事実と評価の区別|境界は引けないが、それでも区別する基準

1 事実と評価の区別|境界は引けないが、それでも区別する基準

訴訟では、まず事実を認定し、その事実に法律を当てはめます。ところが「何が事実で何が評価か」は、条文にも書かれておらず、見た目ほど簡単には分かれません。「金銭を渡した」のような一見単純な言い方でも、渡し方によっては評価が混ざります。

本記事では、事実と評価の境界が理論上どうなっているのか、それでも実務で区別するときの基準は何か、そして区別を意識しないと何が起きるのかを説明します。

規範的要件の要件事実|評価ではなく評価根拠事実が対象・型による扱いの違い

主要事実と間接事実の区別|弁論主義が及ぶ範囲と、区別が争われる場面

2 境界は理論上引けないが、実務では基準を置いて区別

事実と評価の区別——理論上の帰結と、実務で使う基準

あ 理論上はどうなっているか

(ア)「事実と評価」の問題は、正確には「事実命題と評価命題」の問題である(イ)同じ命題でも、どの視点から見るかで事実命題にも評価命題にもなる(哲学的視点から見れば「猫がマットの上にいる」も評価命題になる)(ウ)言葉によって表現されたとたんに、それは事実に対してある評価を加えていることになる(エ)事実と評価の限界線を引くことは、本来理論上は不可能なのかもしれない(オ)単純な金銭の手渡しでも、評価の連鎖はいわば無限に続く

い ではなぜ区別するのか

(ア)問うべきは理論の問題ではなく、民事訴訟の実務の問題である(イ)すなわち、どういう性質の問題を事実認定の問題として扱い、どういう性質の問題を法的評価の問題として扱うのが相当か、という視点で考える

う 区別の基準

(ア)「事実」についての表現の表示価値は、典型的なものについては一義的で明確である(イ)「評価」についての表現の表示価値は、多義的で不明確である(ウ)最も簡明な基準=ある命題について各人が同じ内容を考えることができる(共通のイメージを持つことができる)かどうか(エ)「事実」と「評価」以外の第3の分類は置かない=直接に主張立証の対象事実と考えてよいものを「事実」、そう考えてはいけないものを「評価」と扱う(オ)基準自体が多くの程度問題を含むので、迷うときは、どちらとして扱うのが民事訴訟による紛争の適正迅速な解決に役立つかで決める

え 区別を意識しないと何が起きるか

(ア)事実認定の名のもとに、その実は法的評価を加えた判断がされると、評価の前提となる事実の認定が不正確になる(イ)評価の内容を意識して検討しないまま結論が出され、当事者から見てブラックボックスになる(ウ)裁判官の側でも、認定の段階で評価を交えてしまうことが起こりやすいと観察されている(エ)準備書面でも事実と評価はしばしば混在しており、書き分けるか、少なくともどちらに重きを置いているかを意識して書くことが望ましいとされる

3 理論上は境界が引けない理由

まず理論の側から見ます。事実と評価の境界は、突き詰めると引けなくなります。ここを押さえておかないと、次に見る基準がなぜ必要なのかが分かりません。

(1)正確には「事実命題と評価命題」の問題で、視点によって答えが変わる

まず問題の呼び方を確かめます。「事実と評価」という言い方は広く使われますが、比べられているのは出来事そのものではなく、それについての命題です。そして、同じ命題でも、どの視点から見るかで答えが変わります。

哲学の視点から見れば、ごく単純な言い方も評価の複合による判断になります。したがって、どの視点から見るのかを決めずに「これは事実か評価か」を論じても答えは出ません。

哲学的視点から見れば「猫がマットの上にいる」も評価命題になる

単純な、
「猫がマットの上にいる。」
という事実に関する命題(事実命題)も、哲学的視点から見ると、生物と人工物の分類その他複雑な評価の複合による判断を示した評価に関する命題(評価命題)ということになるであろう。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p5

正確には「事実命題と評価命題」の問題であり、視点を意識して考える

このように、「事実と評価」の問題(正確には、「事実命題と評価命題」の問題というべきであろう)というのは、それをどのような視点から見るのかという問題を十分に意識して考えるべきである

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p5

(2)言葉で表現されたとたんに評価が加わる=理論上の境界はない

では訴訟の視点ではどうなるのか。ここで出発点になるのが、理論上は境界が存在しないという指摘です。何かを言葉にすれば、そこには必ず何らかの評価が入っています。だからこそ、訴訟で使う区別は理論から導くのではなく、訴訟が何のためにあるのかという視点から決めることになります。

言葉で表現されたとたんに評価が加わる→訴訟の視点で何を事実として扱うかを決める

理論上は、言葉によって表現されたとたんに、それは事実に対してある評価を加えているということになるであろうが、ここでは、民事訴訟による適正迅速な民事紛争の解決のためには、民事訴訟における攻撃防御(特にここでは、事実認定)の対象として、どのようなものを「事実」として扱い、どのようなものを「評価」として扱うべきかという視点から考えるべきである

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p6

(3)「金銭を渡した」が評価になる場面——弁済の変容

具体例で見ます。貸金の返還請求で被告が弁済したと主張し、原告が金銭を受け取ったことを否認したとします。「渡した」という言い方は一見単純ですが、渡し方によって性質が変わります。

被告が原告の手の上に現金を置いたのであれば、そのまま認定の対象となる事実と考えてよいことになります。ところが、被告が原告の目の前に置いた現金を、原告が手にする間もなく、すぐ側にいた原告の債権者が持ち去ったという状況だと、同じ「渡した」の判断に法的評価が入ります。

手の上に置いたのであれば、そのまま認定の対象となる事実

YがXに金銭を渡したかどうかということは、その「渡した」という態様が、YがXの手の上に現金を置いたというようなことであれば、それは恐らくそのまま争点として認定の対象となる事実であると考えてよいであろう。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p6

第三者が持ち去った場合は、法的評価を加えた後に初めて決まる

しかし、同じ「渡した」といっても、例えば、いったんYがXの目の前に現金を置いたものを、Xがそれを手にする間もなく、すぐ側にいたXの債権者Aがそれを持ち去ったような状況の場合には、YがXに金銭を渡したといってよいかについては、若干の法的評価を加えた後初めて決し得ることというべきであろう。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p6

一見簡単に見えることでも、常に事実であるとはいいきれない

したがって、「金銭を渡した」というような一見簡単に見えることであっても、それがそのまま常に事実であるとすることに問題がないとはいいきれない

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p6

(4)意思表示の到達でも同じ・評価の連鎖は無限

同じことは意思表示の到達でも起きます。長期間不在の被告の家の郵便受けに書面を投入した場合、証言から直接に「到達した」と認定するのではなく、投入の経過を具体的に認定したうえで、それに法的評価を加えて到達の判断を示すことになります。

さかのぼって考えると、単純な手渡しであっても評価が入っています。現金が被告の意思で移され、原告がそれを承知して受け取った、という評価です。そしてなぜ任意の意思といえるのかを問い続けると、連鎖には終わりがありません。

郵便受けへの投入=経過を認定した上で法的評価を加えて到達を判断する

他方、例えば、前記意思表示の到達において問題となる具体的場合として、長期間不在である被告Yの家の郵便受けに原告Xが書面を投入してきたような場合には、単に証言から直接に当該書面がYに到達したと認定するのではなく、証言からは以上のようなことを具体的に認定した上、それに対する法的評価を加えて、当該書面のYへの到達の点についての判断を示すべきであると考えられる。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p13

単純な手渡しでも評価が入っており、連鎖は無限に続く

(しかし、このことだって、理論上は、当初Yの手にあった現金が、Yの任意の意思によって、その手からXの手に移そうとされ、Xが、このことを承知して、任意の意思でこれをその手に受け取って自分のポケットに入れたということを、評価した結果であるということになろう。
さらに、任意の意思というように何故いえるかというように考えていくと、こうした連鎖は、いわば無限に続くともいえる)

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p13

4 区別の基準は実務の問題として置かれる

理論上の境界がないとすると、実務は何を基準に区別するのか。ここからは、訴訟が何のためにあるのかという視点から置かれた基準を見ます。

(1)区別するのは理論の問題ではなく、実務の問題として

ここまでをまとめると、境界線を引くことは本来理論上は不可能なのかもしれない、ということになります。では区別をやめるのかというと、そうではありません。問うべきことが理論ではないからです。

限界線は理論上引けないかもしれないが、問うべきは実務の問題である

そもそも、法的評価に限らず、事実と評価の限界線を引くということは、本来理論上は不可能なのかもしれないのである。
しかし、問題とすべきなのは、そうした意味での理論の問題ではなく、民事訴訟の実務の問題として、どういう性質の問題を事実認定の問題として扱い、どういう性質の問題を法的評価の問題として扱うのが相当かということである。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p13

(2)区別の基準は表示価値——各人が同じ内容を考えられるかどうか

では実務で何を基準にするのか。手がかりは、その表現がどれだけ一義的に伝わるかという点にあります。これを表示価値と呼びます。事実についての表現は表示価値が高く、評価についての表現は表示価値が低いという整理です。

そこから、基準は簡明な言い方に落ちます。ある命題について各人が同じ内容を考えることができるかどうか、です。そして、事実と評価の間に第3の分類は置きません。直接に主張立証の対象にしてよいものを事実、してはいけないものを評価と扱う、という切り分けになります。

なお、この表示価値という言葉は、意思表示が明示か黙示かを論じるときにも使われます。明示と黙示も2択ではなく程度で連なっていて、そちらは別の記事で説明しています。

明示と黙示の区別|2択ではなく、表示価値の程度の連続

事実の表現は表示価値が高く、評価の表現は低い

「事実」についてのある表現の持つ表示価値は、少なくともその典型的なものについては、一義的であって明確である。
事実についての表現は、表示価値が高いといってもよい。
「事実」については、ある表現がされると、それについて各人が同じ内容を考えることができる
(分かり易い表現でいえば、各人が共通のイメージを持つことができる15))。
こうしたことは、「事実」として直接に主張立証の対象事実と考えてよいであろう。
他方、「評価」についてのある表現の持つ表示価値は、多義的であって不明確である。
「評価」についての表現は表示価値が一般に低いといってもよい。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p14

第3の分類を置かない=主張立証の対象にしてよいかで振り分ける

そうだとすれば、ここでは、「事実」と「評価」以外の第3の分類に属せられるべきことがないのであるから、逆に、直接に主張立証の対象事実と考えてよいものを「事実」と、そう考えてはいけないものを「評価」と扱うと考えればよいことになる。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p14

基準=ある命題について各人が同じ内容を考えることができるかどうか

そして、その最も簡明な区別の基準が、
「ある命題について各人が同じ内容を考えることができる
(分かり易い表現でいえば、各人が共通のイメージを持つことができる)
かどうか」
ということである。
これをもって、「事実」と「評価」の区別の基準とすればよい、と考える。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p14

(3)基準自体が程度問題なので、迷うときは紛争解決に役立つかで決める

この基準は万能ではありません。どの程度の人を各人と呼ぶのか、どこまで共通していれば同じ内容といえるのか、はいずれも程度問題です。そこで迷ったときは、どちらとして扱うのが訴訟による紛争の適正迅速な解決に役立つかで決めることになります。最後は法的価値判断だということです。

基準は程度問題を含み、迷えば紛争解決に役立つかで決める

そして、「ある命題について各人が同じ内容を考えることができるか」などという基準は、それ自体きわめて曖昧であり、多くの程度問題
(どの程度のレベルのどの程度の数の人をもって「各人」というのか、どこまでの共通点があれば「同じ内容」、「共通のイメージ」といえるのかなど)
を包含しているのであるから、その判断に迷うときは、最終的には、どのような性質の命題(「事実」に関するものか「評価」に関するものか)として考えるのが、民事訴訟による民事紛争の適正迅速な解決に役立つかということを基準として決するほかはない
(最後は、何らかの法的価値判断によって決するほかないのは、いわば法的命題の常に持つ宿命であると考える)

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p15

5 区別を意識しなかったときに起きること

最後に、区別を意識しないまま判断したときに何が起きるかを見ます。ここは学説の側と裁判実務の側の両方から、同じ警告が出ています。

(1)区別を意識しないときの帰結=不正確な認定とブラックボックス

では区別を意識しないと何が起きるのか。どの場合にも、生の事実の認定と、それに対する法的評価の両方があります。自分がそのどちらをしているのかを意識して検討し、さらにその判断過程を判決で明確に示す必要があるとされます。

意識しないまま、結論の妥当感だけで事実認定の名のもとに法的評価を加えた判断をすると、評価の前提となる事実の認定が不正確になります。評価の中身も検討されないまま結論が出るので、当事者から見ると判断の過程が見えなくなります。

生の事実の認定と法的評価の両方があることを意識して検討する

しかし、どのような場合にも、何らかの意味での生の事実の認定があり、それに対する法的評価があるということを意識して検討しなければならない。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p11

どちらの作業をしているかを意識し、判断過程を判決で判示する

このように考えると、どのような事実認定、法的評価の場合にも、実際にそれを行っているときに、どのような性質の作業をしているかを明確に意識して、その性質(事実の認定又は法的評価)にふさわしい考え方をすることが重要である。
そして、さらに、そのようにして判断した過程を判決において明確に判示をしなければならない。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p11

意識しないと認定が不正確になり、当事者から見てブラックボックスになる

その点を不明確にしたまま、結論の正当性についての総合的感覚のみによって、事実認定の名のもとに、その実は法的評価を加えた判断をするようなことがあるとすれば、評価の前提となる事実の認定が不正確になる恐れがあるし、評価の内容について意識して十分な検討を加えることのないまま結論が出される危険がある(当事者との関係では、そこがいわゆるブラックボックスとなって、透明性を欠き、筋道を立てて批判をすることが困難となる)といわなければならない。

※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p11

(2)裁判官の側からも同じ警告があり、準備書面でも書き分けが求められる

この問題は、裁判官の側からも同じように指摘されています。判断が微妙な事件では、認定事実の位置付けや意味合いを押さえながら認定することと、事実認定そのものに評価を交えることは別だ、という形です。

そして同じ指摘は当事者の書面にも向けられます。準備書面では事実と評価がしばしば混在しているので、書き分けるか、少なくともどちらに重きを置いているかを意識して書くことが望ましいとされています。

認定の段階で評価を交えることと、位置付けを押さえて認定することは別

反面、こうした訴訟の判決においては、認定の段階で評価を交えてしまうことが起こりやすい。
認定事実の位置付け、意味合いを押さえながら認定をしていくことと、事実認定の中味それ自体に評価を交えることとは異なる。
このことをよく理解してほしい
(経験の浅い裁判官は、前者を怠りやすく、後者をついやってしまいやすい

※瀬木比呂志稿『ケースブック民事訴訟活動・事実認定と判断』/『判例タイムズ1307号』2009年12月p26

準備書面でも書き分けるか、重きの置き方を意識する

また、準備書面では、事実と評価がしばしば混在しているが、これも、書き分けるか、少なくともいずれに重きを置いているのかを意識しながら書いていくことが望ましいであろう

※瀬木比呂志稿『ケースブック民事訴訟活動・事実認定と判断』/『判例タイムズ1307号』2009年12月p26

6 評価と決まったものの対象=評価根拠事実(概要)

以上の振り分けで評価と決まったものは、そのまま主張立証の対象にはなりません。対象になるのは、その評価を根拠づける具体的事実と、妨げる具体的事実です。規範的要件の要件事実として、別の記事で説明しています。

規範的要件の要件事実|評価ではなく評価根拠事実が対象・型による扱いの違い

7 事実と決まったものは、主要事実か間接事実かで扱いが変わる(概要)

一方、事実と決まったものは、次に主要事実か間接事実かという区別を受けます。弁論主義が及ぶのは主要事実だけで、間接事実には及びません。この区別は別の記事で説明しています。

主要事実と間接事実の区別|弁論主義が及ぶ範囲と、区別が争われる場面

8 おわりに

本記事では、事実と評価の区別を説明しました。言葉にしたとたんに評価が加わるので、理論上の境界はありません。それでも実務で区別するのは、どちらとして扱えば訴訟が適正迅速に進むかという問題だからで、基準は表示価値、言い換えれば各人が同じ内容を考えられるかどうかに置かれます。基準自体が程度問題なので、迷えば紛争解決に役立つかで決めるほかありません。書面を組むときは、自分が書いている一文が事実の主張なのか評価の主張なのかを意識して書き分けることになります。

本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。

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明示と黙示の区別|2択ではなく、表示価値の程度の連続

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