【建造物損壊罪・器物損壊罪における「他人」性】
1 建造物損壊罪・器物損壊罪における「他人」性
いろいろな「物」を故意に損壊すると、「物」の種類によって、建造物損壊罪や器物損壊罪が成立します。ここで、損壊した物が「自分の物」である場合にはもちろんこれらの犯罪は成立しません。つまり、「他人の物」である場合に初めて損壊罪が成立するのです。
状況によっては、この「他人の(物)」にあたるかどうかが問題となります。本記事ではこの「他人の」の基礎的解釈を説明します。
2 建造物損壊罪・器物損壊罪の条文
最初に2つの損壊罪の条文を確認しておきます。両方とも「他人の」という言葉が入っています。
<建造物損壊罪・器物損壊罪の条文>
あ 建造物損壊罪
(建造物等損壊及び同致死傷)
第二百六十条 他人の建造物又は艦船を損壊した者は、五年以下の懲役に処する。よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
※刑法260条
い 器物損壊罪
(器物損壊等)
第二百六十一条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
※刑法261条
3 「他人の」の意味→他人の「所有」
前記の条文中の「他人の」とは、他人の所有(物)という意味です。自分の所有物を損壊しても、「他人の(物)」ではないので、損壊罪は成立しません。ここまでは単純明快です。
「他人の」の意味→他人の「所有」
「他人の」建造物とは、他人の所有に属する建造物を意味する
(団藤・各論673頁、条解刑法(3版)830頁、小野ら・註釈604頁、香川・各論527頁、佐久間、各論262頁等)。
※飯田英男・河村博稿/大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第13巻 第3版』青林書院2018年p784
4 自己の物の損壊罪の条文
「自己の物」を損壊した場合でも、物権の負担(など)がある場合には、損壊罪が成立します。これを規定する刑法262条の条文を確認しておきます。
<自己の物の損壊罪の条文>
第二百六十二条 自己の物であっても、差押えを受け、物権を負担し、賃貸し、又は配偶者居住権が設定されたものを損壊し、又は傷害したときは、前三条の例による。
※刑法262条
5 「自己の物」の意味→自己「所有」
刑法262条の「自己の物」は、自己が所有する(物)という意味です。前述のように「他人の物」ではないので、損壊しても犯罪にはなりません。
「自己の物」の意味→自己「所有」
「自己の物」とは、115条にいう「自己の所有に係る」物と格別の差はなく、犯人の所有に属する物をいう
(団藤・注釈(6)〔香川達夫》616頁)。
※名取俊也稿/大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第13巻 第3版』青林書院2018年p822
6 「物権」の意味→民法上の物権
自分の所有物を損壊しても普通は損壊罪は成立しませんが、物権の負担(など)がある場合には損壊罪が成立します。物権とは、民法で定められています。法律で定められてないものは物権とは呼びません(民法175条、物権法定主義)。典型例は質権や抵当権などの担保物権が設定されている、というケースです。
この点、民法では「占有(権)」という言葉も出てきますが、これはは所持しているだけで認められるという特殊な性質があります。
詳しくはこちら|『占有』概念の基本(判断基準や対象物のバラエティ)
そこで、刑法262条の「物権」からは除外されます。
「譲渡担保」は民法上規定されていないので、物権法定主義により、実定法上の「権利」とはいえません。
詳しくはこちら|「権利」「◯◯権」の意味(実定法・立法・政策論・講学上による違い)
そこで「譲渡担保(権)」は刑法262条の「物権」には含めない傾向があります。ただし統一的見解はみあたりません。
「物権」の意味→民法上の物権
ただし、本条の趣旨からすれば、占有権はその性質上除かれる(団藤・注釈(6)[香川]617頁)。
いわゆる譲渡担保権については、物の所有権が外部的に犯人に留保されているときには、除かれると解すべきであろう
(なお、団藤・注釈(6)[香川)617頁は、その持つ物的担保としての制度・機能に即して構成すれば、本条の「物権」に該当すると解すべきとしている)。
※名取俊也稿/大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第13巻 第3版』青林書院2018年p823
本記事では、建造物損壊罪、器物損壊罪における「他人の」の解釈について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に損壊罪に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。