1 不適切な表現,言論への対応はデリケートな扱い;4カテゴリに分類
2 公的機関が『法的』に対応する=刑事罰法規を適用;『※1』
3 国家は思想の自由市場に介入すると人権侵害になる;『※2』
4 国家の役割の整理;『※2,※3』
5 民事上の違法性があれば,差止請求,損害賠償請求ができる;『※3』
6 私人同士の意見交換,批判合戦歓迎ムード;『※4』
7 思想の自由市場の維持
8 憲法の人権規定は対国家(公的機関)だけ,私人間ではMAXで間接適用まで
9 憲法,法律の条文

1 不適切な表現,言論への対応はデリケートな扱い;4カテゴリに分類

マンガで,おかしな内容が広く伝達し,批判が巻き起こる,というケースがたまに生じます。
この点表現,言論の自由という人権が憲法に規定されています(日本国憲法21条1項)。
もちろん,何をしゃべっても良いということはないです。
一定の制限(制約)があります。
一方,私人同士ではまた違うルールがあります。
『私人』というのは『民間人』,『一般人』というような意味です。
いずれにしても複雑なので,まずは整理して『対応方法』の結論だけをまとめます。
個々の内容は次に説明します。

不適切な表現,言論への対応まとめ>

反撃する者 『法的』対応 批判=『法的』以外の対応
公的機関 刑事罰法規適用(※1) NG(※2)
私人 差止,損害賠償請求(※3) OK(※4)

2 公的機関が『法的』に対応する=刑事罰法規を適用;『※1』

(1)人権は,法律の規定がある時だけ制約される

表現,言論が一線を超えて刑事罰に該当するのは,名誉棄損罪侮辱罪脅迫罪などです。
風説の流布とか分野限定のもの(特別法)は省略します。
このような刑罰法規に該当した場合,裁判所が認定して刑罰が課せられます。
ちょっと補足します。

<刑罰法規の特性>

『刑罰法規に該当した時だけ→罰則が発動する』

・『刑罰法規に該当しない→罰則を受けない』
・『刑事罰に抵触する前のレベルまでは国家は手を出せない』

論理学的な『裏』みたいですが,ちょっと違います。
いずれにしても,上記は両方成り立ちます。
表現者の立場では言論,表現の自由の範囲内,ということです。
この『刑罰法規に明記してあるもの以外は処罰されない(と約束される)』というのが人権保障の1つなのです。
罪刑法定主義と言います。

(2)裁判所は『世論』を排除する

一線を超えたかどうか,つまり,刑罰法規に該当するどうかの判断は,最終的に裁判所が行います。
起訴するかどうかは,検察官であったり,プラスアルファでちょっと複雑ですが,省略します。
別項目;起訴猶予のポイント;起訴裁量,判断基準,不起訴処分告知書,再起
裁判所が判断するのは次の2つです。

<裁判所の判断対象事項>

法規に該当するかどうか
・(該当した場合に)量刑

逆に裁判所が『法規への該当性』を外れることは厳禁です。
『世論でバッシングがひどいから法律には書いてない罰を加えよう』はできません。
前出の罪刑法定主義です。
ただし,刑罰法規に該当する場合に,量刑の一環(1要素)として,『社会に与えた影響の大きさ』として量刑に影響させる,はOKです。

3 国家は思想の自由市場に介入すると人権侵害になる;『※2』

国家が,法律がない部分について,批判任意の撤回要求ならばして良いのではないか,という発想があります。
結果的に国民が不利になることは『法律によらない人権制限』→違憲,となる可能性があります。
直接の影響,ではなくても,萎縮効果があるのです。
国家は『法律違反』ではないエリアには踏み込んではいけないのです。
ここはちょっと重いので別にします(後記『7』)。

4 国家の役割の整理;『※2,※3』

『法規違反』か『適法』か,によって,このように国家の関与は180度違うのです。

<エリア(マター)別の国家の役割>

法律に違反するマター 法律違反ではないマター
国家が法を適用する 国家は介入しない
自由市場,価値観による評価,淘汰,は整合しない(※5) 自由市場(神の見えざる手)による判断,調整
価値観の対象にするのは良くない(※5) 価値観による評価が妥当

この分類はいろんな市場競争について共通です。
商品,サービス市場,労働市場,恋愛市場,国際的な国家による企業誘致競争など。
別コラム;『ブラック企業』という用語に異議あり〜法規違反or価値観の相違,を峻別しよう〜
別コラム;価値観の強要を避ける裁判所の本心は恋愛の自由
詳しくはこちら|男女交際・性行為に関する刑罰|売春防止法・児童ポルノ法・青少年育成条例・強姦罪

5 民事上の違法性があれば,差止請求,損害賠償請求ができる;『※3』

(1)民事上の違法性がある時だけ,差止,損害賠償請求が認められる

民事上の法的な責任追及方法として,『不法行為』や『プライバシー権侵害』,『著作権侵害』などがあります。
当然,表現,言論の自由により尊重されても,違法性のリミットは設定されているのです。
ここでは人権は登場しないので,保障とは言えません。
尊重にとどめておきました。
これは後述します(後記『8』)。
民事的な請求ができるケースの典型をまとめます。

不適切な表現不法行為に該当する主な態様>

名誉が毀損された
信用が低下した
風評で被害を受けた
心配を植え付けられた

これらによる差止請求損害賠償請求が認められるかどうかは違法性があるかどうかです。
社会通念上相当性を逸脱した行為などと言います。
却って分かりにくくなるので翻訳します。
違法性非常識のレベルに達した場合です。
国家が特定の価値観権利,義務に変換する場面です。
民事は刑事よりもオープン規定が多いのです。
仮に非常識をリスト(テーブル)化していくと,明確で予測可能性(再現性)が高まるのですが。
無意味に膨大になります。
時代変化に応じた随時の更新などのメンテコストが大きいです。
非現実的です。
そこで,その判断は国会が裁判所に一任することが許されています。

(2)裁判所は『世論だけでの判断』はできないが,影響することも多い

これらの法的責任が生じるかどうか(要件を満たすかどうか)は,最終的に裁判所が判断します。
『法律に書いてないことから責任を重くしよう』はできません。
ただし,責任が認められることを前提に,『社会に影響が大きい→風評が大きい→損害が大きい』と判断することは可能です。

6 私人同士の意見交換,批判合戦歓迎ムード;『※4』

私人同士で批判,意見表明を白熱させることは問題ありません。
もちろん,白熱し過ぎて,『批判』側が合法の範囲から逸脱すると,逆に『刑事罰の対象』や『差止,損害賠償請求の対象』となります。
名誉を毀損する発言,脅迫,暴力などです。

7 思想の自由市場の維持

この思想の自由市場ですが,国家の介入は非常に危険です。
世界の歴史で,思想弾圧→独裁制維持,という状態がありました。
こうなると非合法的手段革命,くらいしか解決法がなくなります。
裸体の女性が突撃する画像でお馴染みのフランス革命が象徴ですね。
そこで,日本国憲法にも『自由と権利は,国民の不断の努力で保持しよう』ということが書かれているのです(日本国憲法前文,12条)。

国家は,特定の価値観,考え方を支持しても,批判してもいけないのです。
むしろ,意見表明,伝達が自由で活発な状態をキープする役目が重要です。

思想の自由市場における国家の役割>

思想の市場に1プレイヤーとして入る ☓
思想の市場の自由を維持するレフリーとして見守る ◯

『レフリー』の具体的役割は『表現,言論のうち一線を越したもの』=『違法』に法を適用する,ということに制限されます。

8 憲法の人権規定は対国家(公的機関)だけ,私人間ではMAXで間接適用まで

(1)『人権侵害』は誤用率が高い

誤用率の高いフレーズに『人権侵害だ』というものがあります。

<『人権侵害』の誤用例>

・他者に暴力を受けて怪我をした
 →『これは人権侵害だ!』
・他者にヒドいことを言われて凹んだ
 →『これは人権侵害だ!』

法律学としては,これは間違いです。
悪意のない取り違えでしょうけど。
人権は,対国家,公的機関という場面で使われます。
典型例は刑罰です。
私人では人権自体は登場しないのです。

<正確な表現>

『民法上の不法行為による損害賠償請求が成り立つ』
『違法性のある行為だ』

(2)私人間でも人権が間接的に適用される;間接適用説

ただし,私人間でも,人権間接的には適用されます。
不法行為の損害賠償請求(民法709条)の『違法性』を判断する際,人権考慮されます。
『人権(に相当する権利,利益)』については,『違法性認定がされやすい』『損害が大きく算定されやすい』と評価することはOKなのです。
これを間接適用説と言います。
最高裁が採用する見解です。

(3)俗称としては社会で人権という用語が使われる

『放送倫理・番組向上機構(BPO)』という機関があります。
歴史的に過去『放送と人権等権利に関する委員会』という名称であったこともあります。
これも『誤用』というか『俗用』と言えましょう。
NHKや民放は刑罰を課する機能はないです。
人権侵害はできないのです。
ただ,影響力があまりに巨大過ぎるので,国家が刑罰を課したのと同程度だという評価もありました。
そこで人権の用語を用いているのです。
自信過剰なのか良い意味での自己過大評価なのか,見解は分かれそうですが。

(4)俗称と思われる語法実例;STAP問題

STAP問題でも人権が登場したのを見逃しませんでした。
バラエティー番組で小保方さんのモノマネが行われるという予定が公表されました。
これについて,小保方さん代理人は『人権侵害』とのコメントがあったようです。
あくまでも報道によるものですが。
これも『誤用』のカテゴリです。
さすがに『間違えた(天然)』ではなく,何か意図があってのことだと思います。
それか,俗用かとは思いますが,専門家としてはあまり発言中で使いにくいです。

9 憲法,法律の条文

[日本国憲法]
前文(※抜粋)
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

[民法]
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。