【夫婦間の明渡請求(民法752条に基づく居住権)】

1 夫婦間の明渡請求(民法752条に基づく居住権)

夫婦の住居が夫の単独所有となっていることはよくあります。この場合に、夫が家を出る形で別居すると、夫所有の建物に妻が住んでいる状態になります。
夫としては、所有者として、妻に対して明渡請求をする、という発想が出てきます。しかし原則として、民法752条の同居義務が理由となり、明渡請求は認められません。
本記事では、この問題について説明します。
なお、もちろん、夫と妻が逆でも同じ扱いとなります。説明を簡単にするために、本記事では、夫所有、妻居住、というケースをベースにして説明します。

2 夫婦の同居義務(民法752条)(概要)

前述の夫婦の同居義務とは、民法752条に定められているものですが、同居義務自体は、性質上、法的な強制力がない、という少し変わったものです。
詳しくはこちら|夫婦の同居義務(強制執行不可・同居義務違反と離婚原因・有責性)
しかし、同居義務は、以下で説明する、配偶者の居住権の根拠となるというところで大活躍します。

3 夫所有建物についての妻の占有権原の根拠→同居義務

建物は夫が所有していて、妻が居住(占有)している場合に、夫から妻への明渡請求は原則として否定されます。その理由(根拠)としては、使用貸借契約があるという解釈もありますが、そうではなく民法752条の同居義務から配偶者には居住権があるという解釈の方が主流です。

夫所有建物についての妻の占有権原の根拠→同居義務

あ 使用貸借説(マイナー見解)

使用貸借の関係が成立するとしつつ、扶養の法理(夫婦間においては本条の法理)によって使用貸借の規定が修正または否定されるとする見解も有力であるが(新版注民(15)91頁〔山中康雄])、

い 同居義務に基づく居住権(メジャー見解)

多くは、本条の同居義務から直接的に非所有配偶者の居住権を導いており(新基本法コメ57頁〔犬伏由子])、裁判例も同様である。
※神谷遊稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p195

4 夫婦間の明渡請求の可否の判断基準

では、夫婦である以上は(離婚が成立しない限りは)明渡請求は認められないのか、というとそうではありません。まず、夫婦関係が破綻したというだけでは明渡請求は認められません。ただし、居住してる者に不当な言動がある(有責性がある)ような場合には、例外的に明渡請求が認められることがあります。
なお、破綻の意味や判断基準については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|婚姻関係の「破綻」の基本的な意味と判断基準

夫婦間の明渡請求の可否の判断基準

あ 新注釈民法

・・・婚姻関係が破綻しているだけでは、明渡請求は許されない・・・
別居についての原因や有責性、別居後の状況も勘案して請求の許否が判断されている。
※神谷遊稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p196

い 裁判例

ア 平成30年東京地判 (注・夫とその父が共有する建物について)
夫婦は同居して互いに協力扶助する義務を負うものであるから(民法752条)、夫婦が夫婦共同生活の場所を定めた場合において、その場所が夫婦の一方の所有する建物であるときは、他方は、その行使が権利の濫用に該当するような特段の事情がない限り、同建物に居住する権原を有すると解するべきである。
・・・(甲乙の婚姻関係が円満である限りにおいて乙が同建物に居住できるといった反射的利益を享受するというものではない。)。
※東京地判平成30年7月13日
イ 平成3年東京地判 夫婦は同居し互いに協力扶助する義務を負うものであるから(民法七五二条)、夫婦の一方は、その行使が権利の濫用に該当するような事情のない限り、他方の所有する居住用建物につき居住権を主張することができるものと解される。
※東京地判平成3年3月6日

5 同居義務に基づく居住権を認めた裁判例

実際に、多くの裁判例で、同居義務を根拠とした占有権原を認めています。つまり、明渡請求を否定した実例があります。

同居義務に基づく居住権を認めた裁判例

あ 基本

夫所有の建物に妻が居住することについて(逆も同じ)
民法752条に基づく妻の居住権を認めた
※東京地判昭和45年9月8日

い 破綻の影響

ア 否定する見解 婚姻が破綻している場合であっても、明渡請求は認めない
※東京地判昭和47年9月21日
※東京地判平成元年6月13日
イ 肯定する見解 婚姻関係が破綻していない限り居住権(居住させる義務)がある、という見解もある(後記※1

う 特段の事情による否定

夫婦間で共同生活の場とすることを廃止する合意がある等の特段の事情のない限り、妻(配偶者)には居住権がある
※東京地判昭和62年2月24日

6 例外的に夫婦間の明渡請求を認めた裁判例

前述のように、居住している者に暴力や不貞など、不当・非道な行為があった場合には、例外的に夫婦間での明渡請求が認められることがあります。居住している者にだけ、破綻の原因がある(有責である)というケースで、裁判所は明渡請求を認めています。

例外的に夫婦間の明渡請求を認めた裁判例

あ 同居拒絶の正当理由を認めた裁判例

妻が所有する建物に、夫が居住している(妻は家を出た)
夫に暴力・暴言・脅迫・不貞などの非道な行為があったケースにおいて
妻には同居拒絶の正当な理由がある
夫には建物の占有権限が認められない
→明渡請求を認めた
※東京地判昭和61年12月11日
※徳島地判昭和62年6月23日(同趣旨)

い 居住権主張を権利の濫用とした裁判例

・・・原告と被告とは平成元年一一月一三日以降別居状態にあることからしてその間の婚姻生活は既に破綻状態にあるものと認められ、今後の円満な婚姻生活を期待することはできないものといわざるを得ず、しかも、右に認定した事実によれば右婚姻生活を破綻状態に導いた原因ないし責任は専ら被告(注・夫)にあることが明らかというべきである。
以上の認定判断に徴すれば、本訴において被告が本件建物についての居住権を主張することは権利の濫用に該当し到底許されないものといわなければならない。
※東京地判平成3年3月6日

7 破綻による居住権の否定と不当利得

平成17年東京地判は、婚姻関係が破綻した時点以降は居住権(居住させる義務)はなくなる、と判断しています。そうすると、その後は占有権原がなくて占有していることになるので、不当利得返還義務が発生します。つまり家賃相当額の金銭の支払義務がある、という結論です。
なお、この事案ではもともと夫婦の共有だったので、夫婦間の居住権がなくなっても明渡請求は原則として認められない状況でした。
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡請求(昭和41年最判)

破綻による居住権の否定と不当利得(※1)

あ 居住権の終期→婚姻関係の破綻

不当利得の発生時期についてみるに、夫婦間には相互に同居・協力・扶助の義務があるから、婚姻関係が破綻せずに継続している限りは、他に特段の取決めがない限り、配偶者の一方は、その所有する不動産に他方の配偶者を居住等させる義務があるというべきであり、他方の配偶者の居住等が不当利得となるものではない。

い 破綻の認定

ア 別居だけによる破綻認定→否定 前記認定事実に照らすと、原告が本件建物から出ていったという一事をもってただちに原、被告間の婚姻関係が破綻したとは認め難いから、その翌日から不当利得が発生するとの原告の主張はにわかに採用し難い。
イ 離婚成立(判決確定)による破綻認定→肯定 もっとも、遅くとも被告が自認する平成16年5月28日(離婚判決の確定日)には原、被告の婚姻関係が破綻したことが明らかであるから、不当利得は、同日以降の占有について発生するものと認められる。

う 将来給付→財産分与係属中により否定(参考)

また、原告は、本件建物の明渡済みまでの賃料相当額の支払を求めているが、本件口頭弁論終結の日の翌日以降の分の請求は将来請求となるところ、前記認定のとおり原告は東京家庭裁判所に財産分与の申立てをしており、本件建物の占有の帰すうや不当利得の清算についても、その手続の中で最終的に解決が図られるものと予想され、いまだ流動的な要素が少なくない。そうすると、口頭弁論終結の日の翌日以降に生ずべき賃料相当額の請求については、未だ将来請求を認めるに足りる必要性があるとはいえず、この請求に係る訴えは不適法として却下を免れない。
※東京地判平成17年3月22日

8 関連テーマ

(1)夫の関係者(会社・親族)から妻への明渡請求

以上の説明は夫所有の建物に妻が居住している(またはその逆)というケースを前提としていました。この点、建物が夫所有ではなく夫の関係者、たとえば夫が経営する会社(法人)夫側の親族(夫の父、母やきょうだい)というケースもよくあります。この場合は、このような夫の関係者から妻に明渡請求をする、という構図になります。
無償で建物に夫婦が居住していた場合は、法的には建物の使用貸借ですので、使用貸借契約が終了したといえるかどうかが問題になります。
具体的には、使用貸借の目的に従った使用収益が終了したといえるかどうかの判定、または、前提としていた事情が変更した(ので解約できる)といえるかどうかの判定、ということになります。ここでも一定の範囲で妻の居住は保護されます。もちろん保護されない(明渡請求が認められる)こともあります。
詳しくはこちら|使用貸借における目的に従った使用収益の終了の判断の実例(裁判例)
詳しくはこちら|建物の使用貸借の前提事情変更による解約・金銭による権利濫用阻却

(2)賃借人による合意解除における配偶者の保護

夫の関係者A(法人や親族)と夫が建物の賃貸借契約を締結していた、というケースもあります。この場合、夫(賃借人)とA(賃貸人)の2者で賃貸借契約を合意解除した上で、Aが妻に明渡請求をする、という構図になります。ここでも一定の範囲で妻の居住は保護されます。もちろん保護されない(明渡請求が認められる)こともあります。
詳しくはこちら|賃借人による合意解除における配偶者の保護(法律婚・内縁共通)

本記事では、夫婦間の明渡請求や同居義務に基づく居住権について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に夫婦間の住居に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【共有物の「貸借契約」の解除を管理行為とした判例(昭和39年最判)】
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