【自己借地権の基本(混同回避の趣旨・種類・認める範囲)】
1 自己借地権の基本(混同回避の趣旨・種類・認める範囲)
たとえば、土地所有者(デベロッパー)が分譲マンションを新築した上で、借地権つきの分譲マンション(区分所有建物)として販売することがよくあります。販売前は、借地権(土地の賃貸借契約)の内容は、賃貸人と賃借人が同一ということになります。そこで、民法上賃貸借として認められません。これだと不便なので、借地借家法で例外的に自己借地権が認められています。
実務では、マンションの新築とは関係ない状況、たとえば土地や建物(の所有権や共有持分権)の売買または競売が行われたケースで、自己借地権が存在するかしないかによって大きな違いが生じるため、意見の対立が生じるということがよくあります。
本記事では、自己借地権の基本的事項を説明します。
2 自己借地権への混同の規定の適用
まず、原則論からすると、自己借地権、つまり、賃貸人と賃借人が同一、という関係では、混同の規定により、賃貸借契約は認められません。混同には2種類の規定があり、見解によって違いはありますが、結論としてどちらかが適用されて、(民法上は)賃貸借が認められません。
自己借地権への混同の規定の適用
あ 条文規定(前提)
ア 物権の混同
同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は、消滅する。ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。
※民法179条1項
イ 債権の混同
債権及び債務が同一人に帰属したときは、その債権は、消滅する。ただし、その債権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。
※民法520条
い 物権と債権の混同を適用する見解
土地所有者自らが借地権者となることは、混同の法理により原始的に不可能とされている(地上権につき民179条1項本文。賃借権につき民520条本文)。
※上原由起夫・宮崎淳稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法 第4版』日本評論社2019年p115
う 物権の混同を適用する見解
借地権には地上権と賃借権の双方がある(法1参照)。
民法典上は、地上権は物権、賃借権は債権に位置づけられ、一部の賃借権については後に述べるように賃借権の物権化が図られている。
自己借地権の法的性質が物権か債権かは必ずしも明確でないが、本法によって強化された土地利用権を物権あるいは物権的権利として捉えると、179条1項の対象になり得る。
※小賀野晶一稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p94
3 自己借地権を認める条文
民法の規定どおりに自己借地権を認めない場合には、前述のような分譲マンションの新築やそれに限らずいろいろな状況で不都合が生じます。そこで、借地借家法で、一定の範囲で例外的に自己借地権が認められています。最初に条文を押さえておきます。
規定の中身は2つあり、1項は契約締結の当初からの自己借地であり、2項は契約締結時は自己借地ではなかったけれど、その後、自己借地の状態になった、というものです。
自己借地権を認める条文
第十五条 借地権を設定する場合においては、他の者と共に有することとなるときに限り、借地権設定者が自らその借地権を有することを妨げない。
2 借地権が借地権設定者に帰した場合であっても、他の者と共にその借地権を有するときは、その借地権は、消滅しない。
※借地借家法15条
4 自己借地権(混同消滅の例外)の内容
(1)原始的(創設的)自己借地権(1項)→創設
借地借家法15条の自己借地権に該当する場合には、借地権を認める、つまり、民法の混同の規定が適用されないという構造になっています。
まず、1項は新たなルールです。つまり、民法上のルールとは異なっています。
原始的(創設的)自己借地権(1項)→創設
準共有では相互に一定の負担を伴うという理由で、混同法理に抵触しないと考えたのである。
・・・本法(注・借地借家法15条)は借地権の準共有を理由にこの規定の適用を回避した。
※小賀野晶一稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p94
(2)後発的自己借地権(2項)→注意・確認的
次に、2項は借地借家法15条のルールが作られる前からあった民法の解釈と同じ内容になっています。つまり、2項は新たなルールではなく注意的な規定という位置づけです。
後発的自己借地権(2項)→注意・確認的
あ 上原氏指摘
借地権設定者が、借地権を取得したときも、「他の者と共にその借地権を有するときは」やはりその借地権は消滅しないこととした(新法一五条二項)。
これは、例えば、借地権付マンションの全戸を分譲した後、土地所有者が何戸か買い戻したときに適用される規定であるが、この場合は混同の例外としてすでに認められていたところである(地上権につき、民法一七九条一項但書。賃借権につき、民法五二〇条但書)。
※上原由起夫稿『自己借地権』/『法律時報64巻6号』日本評論社1992年5月p40
借地権付分譲マンションの何戸かを土地所有者が買い戻す場合は混同の例外として認められていたのであり(注(4)参照)、二項は注意的規定である。
※上原由起夫稿『自己借地権』/『法律時報64巻6号』日本評論社1992年5月p41
い 岩城氏指摘
新一五条二項は、借地権が借地権設定者に帰属した場合であっても、他の者と共にその借地権を有するときは、その借地権は消滅しない、としている。
解釈上は当然で、注意的な規定にすぎない、と思われる。
※岩城謙一稿『自己借地権』/『ジュリスト1006号』有斐閣1992年8月p82
う 自己借地権の規定制定前の裁判例
土地の賃借権をABが準共有していた
Aが土地(所有権)を取得した
民法179条但書、民法520条但書(混同例外)等の規定の精神に照らし、賃借権は消滅しない
※東京高判昭和30年12月24日
(3)自己借地権規定制定後なのに規定を使わなかった裁判例(参考)
自己借地権の規定がつくられた後の時代に、後発的自己借地権について、借地借家法15条を使わずに民法の規定の適用だけで混同消滅を否定した裁判例もあります。
詳しくはこちら|後発的自己借地権のケースで現物分割を選択した裁判例(借地権の共有物分割・東京地判平成20年10月9日)
5 自己借地権が成立する典型的状況
どのような状況であれば自己借地権が認められるのでしょうか。
まず、1項の方は、賃貸人A・賃借人ABで賃貸借契約を締結した、という状況です。
2項の方は、最初は賃貸人A・賃借人Bというごくありふれた賃貸借契約が締結され、その後、Bが借地権の一部だけをAに譲渡(売却)した、という状況です。結果的に賃貸人A・賃借人ABという状態になっています。
いずれも、Aが賃貸人でも賃借人でもある状態です。それでも賃貸借として認められるのです。
自己借地権が成立する典型的状況
あ 原始的(設定的)自己借地権(1項)
次のような借地契約が締結された
借地権者=AB
借地権設定者=A
※小賀野晶一稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p96
い 後発的自己借地権(2項)
(借地契約締結後に)
借地権の準共有持分が土地所有者に帰属した
※小賀野晶一稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p94
6 自己借地権を認める範囲(要件)
自己借地権として認められる範囲(条件)は、借地権者が複数人存在し、その一部が借地権設定者である、という状況です。
自己借地権を認める範囲(要件)
本条は土地所有者が他人とともに借地人となる場合に限り、借地権は消滅しないことを明らかにした。
※小賀野晶一稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p94
7 自己借地権の要件と具体的ケースへの適用の有無(概要)
実務では、自己借地権にあたるかどうかで結論が大きく違うため、意見が対立することがよくあります。というのは、自己借地権にあたるかどうかについて、判定が難しいこともあるのです。自己借地権の要件や具体的ケースについて適用されるかどうか、については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|自己借地権の要件と具体的ケースにおける自己借地権の成否
8 自己借地権の対象となる「借地権」の内容
ところで、借地権であれば広く自己借地権の規定が適用されます(混同が適用が回避されます)。定期借地でも、一時使用目的の借地でも適用されます。
自己借地権の対象となる「借地権」の内容
あ 普通借地権
い 定期借地権(借地借家法22条)
う 建物譲渡特約付借地権(借地借家法24条)
え 事業用借地権(借地借家法23条)
お 一時使用目的の借地権(借地借家法25条)
いずれも自己借地権が認められる
地上権の場合は無償であってもよい
※小賀野晶一稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p95
9 自己借地権の使用貸借への適用→否定方向
ところで、建物所有目的の土地の使用貸借では自己借地権(のように混同の適用除外)が認められるでしょうか。肯定、否定の両方の見解がありますが、実務では否定される傾向が強いです。
自己借地権の使用貸借への適用→否定方向
あ 否定する見解
ア 生熊長幸氏見解
建物所有を目的とする土地利用権が借地権ではなく、使用貸借に基づくものである場合にも、本条が類推適用され自己使用借権の設定が可能となるか。
これについては、肯定説もありえようとする見解がある(寺田・前掲論文29)。
しかし、使用借権には、対抗力がなく、かかる権利につき自己使用借権の設定を認める必要性はないから、否定すべきものと考える。
※生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p880、881
イ 他の見解
・・・建物所有を目的とする使用借権については、否定的に解されている。
※小賀野晶一稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p95
い 肯定する(方向の)見解
・・・建物の所有を目的とする使用借権に類推適用をすべきであるという考え方もありえよう。
※寺田逸郎稿『自己借地権』/『NBL494号』1992年p29
10 自己借地権の対抗要件を建物登記で代用する不都合(概要)
一般的に借地権の対抗要件は賃借権(や地上権)の登記ですが、これを建物の登記で代用することがほとんどです。しかし、自己借地権については(一般の借地権よりも)この建物登記による代用の不都合が多いです。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|自己借地権の対抗要件(建物登記で代用することの不都合)
11 定期自己借地を活用した実質定期借家方式(参考)
自己借地の内容を定期借地として、さらにその土地上の建物の賃貸借契約と組み合わせると、更新がない建物賃貸借ができあがる、という指摘があります。もともと定期借家として更新がない建物賃貸借は可能ですが、事前説明(書面交付)、終了通知という手続が必要ですし、また、賃借人からの中途解約も可能、というルールの適用を受けます。
詳しくはこちら|定期借家の基本(更新なし=期間満了で確実に終了する)
この点、定期自己借地の土地上の建物であれば、定期借地の期間満了時に建物を取り壊す具体的な予定があるので、それだけで更新がない建物賃貸借になり、かつ、(定期借家の場合の)細かい手続の履行は不要、賃借人の中途解約もできないということになる、という寸法です。
定期自己借地を活用した実質定期借家方式(参考)
あ 建物賃借人の地位を弱めるための定期借地の活用
定期自己借地権の活用として考えられるのは、建物の賃借人(借家人)の地位を弱める場合である。
土地所有者が、「他の者」と、存続期間一〇年の事業用借地権を準共有し、一○年もしたら取り壊しても引き合う程度の建物を建てて、一〇年後の取り壊し時に終了する旨を定めた建物賃貸借契約を締結すれば(新法(注・借地借家法)三九条)、立退料を支払わずに建物の賃借人を立ち退かせることができる。
※上原由起夫稿『自己借地権』/『法律時報64巻6号』日本評論社1992年5月p43
い 借地借家法39条(参考)
法令又は契約により一定の期間を経過した後に建物を取り壊すべきことが明らかな場合において、建物の賃貸借をするときは、第三十条の規定にかかわらず、建物を取り壊すこととなる時に賃貸借が終了する旨を定めることができる。
※借地借家法39条1項
12 自分に地代を支払うことのおかしみ(参考)
ここで自己借地権を認めることによって、自分で自分に地代を支払う構造ができあがるので、これについての違和感が指摘されています。
自分に地代を支払うことのおかしみ(参考)
債権者と債務者が同一人だから、民法五二〇条により、(注・地代債権が)混同で消滅するのではないか。
借賃ないし地代債権が第三者の権利の目的となっていない限り、そう解すべきではないのか。
そういう理論は別としても、個人の場合には、事実上自分への支払い手続きは省略してしまうことがあるのではないか。
自分が設定者だから、債務不履行で契約を解除することはあり得ないが、自己借地権の成立自体がそれで否定されることはないのか。
※岩城謙一稿『自己借地権』/『ジュリスト1006号』有斐閣1992年8月p82
本記事では自己借地権の基本的事項を説明しました。
実際には個別的な事情によって判断が違ってくることがあります。
実際に借地・貸地に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。