明示と黙示の区別|2択ではなく、表示価値の程度の連続
1 明示と黙示の区別|2択ではなく、表示価値の程度の連続
契約が成立したか、解除の意思表示があったか。争いになると、明示の合意がなくても黙示の合意があったと主張することになります。教科書は意思表示を明示と黙示に分けて説明しますが、実際の行為はその2つにきれいに収まるわけではありません。
本記事では、明示と黙示が2択ではなく程度の問題であること、そうだとすると主張立証がどうなるのかを説明します。
2 明示と黙示は程度で連なっており、黙示側では個々の表示行為を認定して総合解釈
明示と黙示の区別——教科書の二分と、実際の連なり
あ 出発点
(ア)意思の表示は、明示的にされなくてもよく、黙示的にされてもよい(イ)判例も、使用権設定につき明示の契約が存しないときでも、特段の事情がない限り合意があったものと推認してよいとする
い ただし2択ではない
(ア)承諾の意思表示の表示価値のある行為の程度は、明確な文言から笑顔で頷くまで、理論上は連続して変化する(イ)どこからが事実の認定のみで、どこからが法的評価を含むのかを、質的に区別することは困難である(ウ)明示とも黙示とも言い切りにくい中間がある(黙示の意思表示というほど評価性が高くない場合)(エ)推認が認められても、推認された合意の性格・内容は当該具体的事案によって決まる=「合意あり/なし」の2値ではない
う 黙示側で主張立証はどうなるか
(ア)黙示の意思表示は、明示と比べ、表示行為が有する効果意思の外形的・表見的明確性の程度(表示価値)が小さい(イ)そこで、黙示の意思表示を基礎付ける個々の表示行為たる具体的事実を認定し、それらを総合的に解釈して、どのような合意が成立したかを判断する(ウ)時期が争いになるときは、具体的事実を時系列に沿って抽出し、黙示の意思表示と最低限認められる時点を突き止める
え この記事が扱わないこと
(ア)何が事実で何が評価かという、認定の対象そのものの振り分け(イ)黙示の合意が認められるかどうかの各論(賃貸借の更新、敷地利用権、賃料の増減など個別の要件のあてはめ)
3 出発点=意思の表示は明示でも黙示でもよい
まず教科書の説明から確かめます。意思表示は、言葉で明確に述べる形でなくても成立します。明示と黙示という2つの表示方法がある、という整理です。
意思の表示は明示でも黙示でもよい
意思の表示は、明示的にされなくてもよく、黙示的にされてもよい。
黙示の意思表示の一例として、地上建物のうち建物のみが譲渡された場合には、特別の事情のない限り、敷地利用権の譲渡の合意があったものと推認するのが相当であるとした判例がある
※川井健著『民法概論1(民法総則)第4版』有斐閣2008年p152
4 判例も、明示の契約がない場合の合意の推認を認める
判例もこの立場です。土地と建物が同じ人の所有で、建物だけが譲渡されたとき、敷地を使う権利についての取決めがなくても、権利の設定を特に留保したとか、建物を壊すために譲渡したといった特段の事情がない限り、敷地使用権を設定する合意があったものと推認してよいとされます。
明示の契約が存しないときでも、敷地使用権設定の合意を推認してよい
同一所有者に属する土地とその地上の建物のうち建物のみが任意譲渡された場合は、当該建物の敷地に対する使用権の設定につき明示の契約が存しないときでも、その設定を特に留保するとか、譲渡の目的が建物収去のためである等その他右使用権の設定を認め得ない特段の事情がない限り、当然右敷地使用権設定についても合意があつたものと推認するのが相当である。
※最高裁判所 1966-01-20 最高裁判所民事判例集20巻1号22頁/最高裁判所裁判集民事82号69頁/判例タイムズ189号109頁/判例時報442号41頁
5 推認された合意の性格・内容は事案次第
ただし、同じ判決がすぐに留保を置いています。推認してよいのは合意があったことまでで、その合意がどういう権利を設定するものかは、事案ごとに決まります。地上権や賃借権だと決めつけることはできません。
この事件では、建物を譲り受けたのが譲渡人の亡父の妾で、譲渡人が身内同様に扱って無償で土地を使わせる意思だったという事情から、設定されたのは使用借権だと解されました。地上権や賃借権の設定は認められていません。つまり、推認は「合意があったか、なかったか」で終わらず、何の合意かまで含んで争われます。
推認された敷地使用権の性格・内容は具体的事案によって決まる
しかし、この場合の敷地使用権の性格、内容は当該具体的事案によつて決定さるべきものであつて、一概に、これを地上権又は賃借権と解しなければならないものではない。
※最高裁判所 1966-01-20 最高裁判所民事判例集20巻1号22頁/最高裁判所裁判集民事82号69頁/判例タイムズ189号109頁/判例時報442号41頁
本件では使用貸借関係にとどまり、地上権・賃借権の設定は認められない
右事実関係のもとにおいては、AとBとの間には本件土地につきたかだか使用貸借関係があつたにすぎないものであつて、地上権又は賃借権の設定があつたものとは認められないとした原審の判断は相当である。
※最高裁判所 1966-01-20 最高裁判所民事判例集20巻1号22頁/最高裁判所裁判集民事82号69頁/判例タイムズ189号109頁/判例時報442号41頁
6 表示価値のある行為の程度は理論上は連続的
では明示と黙示はどこで分かれるのか。承諾の意思表示で考えると、法律家同士が検討して明確な文言で合意する場合から、本人同士で申込みに笑顔で頷く場合まで、行為の表示価値は段階的に下がっていきます。その間に線はありません。
表示価値のある行為の程度は、理論上は連続して変化する
法律家同士が慎重に検討した上、明確に
「Xの○○契約締結の申込をYは承諾する。」
という場合から、
本人同士で、Xがした申込に対してYが笑顔で頷くという場合まで、承諾の意思表示の表示価値のあるYの行為の程度は、理論上は連続して変化し、そのどこからが事実の認定のみで、どこからが法的評価を含むのかは、質的に区別をすることは困難ではある。
※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p11
7 明示とも黙示とも言い切りにくい中間の存在
連続しているので、明示と黙示の境目にも幅が出ます。笑顔で頷いた例は、頷いたという事実を認定し、その時の諸般の事情と総合して承諾の意思表示に当たると判断するものですが、黙示の意思表示というほど評価性が高いわけでもない、と位置づけられています。明示でも黙示でもない場合がある、ということです。
黙示との限界は微妙=黙示というほど評価性が高くない場合がある
上記の最後の例については、Yがにっこり(これも評価であるが、そこは常識的に判断できよう)笑顔で頷いたという事実が認定され、それを、その時にあったと認定できる諸般の事情と総合して、法的に評価して、それがXの申込の意思表示に対するYの承諾の意思表示に当たると判断するわけである
(黙示の意思表示との限界は微妙であるが、ここでは、そこまでいわなくてもよい〔黙示の意思表示というほど評価性が高くない〕ものとして考えることにする)。
※伊藤滋夫著『事実認定の基礎 改訂版』有斐閣2020年p11
8 黙示側は表示価値が小さいので、認定の作業が変わる
程度の問題だとすると、黙示を主張する側の作業も明示の場合とは変わります。黙示の意思表示は、表示行為が持つ効果意思の明確性の程度、すなわち表示価値が小さいからです。
そこで、黙示の意思表示を基礎付ける個々の表示行為を具体的事実として認定し、それらを総合的に解釈して、どのような合意が成立したのかを判断するという順序をたどります。1つの行為で決まるのではありません。
黙示は表示価値が小さい→個々の表示行為を認定して総合的に解釈する
意思表示が黙示的なものである場合、黙示の意思表示は、明示の意思表示と比べ、その表示行為が有する効果意思の外形的・表見的明確性の程度(表示価値)が小さいことから、黙示の意思表示を基礎付ける個々の表示行為たる具体的事実を認定し、それらの表示行為を総合的に解釈して、どのような合意(意思表示)が成立したかという判断過程を経ることになる。
※山下寛ほか稿『賃料増減請求訴訟をめぐる諸問題(上)』/『判例タイムズ1289号』2009年4月p33
9 時期が争いになるときは、時系列に並べて最低限認められる時点を突き止める
黙示の意思表示では、あったかどうかだけでなく、いつあったかも争いになります。賃料の増減請求のように意思表示の到達時が効力の起点になる場面では、時期の認定が結論を左右します。
このときは、交渉の過程を詳細に認定し、黙示の意思表示を基礎付け得る具体的事実を時系列に沿って抽出します。そして、ある時点までに現れた事実を総合すれば黙示の意思表示と最低限認められる、という時点を突き止め、そこを意思表示の時点と認定します。
明示でない行為を意思表示と見られるかは、黙示と認められるかの事実認定の問題
賃料の値上げや値下げの交渉など、明示的な賃料増減の意思表示ではない行為をもって、賃料増減の意思表示ととらえることができるかという問題は、基本的には、当該行為をもって、賃料増減の黙示の意思表示と認められるかという事実認定の問題であると考えられる。
※山下寛ほか稿『賃料増減請求訴訟をめぐる諸問題(上)』/『判例タイムズ1289号』2009年4月p33
時系列に抽出し、黙示と最低限認められる時点を突き止める
そうすると、当事者間で行われた賃料額の交渉過程を詳細に認定し、そこから、賃料増減の黙示の意思表示を基礎付け得る具体的事実を時系列に沿って抽出した上で、ある時点までに現れた具体的事実を総合すれば、賃料増減の黙示の意思表示と最低限認められる時点を突き止め、その時点をもって、黙示の意思表示がなされた時点と認定するという判断過程をたどることになるであろう。
※山下寛ほか稿『賃料増減請求訴訟をめぐる諸問題(上)』/『判例タイムズ1289号』2009年4月p33
10 何が事実で何が評価かという振り分けは、別の問題(概要)
本記事は意思表示の中の分類を扱いました。これとよく似た形で連続しているのが、何を事実として扱い何を評価として扱うかという、認定の対象そのものの振り分けです。表示価値という同じ言葉が区別の基準に使われており、こちらは別の記事で説明しています。
11 おわりに
本記事では、明示と黙示が2択ではないことを説明しました。表示価値のある行為の程度は連続して変化し、明示とも黙示とも言い切りにくい中間があります。判例が明示の契約なしに合意を推認するときも、推認されるのは「合意があったこと」だけで、何の合意かは事案で決まります。だから黙示を主張する側は、1つの決め手を探すのではなく、個々の表示行為を具体的事実として並べ、総合解釈に載せる形で組むことになります。時期が争いになるときは、時系列に並べて最低限認められる時点を示すことになります。
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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