【清算的財産分与の対象財産の範囲の基準時と評価の基準時】

1 清算的財産分与の対象財産の範囲の基準時と評価の基準時

清算的財産分与は、夫婦が保有する、いろいろな財産や経済的利益が対象となります。
詳しくはこちら|財産分与の対象財産=夫婦共有財産(基本・典型的な内容・特有財産)
これに関して、いつの時点で夫婦が保有していたものが対象財産となるのか、という問題があります。また対象財産の評価額を出す際は、いつの時点を基準とするのか、という問題もあります。
本記事ではこれらの法的扱いを説明します。

2 範囲の基準時についての別居時説と裁判時説

(1)範囲の基準時についての複数の見解

清算的財産分与の対象財産の範囲の基準時の解釈は単純に1つに決まっていません。大きく分けると2つの見解があります。

範囲の基準時についての複数の見解

あ 別居時説

夫婦の協力によって形成した財産が対象である
→夫婦の協力の終了時点を基準とする
=別居時を基準とする
※広島高裁岡山支部平成16年6月18日

い 裁判時説

別居後にも夫婦としての経済的協力関係が継続する場合
→別居後の事情を『一切の事情』として考慮する
裁判時説といえる
※東京地判平成12年9月26日(後記※1

う 別居時説+別居後の財産変動の考慮

ただし、別居後、直ちに夫婦としての協力関係が消滅してしまうというわけではなく、一方が婚姻費用の分担や住宅ローンの支払を続け、他方が財産の管理や子の養育にあたっている場合もある・・・そこで、清算的財産分与の対象は、協力によって形成された財産であることから、一応協力関係の終了する別居時を基本とし、公平の見地から、事情によりその後の財産の変動も考慮して妥当な解決を図るのが相当とする柔軟な立場をとるものが多い(大津・前掲書126、渡邊・前掲書52、二宮=榊原・前掲書139)。
※犬伏由子稿/島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)』有斐閣2008年p222

(2)別居後の経済的協力関係を認めた裁判例

前記の中の裁判時説に記載した裁判例の内容を紹介します。
別居後も、妻が居住する住居のコスト(ローン返済)を夫がしていた、などの事情から、経済的な協力関係はまだ続いていた、ということで、基準時を裁判時(口頭弁論終結時)としました。

別居後の経済的協力関係を認めた裁判例(※1)

あ 事案

本件では、原告と被告は平成八年九月まで同居していたこと、別居以降は、被告は婚姻費用分担として月七万円を受領していたうえ、原告名義の自宅マンションには被告が居住して、住宅ローンの返済は原告がしてきていることが認められる。

い 評価

右認定事実によれば、原告による離婚調停の時期以降実質的に婚姻関係は破綻していたものではあるが、右調停申立後も同居中は生計をともにしており、別居後も財産的な関係では原告と被告は従前同様の関係にあるということができる。
そうすると、その間の自宅のローン返済その他の財産状態の変動についても、所与のものとして考えることが相当であると解される。

う 判断→裁判時説

以上によると、財産分与は、離婚に伴い、夫婦で共同して形成してきた財産を清算するものであるところ、別居後の財産の増減やそれに対する寄与度は一切の事情として分与にあたり考慮することができるものであるから、本件では、口頭弁論終結時を基準として、預貯金の残高及び株式の時価を財産分与の対象とすべきである。
※東京地判平成12年9月26日

3 範囲の基準時についての昭和34年判例

清算的財産分与の対象財産の範囲の基準時について、口頭弁論終結時とも読める判例があります。しかし、実務では文字どおりに受け止めていません(後述)。

範囲の基準時についての昭和34年判例

あ 判例(引用)

(民法768条3項の『一切の事情』について)
一切の事情とは当該訴訟の最終口頭弁論当時における当事者双方の財産状態の如きものも包含する趣旨と解するを相当とする
※最高裁昭和34年2月19日

い 解釈

離婚時基準説に立ったとされている
ただし、例外を否定するものではない
※島津一郎ほか『新版注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p221

4 清算的財産分与の範囲の基準時(まとめ)

前述のように、最高裁判例は一見、口頭弁論終結時を基準としているように思えます。しかしこれは抽象的に、口頭弁論終結時までの財産が考慮されることを指摘したにとどまり、具体的に夫婦の協力で形成された財産という意味では別居時が原則ということになります。もちろん個別的事情により、別居後の事情が反映されることもあります。

清算的財産分与の範囲の基準時(まとめ)

あ 実務の一般的傾向

別居時に通常は夫婦の協力関係が終了する
→一般的に、別居時に存在した財産を分与対象とする
特殊事情による別居後の財産の変動も考慮する
※大津千明『離婚給付に関する実証的研究』日本評論社1990年p126
※渡邊雅道『財産分与の対象財産の範囲と判断の基準時』/『判例タイムズ臨時増刊1100号』2002年p52
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p100

い 東京家裁の運用

清算的財産分与の争点整理について
別居時に存在する財産を基準としている
※東京家庭裁判所家事第6部『東京家庭裁判所における人事訴訟の審理の実情 第3版』判例タイムズ社p27

う 裁判例

清算的財産分与は、夫婦の共同生活により形成した財産を、その寄与の度合いに応じて分配することを、内容とするものであるから、離婚前に夫婦が別居した場合には、特段の事情がない限り、別居時の財産を基準にしてこれを行なうべきであり、また夫婦の同居期間を超えて継続的に取得した財産が存在する場合には、月割計算その他の適切な按分等によって、同居期間中に取得した財産額を推認する方法によって、別居時の財産額を確定するのが相当である。
※名古屋高判平成21年5月28日

5 別居後の財産の減少の扱い

前述のように、清算的財産分与の対象財産は、別居時に存在するものが原則ですが、例外的に別居後の財産の動きが反映されることもあります。反映されることがあるものとしては、生活費などの必須の出費です。浪費にあたるようなものは反映されません。

別居後の財産の減少の扱い

あ 一般的傾向

別居後に、一方が保有資産を減少させたが、それが生活費や教育費の補足のためであれば、減少後の資産を対象とする場合がある。
一方、過当な遊興費などにより別居時に存在した財産を散逸させた場合には考慮されず、別居時に存在した財産があるものとして計算される。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p100

い 別居後の財産浪費と隠匿の裁判例

夫婦が別居した
その後、夫婦の一方が財産を浪費または隠蔽した
→この浪費または隠匿は算定上除外する
=別居時の財産を基準とする
※長崎家裁佐世保支部昭和43年3月15日

う 同居中の浪費の扱い(参考・概要)

(別居後ではなく)同居中(=基準時前)に夫婦の一方が浪費などにより財産を減少させた場合は、別の問題(マイナスの財産分与)が生じることもある
詳しくはこちら|清算的財産分与における債務(マイナス財産)の扱い

6 別居後の財産取得を除外した裁判例

前述のように、夫婦の協力体制は別居時で終了するので、別居後に増えた(夫婦の一方が取得した)財産は原則として分与の対象にはなりません。要するに別居時点の財産を対象とする、ということになります。

別居後の財産取得を除外した裁判例

別居後に夫婦の一方が財産を取得した
→この取得財産は算定上除外する
→別居時の財産を基準とする
※富山家裁昭和46年10月13日

7 将来の退職金の財産分与における対象期間(参考・概要)

ところで、将来もらう予定の退職金が清算的財産分与の対象となることがあります。その場合の具体的な分与する金額の計算では、婚姻後、別居までの期間に相当する部分を分与対象とします。夫婦の協力体制は別居時で終わる、という、以上で説明した考え方がここでも使われているのです。

将来の退職金の財産分与における対象期間(参考・概要)

夫の将来の退職金を清算的財産分与の対象財産とする場合において
一般的に、妻の寄与の程度は同居期間のみとする
実質的に、清算的財産分与の範囲について別居時を基準としている
詳しくはこちら|将来の退職金の財産分与

8 扶養的・慰謝料的財産分与の範囲の基準時(参考・概要)

本記事で説明したのは、清算的財産分与のことでした。この点、財産分与には、ほかに、扶養的財産分与と慰謝料的財産分与があります。これらについては、判断の基礎となる財産状態は別居時ではなく離婚時となります。

扶養的・慰謝料的財産分与の範囲の基準時(参考・概要)

9 清算的財産分与における財産の評価(額)の基準時

以上の説明は、いつの時点で保有する財産が分与対象となるかという、財産の範囲についてのものでした。これとは別に、分与対象の財産の評価額をどのように出すか、という問題もあります。財産の評価額は、別居時ではなく離婚時になります。評価額の動きは夫婦の協力とはまったく関係ないので、原則論を適用することになるのです。

清算的財産分与における財産の評価(額)の基準時

別居時に存在した財産の評価額の基準時は、審判または口頭弁論終結時である。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p100

本記事では、清算的財産分与の対象財産の範囲の基準時と、その評価の基準時について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に離婚や財産分与に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【預貯金は代表的な財産分与の対象であるが例外もある】
【財産分与における過去の生活費負担の過不足(未払い婚姻費用)の清算】

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