1 誤振込を受けた者の引出行為と窃盗・詐欺・電子計算機使用詐欺罪
2 民事上の払戻請求(占有・前提)
3 刑事責任(犯罪の成否)のまとめ
4 占有離脱物横領罪(古い裁判例・少数説)
5 平成15年最判(詐欺罪成立)の内容
6 電子計算機使用詐欺罪の成立

1 誤振込を受けた者の引出行為と窃盗・詐欺・電子計算機使用詐欺罪

銀行預金に誤った振込をしてしまうケースはよくあります。ここで、受取人が協力すれば、元の口座に金銭(預金)を戻す(組戻し)ことになります。では、組戻しに協力しないで引出してしまった場合はどうなるでしょうか。結論として、犯罪が成立するのですが、このことについて、本記事で説明します。

2 民事上の払戻請求(占有・前提)

犯罪の話しに入る前に、民事上の扱いを押さえておきます。民事上は、誤っていても振込操作があり、着金した以上、着金した口座の名義人が銀行から引き出す権利がある、ことになります。逆に、事情によっては着金がキャンセルになるとしたら、いろいろな取引が成り立たなくなります。たとえば不動産売買では、着金した以上、もうキャンセルされないことを前提として、所有権移転登記を行う、というような同時履行が行われているのです。

<民事上の払戻請求(占有・前提)>

あ 払戻請求(原則可能)

誤振込があった場合でも、口座名義人(受取人)に有効な預金債権が成立する
原則として、受取人による払戻請求は認められる
※最判平成20年10月10日
※最判平成8年4月26日
詳しくはこちら|誤振込の後の回収(組み戻し・仮差押・振り込め詐欺救済法)

い 支払完了性(ファイナリティ)

着金した金銭(預金)の撤回を認めない(支払完了性を確保する)ことで、決済手段の機能が実現している
詳しくはこちら|いろいろな決済手段による金銭債務の消滅時期

3 刑事責任(犯罪の成否)のまとめ

民事上は、誤振込された金銭は受取人のものなので、引き出すことは可能という結論なのですが、刑事では逆の判断になります。誤振込だと知った上で引き出すと、窃盗罪、詐欺罪、電子計算機使用詐欺罪が成立する、のです。
最高裁は民事と違う考え方をとっている、というところが重要です(誤解しやすいところです)。どのような考え方なのか、ということは後述します。

<刑事責任(犯罪の成否)のまとめ>

あ 窃盗罪

普通預金口座に誤って入金された金銭を、名義人がキャッシュカードを用いて自動現金預払い機(ATM)から引き出す行為は窃盗罪となる
※東京高判平成6年9月12日

い 詐欺罪

誤って入金された金銭を、名義人が通帳を用いて窓口で引き出す行為は詐欺罪となる
※最決平成15年3月12日(後記※1
※札幌地判昭和51年8月2日

う 電子計算機使用詐欺罪

(「い」の理論を前提とすると)
誤って入金された金銭を、名義人がオンラインバンキングによって送金する行為は、電子計算機使用詐欺罪となる

4 占有離脱物横領罪(古い裁判例・少数説)

最高裁の考え方の説明の前に、参考として、下級審裁判例が採用したマイナーな見解を紹介しておきます。それは、振込人の占有を離れた金銭を横領したという考え、つまり、占有離脱物横領罪が成立する、というものです。道ばたに落とした現金を拾ったのと同じように考える、というものです。
ただし、預金は、落ちている現金とは違って銀行が管理しています。つまり銀行に占有があります。占有を離脱したという考えは一般的ではありません。

占有離脱物横領罪(古い裁判例・少数説)

あ 裁判例

誤振込みされた預金の払戻しを受ける行為は、占有離脱物横領罪が成立するとも考えられる
※東京地判昭和47年10月19日

い 批判

預金はなお銀行に占有があると考えられるので、占有離脱物横領罪は成立しない
※前田雅英著『刑法各論講義 第7版』東京大学出版会2020年p231

5 平成15年最判(詐欺罪成立)の内容

最高裁が、平成15年の判例で、誤振込された金銭の引き出し行為について詐欺罪が成立すると判断しています。この内容(理論)を紹介します。
大雑把に言うと、民事では、受取人のものなのですが、刑事では他人(誤振込をした人)のものと考えるのです。少し正確にいうと、占有は銀行にある、実質的な権利(返還請求権)は誤振込をした人にあるということです。
判例の中では、次のような理論になっています。
まず、誤振込に気づいた受取人(口座名義人)は銀行に、誤振込であることを告知する義務があります。この告知義務を履行せずに引き出すことは、自分の預金である(誤振込ではない)という嘘の説明をしたのと同じことになります。この部分が騙した(欺罔行為)である、という判断になっているのです。

<平成15年最判(詐欺罪成立)の内容(※1)

あ 民事上の扱い(前提)

本件において、振込依頼人と受取人である被告人との間に振込みの原因となる法律関係は存在しないが、このような振込みであっても、受取人である被告人と振込先の銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、被告人は、銀行に対し、上記金額相当の普通預金債権を取得する(最高裁平成4年(オ)第413号同8年4月26日第二小法廷判決・民集50巻5号1267頁参照)。

い 銀行実務

しかし他方、記録によれば、銀行実務では、振込先の口座を誤って振込依頼をした振込依頼人からの申出があれば、受取人の預金口座への入金処理が完了している場合であっても、受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す、組戻しという手続が執られている。
また、受取人から誤った振込みがある旨の指摘があった場合にも、自行の入金処理に誤りがなかったかどうかを確認する一方、振込依頼先の銀行及び同銀行を通じて振込依頼人に対し、当該振込みの過誤の有無に関する照会を行うなどの措置が講じられている。
これらの措置は、普通預金規定、振込規定等の趣旨に沿った取扱いであり、安全な振込送金制度を維持するために有益なものである上、銀行が振込依頼人と受取人との紛争に巻き込まれないためにも必要なものということができる。
また、振込依頼人、受取人等関係者間での無用な紛争の発生を防止するという観点から、社会的にも有意義なものである。
したがって、銀行にとって、払戻請求を受けた預金が誤った振込みによるものか否かは、直ちにその支払に応ずるか否かを決する上で重要な事柄であるといわなければならない。

う 受取人の告知義務

これを受取人の立場から見れば、受取人においても、銀行との間で普通預金取引契約に基づき継続的な預金取引を行っている者として、自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には、銀行に上記の措置を講じさせるため、誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。

え 実質的な権利

社会生活上の条理からしても、誤った振込みについては、受取人において、これを振込依頼人等に返還しなければならず、誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから、上記の告知義務があることは当然というべきである。

お 告知義務不履行→秘した→欺く行為

そうすると、誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐欺罪の欺罔行為に当たり、また、誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たるというべきであるから、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する

か 結論

前記の事実関係によれば、被告人は、自己の預金口座に誤った振込みがあったことを知りながら、これを銀行窓口係員に告げることなく預金の払戻しを請求し、同係員から、直ちに現金の交付を受けたことが認められるのであるから、被告人に詐欺罪が成立することは明らかであり、これと同旨の見解の下に詐欺罪の成立を認めた原判決の判断は、正当である。
※最決平成15年3月12日

6 電子計算機使用詐欺罪の成立

平成15年判例は、銀行窓口で引き出しをしたケースについてのものです。対応した銀行員を騙した、ということになります。この点、オンラインバンキングで送金操作をした場合はどうでしょうか。機械を騙すことはできないので、詐欺罪自体は成立しません。この理論によって、昭和の時代に、偽造・変造テレカで公衆電話を使うこと(やゲーム機を不正手段でプレイすること)は罰せられませんでした。そこで、昭和62年に機械を騙すことも犯罪とすることが新たに条文として作られたのです。それが電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)です。
詳しくはこちら|電子計算機使用詐欺罪(刑法246条2項)新設(昭和62年改正)の経緯
平成15年判例の理論を前提とすると、オンラインバンキングで、本来は自分の預金ではないのに自分が預金者であるような入力をすることは、電子計算機使用詐欺罪の虚偽の情報を与えて不法な利益を得たということになり、この犯罪が成立することになります。
詳しくはこちら|電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)の条文と基本的解釈

本記事では、誤振込を受けた者の引出行為について、窃盗罪、詐欺罪、電子計算機使用詐欺罪が成立する、ということについて説明しました。