1 妻による夫名義の預金の引き出しを不法行為と位置づけた裁判例
2 一般的な見解による扱い(概要)
3 預金の原資による帰属(共有)の判断
4 預金の準共有持分の主張の可否
5 訴訟における預金債権の帰属の位置づけ
6 分割自由の理論への批判

1 妻による夫名義の預金の引き出しを不法行為と位置づけた裁判例

夫婦の財産は、夫名義の預貯金として保管しておくことはありふれています。そして、夫婦の仲が悪くなると(特に別居する際に)妻が夫名義の預金を引き出す、ということもよくあります。
このようなケースで、一般的な理論、解釈とは少し違う判断をした裁判例があります。一般的な理論、解釈の理解を深めることにもつながります。本記事ではこのようなマイナーな見解をとった裁判例を紹介します。

2 一般的な見解による扱い(概要)

マイナーな見解の説明に入る前に、原則的、一般的な見解を押さえておきます。
夫婦の一方が夫婦としての預金を引き出して持ち出したとしても、原則として返還義務はありません。
詳しくはこちら|別居の際の夫婦共有財産の持出しは婚姻費用に影響しないが例外もある
このような解釈の基礎部分を簡単にいうと、夫婦間の財産は共有(共通の財産)であるが、その権利は潜在的なものにとどまり、離婚して初めて「財産分与」として2人のどちらかに分ける(権利が具体化する)ということになります。
詳しくはこちら|夫婦財産制の性質(別産制)と財産分与の関係(「特有財産」の2つの意味)

3 預金の原資による帰属(共有)の判断

ここから、マイナーな見解を採用した横浜地判昭和52年3月24日の内容の説明に入ります。この裁判例は、まず、預金(貯金)が誰に帰属するのか、ということを判断します。
原則は名義人である、ということを前提として、次に、預け入れた資金(原資)は誰に帰属するのか、ということに着目します。
本件では、原資がどこから来たのか、詳細なことは不明でした。ただ、夫婦のいずれかの収入であることは確かだったので、民法762条を適用して、夫婦の共有である、と判断しました。
次に共有持分割合ですが、まず、原則として民法250条により各2分の1、ということにします。その上で、寄与の割合(程度)が2分の1ではないことが証明された場合には、証明された割合を使う、ということにしました。本件では、2分の1ではない証明はない、と判断し、結論として、原資は各2分の1の持分割合であると判断しました。
これについて、財産分与の場面で、現在では原則として夫・妻の貢献度を各2分の1とする判断は一般的となっています。しかし、民法250条の推定を使うわけではなく、あくまでも、単純に、民法768条3項の「一切の事情」の判断です。
詳しくはこちら|財産分与割合は原則として2分の1だが貢献度に偏りがあると割合は異なる
夫婦共有財産の共有持分割合の判断で民法250条を使う、というのはほぼみることはない解釈です。
なお、夫婦の財産でも、離婚成立から2年以上が経過し、財産分与は期間切れでできないケースでは、民法250条を適用することはよくあります。
詳しくはこちら|共有であるかどうか・持分割合の認定(民法250条の推定・裁判例)
いずれにしても、この裁判例では、原資が各2分の1であるという判断を前提として、それを理由に、預金債権も、夫婦間では各2分の1の持分となると判断しました。対第三者と、夫婦間で、権利の帰属を変える、という解釈をとりました。この解釈は一般的な見解と同じです。

預金の原資による帰属(共有)の判断

あ 貯金の帰属(原則=名義人)

・・・特段の事情のない限り、第一の貯金はその名義人である原告に帰属したというべきである。

い 原資の帰属(民法762条2項適用)

・・・民法七六二条一項により、原告の特有財産となるとしても、右各預金債権の取得のために各受入れ先に預け入れた現金又はこれに代るべき有価証券は、原、被告のいずれに属するか明らかでなく、被告が離婚に伴ない財産分与を受けるまでもなく、同法同条二項により原、被告の共有に属したものと推定されることになる。

う 原資の共有持分割合(民法250条適用)

そうすると、第一及び第五の各貯金の預金債権の取得のために各受入れ先に預け入れた合計金三〇〇万円(以下、本件金三〇〇万円という。)は、原告と被告との共有に属し、その各持分は、民法二五〇条により各二分の一であったと推定されることになる。
このような場合には、この持分はその財産の取得に対する寄与の割合によって定まると解されるところ、寄与は稼働により収入を得ることに限られず、家事及び育児等も含まれると解すべきであるから、原告本人尋問の結果中原、被告の収入の差に関する部分のみでは、右推定を覆えすに足りない。

え 夫婦間での預金債権の帰属

以上の点に鑑みれば、原告は、・・・各貯金の預金債権を原告の特有財産として取得したとしても、被告との関係では、これにより、本件金三〇〇万円中被告の二分の一の持分を原告の名において管理するに至ったに過ぎず、・・・
※横浜地判昭和52年3月24日

4 預金の準共有持分の主張の可否

この裁判例の変わっているところは、夫婦間で預金の権利を主張できるというところです。
一般的見解では、婚姻中はそれぞれの権利(共有持分)は潜在的にすぎず、返還請求などはできない、具体的に請求できるのは離婚の時(の財産分与)である、という解釈がとられています。
しかし、この裁判例は、財産分与でなくても権利を主張できると判断しました。

預金の準共有持分の主張の可否

さらに、貯金は利殖等のほか金銭の保管の方法としてなされるものであり、本件においては・・・まさにこの方法としてなされたものであり、金銭は没個性的なものであって、預金債権も又個性的色彩の乏しいものであるから、第三者との関係においてはともかく、原、被告間においては、本件金三〇〇万円が右預金債権にいわば変形しているというべきであって、被告は、右預金債権についても、原告に対し、準共有者として二分の一の持分を主張しうる筋合であるといわざるをえない。
※横浜地判昭和52年3月24日

5 訴訟における預金債権の帰属の位置づけ

ところで、この裁判例で請求されていた内容は、不法行為責任(損害賠償請求)です。
以上の判断内容からは、預金債権のうち、夫の持分(2分の1)を妻が引き出したことによって侵害した、だから夫は預金額の2分の1の損害賠償を請求することができる、ということになります。
ただし、この裁判例の結論は、損害賠償請求を否定しました。その理由は、妻が夫に、預金の2分の1相当の別の財産をすでに渡していた、というものでした。逆に、別の財産を渡していなければ損害賠償請求を認めていた、と読むことができるのです。

訴訟における預金債権の帰属の位置づけ

原告は不法行為による損害賠償を請求していた
被侵害利益(権利)として、預金債権が原告に帰属していたかどうかが問題となっていた

6 分割自由の理論への批判

前述のように、この裁判例が変わっているのは、離婚(財産分与)がなくても夫婦共有財産の権利を(潜在的ではなく具体的に)主張できるというところです。当然、この理論は批判されていますし、実際にこのような判断をした裁判例はほとんどありません。

分割自由の理論への批判

本判決は右各貯金について、被告が共有権者としていつでも自由にその分割請求をなしうるとの見解に立っていると思われるが、右分割自由の考え方にも疑問がある。
なぜなら、実質的共有財産は、・・・、夫婦生活に終止符が打たれるまでは、即時当然分割などは認められない性質のものだからである。
※小熊桂稿/『判例タイムズ367号 臨時増刊 主要民事判例解説』p283〜

本記事では、夫名義の預金を妻が引き出したことを不法行為と位置づけた(と読める)裁判例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に夫婦間の財産(預貯金など)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。