1 妊娠発覚後の『父・母』の見解が一致しないと問題となる
2 母体保護法により『中絶』は適法とされる
3 経済的理由|実務上は広く中絶が認められている
4 自然界×『経済的理由による中絶』|参考
5 男性=中絶希望,女性=出産希望→中絶した→事情によって責任が生じる
6 男性=中絶希望,女性=出産希望→中絶した→責任は慰謝料,手術費用など
7 男性=中絶希望,女性=出産希望→出産した→認知,扶養義務
8 男性=出産希望,女性=出産拒絶→中絶した→責任は生じない
9 婚約破棄や内縁解消の慰謝料が生じることも多い

1 妊娠発覚後の『父・母』の見解が一致しないと問題となる

<妊娠発覚後→出産方針の見解の違い|具体例>

女性Aの妊娠が発覚した
交際相手(男性;B)との間の子供である
結婚はしていない

このような場合に,A,Bで出産すべきかどうかについて,意向が一致しないことがあります。
いろいろなバリエーションについて説明します。
最初に『子供をおろすこと』自体の法律上の問題から取り上げます。

なお,交際解消に関する一般的な法律問題は別に説明しています。
別項目;交際破棄と法的責任;妊娠,出産,慰謝料,過去の生活費の分担

2 母体保護法により『中絶』は適法とされる

子供をおろすこと,言いかえると『中絶』や『堕胎』ということになります。
刑法上は犯罪とされています。
とは言っても『出産を強制する』のが妥当ではない場合もあります。
そこで,例外的に適法となる場合も,別の法律で規定されています。

<中絶・堕胎|法律的な扱い>

あ 形式論

刑法上の『堕胎罪』という犯罪に該当する
※刑法212条~

い 救済的な許容

次の事情があれば中絶・堕胎は適法となる
ア 強姦の場合
イ 経済的理由
※母体保護法14条

なお『母体保護法』は,改正前は『優生保護法』というネーミングでした。
『優生思想』という差別的なニュアンスを感じる,という理由により法律名が変わりました。

3 経済的理由|実務上は広く中絶が認められている

中絶を適法とする状況として『経済的理由』があります(前述)。
『経済的理由』に該当するかどうかの判断は非常に曖昧です。
実務上,大幅に拡げて解釈されています。

<中絶が適法となる条件『経済的理由』|母体保護法>

あ 実務上の扱い

『父と母が家族になる気持ちがない』も『経済的理由』に該当する
→中絶は認められる
※母体保護法14条

い 具体的状況

『子供の生育』を前提とした生活環境を作る予定・決意がない
=次のいずれの予定・意向もない
ア 結婚(法律婚)
イ 内縁
ウ 婚外子として養育・扶養する

このような解釈論・制度は自然界にもみられるものです。
参考として次にまとめておきます。

4 自然界×『経済的理由による中絶』|参考

自然界にも『母体保護法』が不文律・自然の掟として存在します。
母体保護法制定の過程で手本として参考になったのかもしれません。

<自然界×『経済的理由による中絶』|参考>

あ 中絶メカニズム

ネズミの中のある種では次の『中絶メカニズム』が発見されている
メスが『交尾したオスのにおい(フェロモン)』を記憶する
→その後メスが見知らぬオスのにおいに長時間さらされる
→受精卵の着床に必要なホルモン分泌が抑制される
→流産につながる

い 中絶メカニズム→性淘汰理論

上記の中絶メカニズムによって次のような現象が生じる
ア 『優位なオス』の子が増えやすい
イ 『両親が一緒に育てる』ことができない子供は生まれない
母体保護法14条の『経済的理由』による中絶(前記)と同様である
※『Newton』2014年3月号

5 男性=中絶希望,女性=出産希望→中絶した→事情によって責任が生じる

『中絶』自体が違法かどうかとは別の法律問題があります。
父・母となる予定の者の間での出産する/しないの見解の対立です。
パターン別に法的な扱いを整理します。

<出産の意向|男性反対+女性賛成|事例>

あ 女性A

『子供を産んで育てたい』

い 男性B

結婚・内縁をしたくない
出産に反対している

う 現実的な判断

現実的には出産ができない状況と言える

このような場合,やむを得ず中絶することになります。
この場合,妊娠という『原因』を作ったのはA・Bの両方です。
割合はともかく,中絶費用はA・Bの両方で負担すべきことになります。

また,結果的とは言え,Aは妊娠→中絶というプロセスで身体的にも,また,精神的にもダメーヂを受けます。
これらについて慰謝料として一定の金額をBに請求できるでしょう。
この金額と言いますか,責任については『どういった経緯で妊娠するに至ったか』によって変わってきます。
例を挙げます。

<妊娠させた男性の責任|例>

あ 結婚前提で妊娠することを予測して性行為に及んだ

正確には『結婚』自体ではなく『子供を産み,育てること』の予測である
現在では,出産に必須の条件が結婚というのは古い考えになってきている
その後,妊娠して責任から逃れるように別れを切り出した
→Bの責任は大きい

い 結婚する予定はない(純粋な遊び)で性行為に及んだ

正確には『子供を産み,育てること』の認識の一致がなかった,という意味である
想定外の妊娠という場合である
→Bだけの責任ではない(A・Bの責任は同等)

このようなケースでの責任をまとめたものは,別に説明しています
別項目;交際破棄と法的責任;妊娠,出産,慰謝料,過去の生活費の分担

6 男性=中絶希望,女性=出産希望→中絶した→責任は慰謝料,手術費用など

前述のケースでの具体的事例を参考として紹介します。

<出産の意向|男性反対+女性賛成→中絶|男性の責任>

あ 事案の概要

きちんとした避妊をせずに性交渉を行った
女性が妊娠した
妊娠発覚後,男性は『逃げる態度』であった

い 裁判所の判断|男性の責任

ア 慰謝料
100万円
精神的苦痛200万円分の半分
イ 手術費用
約34万円
手術費用の総額約68万円の半額
ウ 弁護士費用
10万円
エ 合計
約144万円
実際にはここから既払額が控除されている
※東京高裁平成21年10月15日

この事案における『責任の判断に影響した事情』をまとめておきます。

<妊娠させた男性の責任の判断要素>

あ 妊娠させた経緯が『予想外』であった

→責任は小さい方向

い 『もしかしたら妊娠してしまうかも』という状況であった

→責任は大きい方向

う 妊娠発覚後『逃げる態度』に終始している

→責任は大きい方向

え 妊娠発覚後『今後のこと(結婚するかどうか)』を真面目に考え,話し合った

→責任は小さい方向

お 男性が進んで中絶費用を負担する

→責任は小さい方向

か 男性が病院につきそうなど,身体面や精神面でのケアをする

→責任は小さい方向
※東京高裁平成21年10月15日

7 男性=中絶希望,女性=出産希望→出産した→認知,扶養義務

<出産の意向|男性反対+女性賛成|事例>

あ 女性A

『子供を産んで育てたい』

い 男性B

結婚・内縁をしたくない
出産に反対している

う 実際の判断

男性が反対するのを押し切って女性が出産した

まず『父』は『母が出産すること』を止める権利はありません。
仮に経済的に不安があるなどの理由があったり,既婚者であったりしても同様です。
そして『反対を押し切って出産した』場合でも,父親には扶養の義務が生じます。

ただし,前提として『認知』がないと,法律上は『父』という扱いにはなりません。
Bが自ら認知届を役所に提出するか,家庭裁判所の手続により認知することになります。
これに伴い,には『扶養料』を払う義務が生じます。
詳しくはこちら|認知の効果|扶養|時間制限・金額決定の家裁の手続・算定方法

8 男性=出産希望,女性=出産拒絶→中絶した→責任は生じない

<出産の意向|男性賛成+女性反対|事例>

あ 女性A

出産したくない

い 男性B

出産して欲しい
AとBで子供を育てて行きたい

う 現実的な判断

Bに『出産を強制』できない

が出産を希望して,が出産したくない,というケースです。

(1)が反対しても中絶は可能

まず,中絶自体は可能と思われます。
どちらの意向にせよ『A・Bで一緒に子育てをすることはない』という状況です。
母体保護法上の『経済的理由』として,中絶が認められることになります。

ここで,問題なのは,B(父となるべき人)の意向です。
Bが『出産してくれ』と望んでいるわけです。
この『希望』を無視して良いか,という問題が残ります。
この点,母体保護法14条は『配偶者』については『同意』が必要と規定しています。
逆に言えば,結婚していない場合は,『配偶者』ではないので『同意』は必要ではないことになります。
しかし,『配偶者』とは,『事実婚』(内縁関係)の場合も含まれます(3条)。
内縁については,一定の状態にあることが前提となります。
別項目;内縁関係の成立要件

そこで,内縁状態にある場合は,配偶者(B)の同意がないと中絶できない,という結論になります。

(2)が反対してもが中絶した場合,法的な責任は生じない

となるはずだったBは希望を損ねられた状態です。
慰謝料等の請求をする発想があります。

この点について明確に結論を出した裁判例等は見当たりません。
しかし,理論的に考えると,認められないと思われます。

これを認めると『出産を望まない女性に出産を強制する』ことになるからです。
人道的と言いますか,常識的に考えて非常に不合理な面があります。
自らの身体のダメーヂ・リスクを受け入れて出産する,ということについて当の本人には最終的な選択権があると考えるべきです。
金銭賠償を認めた場合,現実的にこの『選択権』が奪われた状態になってしまいます。
そこで『Aが中絶をしたこと』については『違法性なし』と言えましょう。
結論として,Bからの慰謝料請求は認められないと思われます。

9 婚約破棄や内縁解消の慰謝料が生じることも多い

以上は,妊娠した時の子の出産するかしないか,ということに関する法的な責任の説明でした。
このようなケースでは,同時に,婚約破棄や内縁の解消も行われることが多いです。
これらについては,子の出産とはまったく関係ない法的責任が生じることがあります。
詳しくはこちら|婚約破棄の慰謝料は30〜300万円が相場だが事情によって大きく異なる
詳しくはこちら|内縁|基本|婚姻に準じた扱い・内縁認定基準|パートナーシップ関係

本記事では,妊娠した時に出産するかしないかで父母(男女)間で意見が食い違った状況における法的責任を説明しました。
実際には,細かい事情の主張・立証や交渉のかけひきで結果が大きく変わります。
実際に妊娠や出産に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。