【土地不法占有の責任を負う者と建物登記】

1 土地不法占有の責任を負う者と建物登記
2 明渡請求・損害賠償請求の当事者確定の問題の所在
3 建物収去・土地明渡請求に関する判例
4 損害賠償請求に関する判例
5 権利者と義務者・契約上の権利行使との比較
6 土地工作物責任を負う者と建物登記(概要)

1 土地不法占有の責任を負う者と建物登記

土地上に,利用権原を持たない者が建物を所有している状態は不法占有(不法占拠)であり,土地所有者は建物所有者(加害者)に対して土地の明渡や損害賠償を請求することができます。ここで,建物の実体上の所有者と登記上の所有名義人が異なる場合はどちらに請求できるのか,という問題があります。物権的請求権の行使における当事者確定の問題,とよぶこともあります。
本記事ではこれについて説明します。

2 明渡請求・損害賠償請求の当事者確定の問題の所在

もともと,登記は,物権を相争う状態(対抗関係)の時に優劣を決するものです。
詳しくはこちら|民法177条の適用範囲(『第三者』の範囲・登記すべき物権変動)の基本
この点,土地所有者による明渡請求や損害賠償の場面は,対抗関係ではないので登記で判断するという民法177条の本来的な適用場面ではありません。しかし,登記で判断できないとすると,被害者である土地所有者の負担やリスクが大きいので,登記で判断できた方がよいという要請もあります。そこで,法的にどのように解釈するのか,ということが問題となるのです。

<明渡請求・損害賠償請求の当事者確定の問題の所在>

あ 前提事情

Aの土地に,(不法占拠者)Bが無権原で建物を建てた
Bが建物をCに譲渡したが,その登記はしていない(登記はBのままである)

い 問題点(発想)

ア 実質的所有者責任説 実体を基準とすると,Aは実際に所有権を侵害しているCに対して明渡・損害賠償請求(不当利得返還請求)をすることになる
イ 登記名義人責任説 Aは,現在の登記名義人であるBに対して明渡・損害賠償請求をすることができないか
※幾代通稿『土地不法占拠の責任と建物登記』/『法曹時報 第29巻第11号』1977年11月p1749〜1755

3 建物収去・土地明渡請求に関する判例

土地所有者から土地の不法占有者への請求のうち,建物収去・土地明渡請求については,判例は,実質的な所有者が責任を負うという見解をとっています。これを批判する学説もあります。
なお,平成6年判例は,結果的に登記名義を有する者に責任を認めていますが,ストレートに登記で判断するというわけではなく,信義則を適用した結果です。

<建物収去・土地明渡請求に関する判例>

あ 採用する見解(実質的所有者責任説)

建物の譲渡(物権変動)関して,土地所有者は民法177条の第三者に該当しない(対抗関係は生じない)
土地所有者は,建物の譲渡人が所有権移転登記(所有権を喪失した登記)の欠缺を主張できない
→土地所有者は建物の実質的な所有者に対して建物収去・土地明渡を請求できる(にとどまる)

い 判例

※大判大正9年2月25日
※大判昭和14年12月26日
※最判昭和35年6月17日
※最判昭和49年10月24日
※最判昭和47年12月7日(虚偽の登記名義のケース)

う 反対説

反対する見解もある
※幾代通稿『土地不法占拠の責任と建物登記』/『法曹時報 第29巻第11号』1977年11月p1749〜1769
※舟橋諄一ほか編『新版 注釈民法(6)物権(1)補訂版』有斐閣2009年p669

え 信義則を適用する判例

建物譲渡人が,登記を自己名義にしておきながら自らの所有権の喪失を主張し,その建物の収去義務を否定することは,信義にもとり,公平の見地に照らして許されない
建物譲渡人は,建物所有権の喪失を主張して建物収去土地明渡しの義務を免れることはできない
※最判平成6年2月8日

4 損害賠償請求に関する判例

土地所有者から不法占有者に損害賠償や不当利得返還を請求するケースについても,判例は,実質的な所有者が責任を負うという見解をとっています。実体上譲渡があった時点を境に,その前後の期間に相当する損害賠償の負担者が分かれるということになります。

<損害賠償請求に関する判例>

あ 採用する見解(実質的所有者責任説)

建物の譲渡(物権変動)関して,土地所有者は民法177条の第三者に該当しない(対抗関係は生じない)
土地所有者は,建物の譲渡人が所有権移転登記(所有権を喪失した登記)の欠缺を主張できない
→土地所有者は建物の実質的な所有者に対して損害賠償・不当利得返還を請求できる(にとどまる)

い 具体的な生じる責任の内容(範囲)

建物所有権が当事者間において実質的に譲渡された時点を境として建物所有者=土地不法占拠者の交替があったものと考える
所有権移転登記を境とするわけではない
土地所有者が建物の譲渡人に対して賠償請求をなしうるのは,譲渡の時点までの分についてである
譲渡の時点以後の分については,建物の譲受人に対して支払いを請求しうるにとどまる
※幾代通稿『土地不法占拠の責任と建物登記』/『法曹時報 第29巻第11号』1977年11月p1764

う 判例

※大判大正6年10月22日
※大判昭和13年12月2日
※最判昭和35年6月17日

え 反対説

反対する見解もある
※幾代通稿『土地不法占拠の責任と建物登記』/『法曹時報 第29巻第11号』1977年11月p1749〜1769
※舟橋諄一ほか編『新版 注釈民法(6)物権(1)補訂版』有斐閣2009年p669

5 権利者と義務者・契約上の権利行使との比較

以上のように,判例によると,不法行為責任の追及については,加害者(責任を負う側)の判定に登記は使わないという結果です。
ところで,似ている状況として,土地賃貸借契約があるケースで,賃料を請求する(などの契約上の権利行使をする)状況が挙げられます。契約上の権利行使では,請求者の地位が移転した場合は所有権の登記が必要であり,義務者(請求を受ける賃借人)の地位が移転した場合は登記(対抗要件)は不要となるはずです。解釈のヒントとなるので,比較としてまとめておきます。

<権利者と義務者・契約上の権利行使との比較>

あ まとめの表
権利・地位の取得 権利・地位の喪失
不法行為責任の追及 土地所有権の取得登記不要(後記※1 建物所有権の喪失登記不要(後記※2
契約上の権利の行使 土地所有権の取得登記必要(後記※3 建物所有権の喪失登記不要と思われる(後記※4
い 不法行為・請求者側の登記(不要)(※1)

不法行為者に対して土地の新所有者が責任を追及するには,新所有者の所有権取得登記を要しない

う 不法行為・責任負担者側の登記(不要)(※2)

建物の譲渡人(元所有者)が不法行為責任からの免脱を主張するには,所有権を移転(喪失)した内容の登記をすることを要しない

え 契約上の権利行使・請求者側の登記(必要)(※3)

利用権者(賃借人)に対して新所有者が契約上の権利を行使するには,所有権を取得した登記を要する(判例は対抗要件とする)
詳しくはこちら|賃貸人たる地位の承継と所有権移転登記の関係(判例=対抗要件説)

お 契約上の権利行使・義務者側の登記(不要方向)(※4)

所有者(賃貸人)に対して,旧賃借人が契約上の債務からの免脱を主張するには,利用権(賃借権)を移転(喪失)した内容の登記(または代用される建物の所有権移転登記)をすることを要しないと思われる
契約上の地位の移転として相手方(賃貸人)の承諾が必要になるはずである
※民法539条の2
※幾代通稿『土地不法占拠の責任と建物登記』/『法曹時報 第29巻第11号』1977年11月p1768

6 土地工作物責任を負う者と建物登記(概要)

以上では,一般的な不法行為責任を負う者の判定について説明しましたが,特殊な不法行為責任として,土地工作物責任があります。一定の場合に建物の所有者が責任を負うというものです。これについても,以上の議論と同様に,責任を負う者は建物の登記名義人なのか,実質的な(実体上の)所有者なのか,という議論があり,見解は分かれています。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|土地工作物責任の全体像(条文規定・登記との関係・共同責任)

本記事では,土地の不法占有による責任を負う者は建物の実質的所有者なのか,登記名義人なのか,という問題について説明しました。
実際には,個別的な事情により,法的判断や最適な対応方法が違ってくることがあります。
実際に土地の不法占有に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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