1 和解(私文書・和解調書・調停調書)による形式的競売の可否
共有物分割訴訟が換価分割の判決となった場合、形式的競売を申し立てれば、共有不動産は売却されます。
詳しくはこちら|形式的競売の申立(特徴や法律問題の全体像)
では、共有者全員が競売手続で売却して代金を分けるという合意をした場合も同じように形式的競売を行うことができるのでしょうか。これについてはいろいろな解釈論があります。本記事では、和解によって形式的競売ができるかどうかを説明します。
2 私文書による形式的競売の申立の可否
共有物を競売する、という内容の私文書による合意が成立した場合であっても、競売を申し立てることは認められません。
私文書による形式的競売の申立の可否
あ 先取特権と同じ扱いとする発想
先取特権の存在を証する文書(私文書)が執行開始文書とされている
※民事執行法181条1項4号
換価分割の合意の私文書は競売権の存在を証する文書であると考えて執行開始文書として扱えるのではないか
い 否定する見解(実務の傾向)
ア 東京地裁の運用
「競売権の存在を証する文書」として、「共有物分割方法は競売による」旨を記載した私文書をもって開始文書とすることはできないというのが、東京地裁民事執行センターにおける取扱いである。
その理由としては、
イ 理由1=競売手続全体の趣旨(※1)
①私文書によって換価権の存否という実体的判断を行うことは、本来、定型的かつ迅速に事件の進行を図ろうという民事執行法の趣旨に沿わないこと、
ウ 理由2=先取特権との比較(※2)
②法181条1項4号は、あくまで給料債権に基づく一般先取特権を有する使用人等のために、政策的配慮から特に私文書をもって開始文書とした特別の規定であること、
エ 理由3=公私の分離
③これを認めると、本来公の手続であるところの競売手続の利用を全く私的に許すことになりかねないことが挙げられる
※中村さとみほか編著『民事執行の実務 不動産執行編(下)第5版』金融財政事情研究会2022年p438、439
う 裁判例
(留置権による競売について)
(前記※1)、(前記※2)の理由により、留置権の存在を証する私文書による(広義の)形式的競売の申立は不適法である
※東京高裁平成13年1月17日
3 和解調書・調停調書の法的性格(前提)
共有物分割の調停や訴訟上の和解として『換価分割』を合意する発想もあります。
解釈論の前に『調停・訴訟上の和解』の法的性格をまとめておきます。
和解調書・調停調書の法的性格(前提)
あ 裁判所の審査
裁判所が内容を確認した上で成立させる
判決同様に執行力がある(債務名義の1つである)
詳しくはこちら|債務名義の種類|確定判決・和解調書・公正証書(執行証書)など
→『純粋な私的合意=私文書』とは違う
い 当事者の合意
当事者の合意が本質的な前提となっている
→純粋な裁判所の判断(=判決)とも異なる
う まとめ
判決と協議・合意の中間的な性格である
4 和解調書・調停調書による形式的競売の可否の見解(全体)
裁判所が作成した和解調書や調停調書は、私的な合意という性格と公的な文書という性格の両方があります(前記)。これらの文書によって形式的競売を申し立てることができるかどうかについて、実務では認める(形式的競売ができる)傾向が強いですが、統一的な見解とはいえないでしょう。
和解調書・調停調書による形式的競売の可否の見解(全体)
あ 見解のバリエーション
訴訟上の和解調書が開始文書に当たるかについては見解が分かれる
※中村さとみほか編著『民事執行の実務 不動産執行編(下)第5版』金融財政事情研究会2022年p437
い 裁判例
見解は統一されていない
※東京高判昭和63年7月27日(肯定説)(後記※4)
※大阪高裁平成2年8月17日(折衷説)(後記※5)
う 実務の傾向
肯定する傾向がある(後記※3)
え 共有物分割訴訟の段階における注意点
換価分割の和解が成立した場合でも、執行段階で拒否されるリスクが(一応)ある
→共有物分割訴訟の段階において裁判官が換価分割の和解を認めない実例がある
(全体としては認める裁判官の方が多い)
5 和解調書・調停調書による形式的競売申立の否定説
裁判上の和解による形式的競売を否定する見解は、競売の本質的根拠が裁判所の命令であるということを理由としています。
和解調書・調停調書による形式的競売申立の否定説
※浦野雄幸『判例不動産登記法ノート(3)』1991年p109
6 和解調書・調停調書による形式的競売申立の肯定説
和解調書や調停調書によって形式的競売を申し立てることを認める見解は、担保権実行との比較や、また、否定するほどの必要性はないということを理由としています。
和解調書・調停調書による形式的競売申立の肯定説(※3)
あ 担保権実行における執行開始文書(比較)
担保権実行一般の前提である担保権設定契約は当事者間の私的合意に基づくものである
これに基づく担保権の登記に関する登記事項証明書が執行開始文書とされている
※民事執行法181条1項3号
い 和解調書の性質からの検討(肯定説)
(和解調書も私的合意に基づいて作成された公的な文書である)
『ア』との対比から、訴訟上の和解において換価のために形式的競売による旨合意した場合には、その和解調書を開始文書とする申立を認めても差し支えないと考えられる
※中村さとみほか編著『民事執行の実務 不動産執行編(下)第5版』金融財政事情研究会2022年p438
※坂本勁夫『不動産競売申立ての実務と記載例 全訂3版』金融財政事情研究会p361
※『書記官事務を中心とした和解条項に関する実証的研究』法曹会p246
※深沢利一著『民事執行の実務(中) 補訂版』新日本法規出版2007年p1105
う 排斥の必要性の否定
(否定説への反論として)
・・・私見は、当然積極である。
判決によるときは確かに「受訴裁判所の競売命令」であろうが、裁判所関与の当事者の合意を排斥しなければならない程の性質のものかどうかということの解釈に帰そう。・・・
もちろん、関係共有者全員の合意による裁判上の和解によって、金銭代価分割を約することもできる。
この裁判上の合意の効力は、全面的価格賠償方式による共有物分割手続よりも優先することができるというべきであろう。また、いわゆる現物分割の可能性の有無とも関係なく、この裁判上の合意が優先すると解したい。
※奈良次郎稿『全面的価格賠償方式・金銭代価分割方式の位置付けと審理手続への影響』/『判例タイムズ973号』1998年8月p25
え 否定することの弊害(※4)
必ず判決によらなければならない(=和解調書を執行開始文書として認めない)とすると、当事者は競売の実現のために共有物分割のなれ合い訴訟を起こすことになりかねないという弊害が生じる
※東京高判昭和63年7月27日
え 東京地裁の運用
東京地裁民事執行センターは、共有物分割訴訟における和解調書を執行開始文書として認めている
お 他の文書のバリエーション
東京地裁民事執行センターは、次の書面(裁判所作成の書面)も執行開始文書として認めている
ア 共有物分割に関する裁判所作成書面
民事調停調書
訴え提起前の和解(調書)
イ 遺留分減殺に関する裁判所作成書面
遺留分減殺請求訴訟における和解調書
ウ 遺産分割に関する裁判所作成書面
家庭裁判所における遺産分割調停調書
※中村さとみほか編著『民事執行の実務 不動産執行編(下)第5版』金融財政事情研究会2022年p438、446
7 裁判上の和解が無効となる可能性(折衷説)
以上のような、肯定・否定の見解とは少し違って、裁判上の和解が成立するプロセスによっては和解が無効となる可能性の指摘もあります。これを裏返すと和解調書で形式的競売ができるのは分割方法の選択の判断が合理的である場合に限られるということになります。
とはいっても、実務で、裁判上の和解が成立した後に、これが無効となる、つまり形式的競売ができなくなるという事態が実際に生じることはまずありません。
裁判上の和解が無効となる可能性(折衷説)(※5)
あ 奈良氏見解
裁判上の和解に際しては、いわゆる全面的価格賠償方式による共有物分割の可否についても、検討した上で、なおかつ金銭代価分割方式によることの裁判上の和解が成立したときは、従来通りに、裁判上の和解としての効力を有すると解したい。
だが、たまたま、そのような全面的価格賠償方式について、関係当事者が全く考慮しなかったようなときは、事情によっては、要素に錯誤があるとの理由で、裁判上の和解が無効となることもあり得ないではないということになろうか。
※奈良次郎稿『全面的価格賠償方式・金銭代価分割方式の位置付けと審理手続への影響』/『判例タイムズ973号』1998年8月p27
い 裁判例
裁判所が分割方法として適切かなどを実質的に判断した場合に肯定する
※大阪高裁平成2年8月17日(折衷説)
8 換価分割の和解条項作成における注意点(概要)
以上のように、裁判所で、換価分割の和解(形式的競売をする内容の和解)をすれば通常、形式的競売をすることができます。実際に共有者全員が納得して換価分割の和解をする時に、その条項に不備があると、その後の形式的競売の手続で、無駄な手間・コストがかかることがあります。和解条項の注意点や工夫については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|形式的競売の申立(特徴や法律問題の全体像)
9 遺産分割の中間処分による競売(否定・参考)
共有物分割の換価分割以外にも形式的競売を用いるものは多くあります。
その1つに遺産分割審判の中間処分としての換価処分があります。これは遺産分割審判の終局処分としての換価分割とは違います。
この換価処分は中間処分という性質があるので、裁判所の専権であり、当事者(相続人)の合意(調停)で競売することを決める、ということはできません。
詳しくはこちら|換価処分(中間処分)の申立権の有無と決定できる時期
本記事では、和解によって形式的競売をすることができるか、という解釈について説明しました。
実際には、個別的事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。