【遺言偽造の実態・法的な問題と予防策(総合ガイド)】
1 遺言偽造の実態・法的な問題と予防策(総合ガイド)
遺言は、日本において自身の財産の承継をコントロールするとともに、家族(相続人)の間の紛争を予防する非常に重要、有用な法的手段です。しかし実際には遺言者(とされた者)が亡くなった後に遺言書は偽造だったと分かるケースもあります。もちろん、遺言書偽造は刑事罰と民事上の様々な制裁を伴う深刻な法律違反となります。
本記事では、遺言の偽造に関する法的な問題や実務的な対応策、予防策を説明します。
2 遺言の偽造の法的定義と罰則
(1)刑事罰(刑法)
日本の刑法において、遺言書の偽造および変造は犯罪行為とみなされ、罰則が規定されています。
「偽造(ぎぞう)」とは、作成権限のない者が他人の名義を用いて文書を作成する行為を指します。遺言書の場合、故人の意思に基づかない遺言書を、あたかも故人が作成したかのように作り上げる行為が該当します。
一方、「変造(へんぞう)」とは、真正に成立した文書に権限のない者が手を加えて、その内容や効力を変更する行為を指します。遺言書の場合、故人が作成した有効な遺言書の一部を書き換えたり、加除したりする行為がこれにあたります。
遺言書の偽造および変造は、刑法第159条に規定される有印私文書偽造罪および有印私文書変造罪に該当します。法定刑は、3か月以上5年以下の懲役です。なお、有効な遺言書を破棄または隠匿する行為も、刑法259条の私用文書等毀棄罪(法定刑は5年以下の懲役)の犯罪にあたります。
(2)民事上の効果(民法)
遺言書の偽造は、刑事罰だけでなく、民法上も重大な効果をもたらします。偽造された遺言書は、法律上無効となります。これは、遺言が故人の真意に基づいて作成されたものではないため、その法的効力が否定されるということです。遺言が無効となると、遺産は原則として民法の定める法定相続に従って相続人に分配されることになります。
また、民法891条第5号は、相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、または隠匿した者は、相続人となることができないと規定しています。この規定により、遺言書を偽造した相続人は、当然に相続権を失います(相続欠格)。相続欠格となった者は、遺言書で財産を受け取ることが指定されていたとしても、相続・遺贈を受けることができなくなります。また、法定相続人の資格も失うため、遺留分を受け取ること(遺留分侵害額請求権を行使すること)もできなくなります。
詳しくはこちら|相続人の範囲|法定相続人・廃除・欠格|廃除の活用例
遺言書の偽造によって損害を受けた相続人や受遺者は、偽造者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求できる場合があります。例えば、偽造された遺言書によって本来相続できたはずの財産を相続できなかった場合などが該当します。
3 遺言が偽造されたと疑われる場合の調査方法と証明手段
(1)調査方法
自筆証書遺言(や秘密証書遺言)が発見された場合、遺言書の保管者は、遺言者の死亡を知った後、遅滞なく家庭裁判所に遺言書の検認を申し立てる必要があります。検認とは、相続人に対して遺言の存在およびその内容を知らせるとともに、検認の日時点における遺言書の状態を確定し、遺言書の偽造または変造を防止するための手続です。ただし、検認の手続では、偽造や変造を審査、判断するわけではありません。
詳しくはこちら|遺言の検認|検認義務・手続の流れ・遺言作成時の注意
遺言書の筆跡が被相続人のものと異なる疑いがある場合、筆跡鑑定が1つの調査方法となります。専門の鑑定人が、遺言書の文字と被相続人が生前に書いた他の文書の筆跡を比較し、同一人物によるものかどうかを判断します。近年では、筆圧検出器やPCソフトを用いた科学的な鑑定方法も用いられ、より客観的な判断が可能になっています。
被相続人の家族、親族、友人、介護者など、被相続人や遺言書の作成に関わる可能性のある関係者から事情を聞き取ることも重要な調査方法です。
被相続人の遺言に対する意向、生前の言動、遺言書作成時の状況、遺言書の発見状況などについて詳しく話を聞くことで、遺言書の信憑性に関する情報を収集できます。
(2)証明手段
専門家による筆跡鑑定の結果をまとめた鑑定書は、遺言書の筆跡が被相続人のものではないことを示す有力な証拠となります。ただし、裁判所は筆跡鑑定の結果を絶対的な証拠とはみなさない傾向があるため、他の証拠と組み合わせて主張する必要があります。
遺言書の作成状況、発見状況、内容の不自然さなど、客観的な状況証拠も偽造を証明するための重要な要素となります。例えば、遺言書が被相続人と疎遠な親族によって発見された、通常考えられない場所から発見された、遺言書の内容が被相続人の生前の意向と大きく異なる、などが挙げられます。
詳しくはこちら|遺言無効確認訴訟の審理の総合ガイド(流れ・実務的な主張立証・和解の手法)
4 遺言の真正性を確保するための対策
(1)公正証書遺言の活用
ところで、遺言書を作成する者(遺言者)の立場からみると、後から偽造の疑いをもたれる、場合によっては遺言が無効となるリスクがあるということになります。
この点、公正証書遺言は、遺言者が公証役場において公証人に遺言の内容を伝え、公証人がその内容に基づいて作成する遺言書です。作成には、遺言者本人の他に2人以上の証人の立ち会いが必要です。このように公正証書遺言は作成に手間やコストがかかりますが、その代わり、「本人が作成した」ことがはっきりしている、容易に証明できる、というメリットがあります。さらに、公正証書遺言の原本は公証役場で保管されるため、紛失、改ざん、隠匿のリスクもありません。また、相続開始後の家庭裁判所での検認手続が不要であり、速やかに遺産相続の手続を進めることができます。
前述のように、デメリットとしては、作成に公証人への手数料や証人への謝礼などの費用がかかることが挙げられます。また、証人を2人以上用意する必要があり、親族や利害関係者は証人になれないため、手配が難しい場合があります。
(2)自筆証書遺言書保管制度の活用
自筆証書遺言書保管制度は、遺言者が作成した自筆証書遺言書を法務局で保管する制度です。この制度のメリットは、法務局で保管されるため、遺言書の紛失、盗難、偽造、改ざんのリスクを減らすことができることです。また、法務局の職員が、遺言書の形式が民法の定める要件に適合するかどうかを確認してくれるため、形式不備による無効のリスクを低減できます。相続開始後、家庭裁判所での検認手続が不要になることも大きな利点です。法務局のチェックの1つとして、本人確認があります。顔写真付きの公的身分証明書をチェックするのです。そのため、亡くなった後に「本人が作成した」という証明をしやすいのです。
デメリットとしては、法務局では、遺言書の内容に関する相談や法的なアドバイスは受けられないこと、遺言者本人が法務局に出向いて申請手続を行う必要があることなどが挙げられます。
5 遺言偽造が疑われる場合の相続人の対応策
遺言書の偽造が疑われる場合、相続人は様々な対応策を検討する必要があります。まず、遺言書の偽造が疑われ、その有効性を争いたい場合には、地方裁判所(または簡易裁判所)に遺言無効確認訴訟を提起することを検討します。ただし、原則として訴訟の前に家庭裁判所に調停を申し立てる必要があります(調停前置主義)。
遺言書の偽造が疑われる場合、早期に相続問題に詳しい弁護士に相談することが重要です。弁護士は、証拠収集のアドバイス、遺言無効確認訴訟の手続、相手方との交渉などをサポートしてくれます。
遺言書の偽造を証明するためには、客観的な証拠を収集することが不可欠です。被相続人の過去の筆跡、医療記録、介護記録、関係者の証言、遺言書の発見状況など、あらゆる証拠を集めることが重要です。遺言書の偽造が明白であり、偽造者を処罰したいと考える場合、警察に刑事告訴することも検討できます。
6 まとめ
遺言書の偽造は、日本の法律において重大な犯罪であり、刑事罰と民事上の不利益の両方をもたらします。偽造が疑われる場合には、筆跡鑑定や関係者への聞き取りなどを通じて、慎重に調査を行うことが重要です。遺言の真正性を確保するためには、公正証書遺言の活用や自筆証書遺言書保管制度の利用が有効です。
遺言書の偽造が疑われる場合には、速やかに弁護士に相談し、適切な調査と法的対応を行うことが重要です。遺言は個人の最終的な意思表示であり、その真正性を守ることは、故人の意思を尊重し、相続をめぐる紛争を防ぐための重要な課題です。
本記事では、遺言偽造の実態・法的な問題と予防策について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言作成や、相続後の遺言の有効性や遺産分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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