁判で相続人が増えたケース
遺産分割協議が成立した後に、離婚無効確認判決、離縁無効確認判決、父を定める訴えの認容判決、母子関係存在確認判決などが出された(確定した)
イ 行方不明の相続人
行方不明の相続人が参加していなかった
詳しくはこちら|参加者が欠落した遺産分割の具体的状況と有効性
(2)死後認知により相続人となった者の扱い
遺産分割協議が成立した後に、死後認知がなされた場合、相続人(子A)が増えることになります。Aは相続人なのに、遺産分割協議に参加していなかった、ことになります。そこで、遺産分割は無効となるはずですが、この場合だけは特別に無効となりません。その代わり、Aは相続分に相当する金銭の賠償を受けることになります。
死後認知により相続人となった者の扱い
あ 前提事情
死後認知によりAが相続人となった
この時点で既に遺産分割が完了していた
い 遺産分割の効力
遺産分割は相続人Aが参加していなかった
→遺産分割は有効である
価額(金銭)賠償が残るだけである
※民法910条
詳しくはこちら|死後の認知|全体|認知を回避or遅らせる背景事情|相続→金銭賠償
5 平成11年最判・遺産分割の詐害行為取消→可能
成立した遺産分割について、(被)相続人の債権者が詐害行為として取り消すことも認められます。以前は身分行為なので詐害行為取消はできないという見解もありましたが、平成11年最判によって現在ではできるという解釈が定着しています。
もちろん、詐害行為取消権の要件を満たす場合に(取消が)認められることになります。
詳しくはこちら|詐害行為取消権(破産法の否認権)の基本(要件・判断基準・典型例)
平成11年最判・遺産分割の詐害行為取消→可能
あ 結論
共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。
い 理由
けだし、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるからである。
※最判平成11年6月11日
6 関連テーマ
(1)遺産分割が無効にならない場合
以上で説明したのは、成立した遺産分割が結果的に無効となるものでしたが、無効になりそうだけど無効にはならない、という状況もあります。
詳しくはこちら|遺産分割が当初から無効とはならないケース(2重課税あり)
(2)遺産分割のやり直しによる2重課税
成立した遺産分割が無効となってもならなくても、相続人全員が合意すれば、遺産分割のやり直しはできます。それは当然のことですが、税金には注意が必要です。
仮に、最初の遺産分割が無効ではないとすれば、税務上、やり直した遺産分割は、新たな取引(財産の移転)であるということになり、2重の課税となってしまいます。
この点、最初の遺産分割が無効となった場合は、やり直した遺産分割は、税務上も初回の遺産分割”ということになるので、2重の課税にならずに済むのです。
詳しくはこちら|遺産分割のやり直しで2重の課税となることがある
本記事では、成立した遺産分割協議が無効となるケースについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に不正なプロセスで成立した遺産分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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