【賃借人による合意解除における配偶者の保護(法律婚・内縁共通)】

1 賃借人による合意解除における配偶者の保護

夫婦が賃貸マンションに住んでいる場合、通常は夫(または妻)だけが賃借人となっています。夫婦の関係が悪化していると、妻や子供が住んでいるのに、夫(賃借人)が賃貸借契約を合意解除してしまう、ということがあります。原則論からすれば、妻や子供は退去しなくてはならないのですが、居住を保護する解釈がとられることも多いです。なお、このことは、法律婚でも内縁の夫婦でも同じです。本記事では内縁でも単に「夫」「妻」「配偶者」といいます。
本記事では、賃借人が合意解除したケースで配偶者の居住を保護する解釈を説明します。

2 共同賃借理論を採用した裁判例

夫だけが賃借人であったケースで、妻も(共同)賃借人(の地位)である、という理論を採用した裁判例があります。夫婦は生活共同体なのであるから、実質的には共同体の構成員の全員が借りていて、その代表として夫が形式的に「賃借人」となっている、というように考えたのです。
これを前提とすると、合意解除するには夫と妻の両方が同意する必要があることになります。そこで、夫だけによる合意解除は無効になります。

共同賃借理論を採用した裁判例

あ 事案

賃借人は内縁の妻であった
内縁の夫婦は、内縁関係を解消した
内縁の妻(と賃貸人)は、賃貸借契約を合意解除した
賃貸人は、内縁の夫に対して明渡を請求した

い 裁判所の判断

一般に家族を構成する生活共同体が居住のために家屋を賃借する場合には、賃借人はその構成員を代表するものにすぎず、事実上はその構成員全員が共同して賃借したものと同視しうる関係にたつ
内縁の夫は実質的な賃借人としての地位を獲得した
合意解除は夫の賃借権を失わせる結果を生ずるものであるため効力を有しない
※東京地判昭和39年8月5日

3 夫婦が居住する賃貸建物の賃料の連帯債務(参考)

前述の、夫と妻の両方が賃借人という扱いは、別の局面でも登場します。それは、賃料(家賃)や損害金について、(形式的には)賃借人ではない妻も支払義務を負うという扱いです。これは、夫婦の日常家事債務に関する民法の規定によるものです。
前述の裁判例の共同賃借と同じではないですが、夫と妻の両方を賃借人として扱うというところは共通しているので、2つの解釈はその意味で整合的だといえます。

夫婦が居住する賃貸建物の賃料の連帯債務(参考)

あ 裁判例

一般に夫婦が共同生活を営むために家屋やその一部を賃借する行為は、家屋の売買や抵当権の設定などの行為とは異り、夫婦共同生活の維持のための物質的基礎として日常の家事に緊密な関連を有する行為であるから民法第七百六十一条にいわゆる日常の家事に関する法律行為に属するものと解すべく、従つて家賃は勿論のこと、少くともその不履行の場合の遅延損害金については夫婦は連帯してその支払義務を負うと解するのが相当である。
※札幌地裁昭和32年9月18日

い 日常家事債務の基本(参考)

日常家事債務の基本的事項は別の記事で説明している
詳しくはこちら|日常生活水準の出費(日常家事債務)は夫婦相互に代理権があり連帯責任がある

4 賃借権譲渡を認定した裁判例

前述の裁判例とは別の理論を使って、配偶者の居住を保護した裁判例もあります。これは、賃借人であった夫から妻に賃借権が譲渡されたと認めたのです。譲渡の後は、夫は賃借人ではないことになるので、夫が合意解除をしても無効ということになります。

賃借権譲渡を認定した裁判例

あ 事案

賃借人は内縁の夫であった
内縁の夫婦と子供は、長期間、建物に居住していた
関係が悪化し、内縁の夫が建物から退去した
内縁の夫(と賃貸人)は賃貸借契約を合意解除した
賃貸人が内縁の妻と子供に対して明渡を請求した

い 裁判所の判断

内縁の夫から妻に対し、建物の賃借権の譲渡があったものと解する
合意解除は無効である
※京都地判昭和54年3月27日

5 夫が経営する会社と夫による合意解除と妻の居住の保護

以上の説明は、賃借人である夫が合意解除をした場合を前提としていました。これをベースとして、少しアレンジが加わった状況ではどうなるか、という、発展的な問題もあります。
発展的な問題の1つ目は、賃貸人が夫が経営する(代表者となっている)法人であった、というケースです。仮に、夫が法人を完全に支配しているとすれば、まるで夫自身が賃貸人であるのと近い状況です。そして、一般論として夫が妻に建物の明渡請求をすることは権利の濫用となる傾向が強いです。
ところで、権利の濫用の判断をする時には、主観面と客観面の両方を考慮する必要があります。
詳しくはこちら|信義則(信義誠実の原則)と権利の濫用の基本的な内容と適用の区別
そこで、夫が代表である法人が妻に対して明渡請求をするケースでも、夫婦の間の多くの事情を考慮しないと権利の濫用にあたるかどうかを判定できません。判例としては、考慮した事情が不足しているという理由で原判決を破棄して差し戻したというものがあります。判例は、権利の濫用にあたるかあたらないか、という判断はしていません。ただ、夫の異常な対応を指摘しています。妻に対して(妻と子供の)生活費を渡しておらず、家裁が婚姻費用の金額を決めた後も支払わない態度を維持していました。最高裁は直接判断していませんが、このような異常な態度がある場合は、権利の濫用を認める方向性であることは読み取れます。

夫が経営する会社と夫による合意解除と妻の居住の保護

あ 判断要素(評価根拠事実・間接事実)の指摘

被上告会社の本訴明渡請求が権利の濫用に当たるか否かは、被上告会社の法人格が形骸にすぎないか否かによって直ちに決せられるものではなく
本件建物の明渡しが実現されることによって被上告会社の受ける利益と上告人(注・妻)の被る不利益等の客観的事情のほか、
本件建物の明渡しを求める被上告会社の意図とこれを拒む上告人の意図等の主観的事情をも考慮して決すべきものである。

い 本件の重要な判断要素の指摘

そして、上告人の主張するB(注・夫)と上告人との婚姻生活に関する事実は、大要、
(1)Bは、上告人と共に本件建物に居住して婚姻生活を営んでいたのに、夫婦関係が険悪になって上告人とM(注・子供)を残したまま本件建物から出た後は、上告人に対して生活費を交付せず、そのため上告人とMは生活に窮し、やむを得ず他からの援助を受けながら本件建物において生活している、しかも、
(2)上告人の申立てにより、東京家庭裁判所は、平成二年七月三〇日、Bに対して、「上告人に対し、婚姻費用分担金として審判確定後直ちに四九五万六〇〇〇円を、平成二年八月以降離婚又は別居解消に至るまで毎月末日限り二三万六〇〇〇円を、いずれも送金して支払え。」との審判をし、Bの抗告に対して、東京高等裁判所は、同年一〇月三〇日、抗告を棄却し、右審判は確定したのであるが、その後もBはこれに従っていない
というものである。
そうすると、Bが被上告会社の代表者としてその経営及び管理のすべてを行っているという本件においては、これらの上告人主張の事実は、本件建物の明渡しが実現されることによって上告人の被る不利益の具体的事実の一部として意味がある上、Bが本件建物から出た八日後に賃貸人である被上告会社の代表者と賃借人の立場を兼ねて賃貸借契約を合意解除した事実と相まって、本件建物の明渡しを求める被上告会社の意図ないし動機を推認させる事情の一部として意味がある。
結局、上告人の主張するBと上告人との婚姻生活に関する事実は、被上告会社の本訴明渡請求が権利の濫用に当たるかどうかを判断するについて考慮すべき重要な事実というべきである。

う 原判決破棄事由該当性

右の事実をもって本訴明渡請求が権利の濫用に当たる事由とすることはできないとして、これを審理判断の対象とすることなく、本訴明渡請求が権利の濫用に当たらないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、ひいては審理不尽、理由不備の違法をおかしたものというべきであり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
※最判平成7年3月28日

6 内縁の死別後の相続人による合意解除と内縁配偶者の保護(概要)

賃借人である夫が合意解除をしたケースをベースとして、内縁の夫婦のケースで、内縁の夫(賃借人)が亡くなり、その相続人が合意解除をした場合のにはどうなるか、という応用問題があります。
この場合、内縁の妻には相続権がないので、賃借人ではないことになります。別の者(相続人)が賃借人となります。ここで相続人(賃借人)が合意解除をしてしまうと、そのままでは、内縁配偶者は退去しなくてはならなくなります。
このようなケースでも、夫自身が合意解除をしたのと同じ結論をとった裁判例があります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|建物賃借人が亡くなった後の内縁配偶者の居住の保護

7 賃貸借の解除における転借人などの保護(参考)

本記事では、賃貸借契約が解除された場合の同居する配偶者の保護について説明しましたが、これと似ている問題として、転借人(など)の保護の解釈論があります。
詳しくはこちら|賃貸借の解除を転借人や借地上建物の賃借人に対抗できるか(5準則まとめ)
配偶者のケースでも転借人のケースの理論を使えばよい、という提唱もあります。

本記事では、賃借人が合意解除してしまった場合に、居住する配偶者を保護するという解釈を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に、(法律婚や内縁の)夫婦の間で賃貸物件の居住などの問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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