【夫婦の同居義務(強制執行不可・同居義務違反と離婚原因・有責性)】

1 夫婦の同居義務

夫婦には同居義務があります。これ自体は当たり前といえます。
しかし、実際に同居を要求する、あるいは強制する法的手続があるかという問題や、同居しないことによってどのような不利益が生じるか、という問題があります。
本記事では、このような問題について説明します。

2 夫婦の同居義務の条文

最初に、夫婦の同居義務を定める民法の規定を押さえておきます。この条文には夫婦の相互扶助義務も記載されていますが、本記事では同居義務だけを説明します。

夫婦の同居義務の条文

(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

3 「同居」の意味

夫婦の「同居」とは、物理的(場所的)な同居とは少し違います。場所的に同じ場所にいても、顔を合わせないように物理的に隔離された(障壁がある)建物の構造になっていれば夫婦としての同居とはいえません。(なお、「家庭内別居」はこのような建物の物理的隔離とは別の意味で使われています。)
一方、単身赴任や入院の場合には、物理的には離れていても、夫婦の関係が良好である以上、同居と同じ扱いとなります。

「同居」の意味

本条にいう「同居」は、夫婦としての同居を指し、単に場所的な同居を意味するわけではない。
その結果、同じ家に住んでいても障壁を設けて生活を別にするのは同居ではないとされる一方、場所的に隔たっていても同居は成立しうるとされ(我妻81頁ほか)、単身赴任や入院加療など正当な事由による別居は同居義務違反にはならないとされる(久貴76頁)。
※神谷遊稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p193

4 「同居」の中身を定める・履行を求める裁判所の審判

夫婦が「同居」する、といっても、実際にはどこに住むのか、住居をどのように確保するのか、という問題があります。当然、普通は夫婦で話し合って決めます。決められない場合は、家庭裁判所に決めてもらう、という手続があります。
夫婦で決められない状況で裁判所が決めて解決するか、という疑問が浮かびます。実際には、別の意図(背景)があってこの手続を利用する、ということもあります(後述)。

「同居」の中身を定める・履行を求める裁判所の審判

夫婦の居住形態居住場所については、夫婦が協議して定めることになるが、協議が成立しないときは、家庭裁判所に審判を求めることができる(家事別表第二1項)。
また、夫婦の一方が同居を拒否しているときは、家庭裁判所に同居義務の履行を求めて審判の申立てをすることができる。
※神谷遊稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p193、194

5 同居義務の審判の可否(判断基準)

前述のように、たとえば、夫が家を出た場合に、妻が裁判所に夫に同居を命じることを求める(審判を申し立てる)こと自体は可能です。
では、裁判所が審判として、夫に対して同居を命じるということは意味があるのでしょうか。
無駄なことのようにも思えます。ただ、状況によっては、裁判所の審判がきっかけとなり、同居が再開する可能性もゼロとはいいきれません。
そこで、家を出た者が家に戻る可能性が僅かでもあるというケースでは、家庭裁判所は、同居を命じる(審判をする)ことになります。逆に、同居を命じても意味がない場合には、同居を命じることはしません。

同居義務の審判の可否(判断基準)

あ 同居回復の可能性を必要とした裁判例

同居を拒んでいる夫婦の一方に対し、同居を命ずる審判をすることについて
同居を命じることにより、同居が実現し、円満な夫婦関係が再構築される可能性が僅かでも存在すると認められることが必要である
=同居を拒んでいる者が翻意して同居に応じる可能性が僅かでもあること
※札幌家裁平成10年11月18日

い 相互の人格・尊厳を損なう→否定した裁判例

(夫が家を出て不貞行為をしているケースにおいて)
夫婦間の愛情と信頼関係が失われ、裁判所による後見的機能をもってしても円満な同居生活をすることが期待できないため、仮に、同居の審判がされ、当事者がこれに従い同じ居所ですごすとしても、夫婦が互いの人格を傷つけ又は個人の尊厳を損なうような結果を招来する可能性が高いと認められる場合には、同居を命じるのは相当でない
※東京高決平成13年4月6日
※大阪高決平成21年8月13日

6 同居義務の履行の強制執行の可否(否定)

裁判所が同居を命じる審判をして、これが確定したケースを考えます。家を出た者がこれに応じて家に戻れば良いですが、同居を拒否したままであったらどうでしょう。
同居が義務であるということは、確定審判によって強制的に家に戻すことができるという発想もあります。
しかし、夫婦の同居義務は、仲良く暮らすという趣旨のものです。仮に強制執行で同居を実現したとしても、これで夫婦の仲が良くなるわけではありません。このような特殊な性質があるので、強制執行はできないことになっています。

同居義務の履行の強制執行の可否(否定)

あ 裁判例

同居義務は、その性質上任意に履行されなければその目的を達成できないものである
いかなる方法によってもその履行を強制することは許されない
※大判昭和5年9月30日
※札幌家裁平成10年11月18日

い 学説

家庭裁判所の同居を命ずる審判は直接強制も間接強制認められない
※神谷遊稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p194

7 同居義務違反と有責性の関係

結局、同居義務の履行の強制執行はできないので、家を出て戻らないことは法的に問題はないのでしょうか。
まず、同居義務違反は、(広い意味で)責任があることになります。有責性ともいいます。ただし、必ず有責となるわけではありません。すでに夫婦関係が破綻しているとか、関係が悪化するような事情を相手が作ったような場合には家を出ても有責とはなりません。

同居義務違反と有責性の関係

あ 基本的部分

正当な理由なく別居すれば同居義務違反となる
有責といえる

い 正当な理由の典型例

ア 婚姻関係が破綻しているイ 別居の原因を他方配偶者が作っている ※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p27、28

8 同居義務違反による不利益(概要)

前記のように同居義務違反として有責となった場合には、いろいろな面で不利益を受けることになります。
典型例は、婚姻費用分担金の請求ができなくなる、あるいは、減額されるという扱いです。
詳しくはこちら|婚姻費用と有責性との関係(減額される傾向や減額の程度)
なお、養育費については有責性は原則として影響しません。
詳しくはこちら|養育費と有責性との関係(原則(影響なし)と特殊事情による例外)

また、同居義務違反として慰謝料(債務不履行の損害賠償)が生じるという発想もあります。
しかし、前記のように、国家が同居を強制することはできません。慰謝料を認めると、同じように同居を強制することと同じようなことなります。そこで同居義務違反自体を理由とする慰謝料請求は認められません。

9 長期間の別居による離婚原因の成立(概要)

別居期間が長期間続くと、離婚原因として認められることがあります。夫婦の仲が悪化して回復する可能性がないと考えられるので離婚が認められることになるのです。
詳しくはこちら|長期間の別居期間は離婚原因になる(離婚が成立する期間の相場)
なお、収入の中心を担う者(一般的には夫)が、家を出て、かつ生活費も渡さない、ということもあります。このような状態は悪意の遺棄という(法定)離婚原因に該当することもあります(民法770条1項2号)。
詳しくはこちら|離婚原因の意味・法的位置付け

10 防衛的な意図による同居審判の申立

以上のように、家庭裁判所の同居審判の申立という手続はありますが、同居の実現につながることはあまりありません。
一方、別居したケースでは、自分から積極的に別居した者は、有責となる(破綻させたことになる)、慰謝料を支払うことになるという不利益を受けることがあります。また、夫婦のいずれも同居を希望していない期間が長く続くと離婚が認められることになります。
このようなことを避ける意図で、同居審判の申立をするという作戦もあります。つまり、一方が同居を強く希望している(修復を望んでいる)ことを明確化することにより、自身は破綻させていないという評価につながり、また、離婚原因である破綻が認められることを否定する方向に働く、ということを狙いとする、というわけです。
なお、同居審判の申立ではなく、夫婦円満調停の申立を同じ意図で活用する作戦もあります。

11 同居義務に基づく占有権原(夫婦間の明渡請求)(概要)

夫婦間の同居義務によって、建物の占有権原を認める、という理論があります。具体的にはたとえば、夫所有の建物に妻が居住しているケースで、夫からの明渡請求を否定する時にこの理論が使われます。
詳しくはこちら|夫婦間の明渡請求(民法752条に基づく居住権)

本記事では、夫婦の同居義務について説明しました。
実際には個別的事情によって結論は違ってきますし、また、主張の中での同居義務(不履行)”の使い方によっても結論が違ってきます。
実際に同居義務(の不履行である別居)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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