1 賃貸人の修繕義務不履行の効果
2 修繕義務不履行への賃借人の基本的な対応
3 重度の修繕義務不履行による賃料支払の拒絶
4 軽度の修繕義務不履行による賃料支払の拒絶
5 賃料支払拒絶権の法的性質
6 修繕義務不履行の際の賃料不払による解除の制限
7 重度の修繕義務不履行による賃料の免除
8 軽度の修繕義務不履行による賃料の減額
9 賃貸人の修繕義務不履行の実例(概要)

1 賃貸人の修繕義務不履行の効果

賃貸借契約における賃貸人修繕義務を負います。建物の賃貸借で建物に不具合が生じたようなケースが典型です。
詳しくはこちら|賃貸人の修繕義務の基本(特約の有効性・賃借人の責任による障害発生)
実際には,賃貸人と賃借人との間に対立が生じている場合に,賃貸人が修繕を行わないということもあります。このような修繕義務の不履行があると賃借人は困ります。当然,法的な救済手段が用意されています。
本記事では,修繕義務の不履行によって生じる法的効果(責任)について説明します。

2 修繕義務不履行への賃借人の基本的な対応

賃貸人が修繕義務を履行しないことによって生じる責任にはいろいろなものがありますが,まずは基本的なものを整理します。
実務的には損害賠償請求をすることが一般的です。さらに,賃借人自らが修繕を行って,負担した費用を賃貸人に請求する,という方法も実際によく取られます。
また,債権一般の効果としての履行強制もあります。

<修繕義務不履行への賃借人の基本的な対応>

あ 前提事情

賃貸人に修繕義務の不履行がある
→賃借人は『い〜え』の対応をすることができる

い 履行の強制

※東京高裁昭和57年10月28日(建物の増築補修工事を仮処分で命じた)

う 損害賠償請求

※民法415条
※東京地裁昭和56年3月26日
※東京地裁昭和61年7月28日

え 解除

※民法541条
※東京地裁昭和46年3月31日
ただし,解除する実益は乏しい

え 修繕費の請求(償還請求・相殺)

賃借人が自ら修繕した上で,修繕費の償還請求or賃料との相殺
※民法608条1項,505条
※幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p224

3 重度の修繕義務不履行による賃料支払の拒絶

以上のような基本的な対応以外にも,賃借人の対抗措置はあります。対抗措置の1つとして賃料支払を拒絶することがあります。
生じている障害(支障)の程度が重い場合には,賃料の全額の支払を拒絶することができます。支払を拒絶しても債務不履行にならないという意味です。

<重度の修繕義務不履行による賃料支払の拒絶>

あ 賃料支払の拒絶(肯定)

賃貸人の義務不履行により目的物を使用できないor使用収益に著しい支障を受ける場合
賃借人は賃料支払を拒絶しても履行遅滞の責任を生じない
※大判大正4年12月11日
※大判昭和9年11月20日

い 賃料前払特約との関係

賃料前払の特約がある場合でも『あ』と同様である
※大判大正10年9月26日

4 軽度の修繕義務不履行による賃料支払の拒絶

修繕義務不履行があれば必ず賃料の支払拒絶が可能というわけではありません。使用収益への影響が少ない場合には賃料のうち一部の金額だけを拒絶できるにとどまります。
このような状況で賃料全額の支払を拒絶した場合,超過部分は債務不履行となってしまいます。つまり賃貸人による解除が認められる可能性があるということです。

<軽度の修繕義務不履行による賃料支払の拒絶>

あ 賃料支払の拒絶(否定)

目的物の使用収益がまったく妨げられていないor支障があるが継続して使用収益ができる場合
→賃借人は賃料の支払を全面的に拒絶することはできない
一部の支払を拒むことができるにすぎない
限度額を超える支払拒絶は債務不履行となる
※大判大正5年5月22日
※大判昭和12年9月28日
※大判昭和13年6月29日

い 解除を認めた裁判例

居住に支障のない程度の障害を理由とする賃料全額の支払拒絶について
賃料不払による解除を認容したものが多い
※最高裁昭和43年11月21日
※最高裁昭和37年8月10日(破損が軽微な時は一部の支払拒絶も不可である)
※東京地裁平成5年11月8日
※最高裁昭和40年9月10日
※最高裁昭和38年11月28日
※東京地裁昭和31年5月19日
※京都地裁昭和25年5月10日

5 賃料支払拒絶権の法的性質

前記のように,修繕義務不履行のケースでは,賃料の全額か一部の支払拒絶が可能となることがあります。ところで,この支払拒絶権の法的性質については統一的な見解はありません。
同時履行の抗弁権が適用されるという見解が一般的です。一方,それ以外の法的性質であるという見解もあります。
この法的性質の種類によって賃貸人による解除が有効かどうかが違ってくることもあります。つまり実務では,解除の有効性が問題となった時に,賃料支払拒絶権の法的性質の解釈論が表面化するということです。

<賃料支払拒絶権の法的性質>

あ 同時履行の抗弁権

ア 見解の内容
同時履行の抗弁権が適用される
※民法533条
※大判大正10年9月26日
※大判昭和15年11月20日
イ 援用の必要性
賃貸人による解除の通知より前に援用する必要がある
※東京地裁昭和38年2月22日

い 別の法的性質を取る見解

両債務は直接の対価関係に立たない
→同時履行の抗弁権は適用されない
ただし,賃料支払の拒絶を認める(結論は『あ』と同様である)
『ア・イ』のような法的性質(根拠)を取る見解がある
ア 同時履行の抗弁権の類推適用
イ 根拠の特定なし
※幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p223,224参照

う 賃料債務の不発生

(全額or一部について)賃料債務自体が発生しない
→同時履行の抗弁権の適用の問題は生じない
※幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p228参照

6 修繕義務不履行の際の賃料不払による解除の制限

修繕義務不履行の際には,賃料の全額か一部の支払拒絶が可能となることがあります(前記)。現実には,後から裁判所がどの範囲で支払を拒絶できるかを判断することになります。
そうすると,支払わなかった金額のうち一部(過剰部分)は債務不履行であったことになります。では,賃貸人による債務不履行を理由とする解除が有効か,というとそうとは限りません。
法的な理論の内容にはいろいろな見解がありますが,解除が制限(否定)される傾向があることは一致しています。

<修繕義務不履行の際の賃料不払による解除の制限>

あ 前提事情

賃貸人の修繕義務不履行があり,賃借人が賃料を支払を拒絶している
同時履行の抗弁権が認められない(裁判所が認めなかった)
賃貸人が解除の意思表示をした

い 解除の制限

賃貸人による解除(の効力発生)は制限される
制限される範囲や法的理論についてはいろいろな見解がある
※幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p226,227参照

7 重度の修繕義務不履行による賃料の免除

修繕義務の不履行があったケースでは,賃料の支払拒絶とは別に賃料の免除や減額の問題もあります。
まず,障害の程度が重い場合には,賃料の免除(全額の支払義務が消滅する)が認められます。

<重度の修繕義務不履行による賃料の免除>

あ 使用収益の全面的な障害(前提)

使用収益がまったくできない状態になった

い 判例・学説

賃借人は,『あ』の期間中の賃料支払義務を当然に免れる
※大判大正4年12月11日
※大判昭和9年11月20日

8 軽度の修繕義務不履行による賃料の減額

障害の程度が軽い場合には,賃料全額の免除は認められません。障害の程度に応じて,賃料の一部の減額請求ができることになります。
この点,判例は賃借人による減額請求の意思表示が必要という見解を取っています。一方,意思表示は不要(自動的に減額される)という見解(反対説)もあります。

<軽度の修繕義務不履行による賃料の減額>

あ 使用収益の部分的な障害(前提)

使用収益に部分的な支障が生じた

い 判例・多数説

賃借人は使用収益に支障が生じた程度(割合)に応じて賃料の減額請求権を取得”する
※民法611条1項類推
※大判大正5年5月22日
※大判昭和13年6月29日
※名古屋地裁昭和62年1月30日

い 有力説

使用収益に支障が生じた程度に応じて賃料の当然減額(or消滅)が生じる
※民法536条1項
※幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p228参照

9 賃貸人の修繕義務不履行の実例(概要)

実際に,建物に不具合が生じたのに賃貸人が修繕義務を履行しないということで法的な責任が問題となるケースは多いです。
実際のケースとこれについての裁判所の判断(裁判例)はとても参考となります。別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|修繕義務不履行の具体的事例と責任の判断(排水不良・雨漏り・エアコン不具合)

本記事では,賃貸人が修繕義務を履行しない場合の法的効果について説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってくることもあります。
実際に修繕義務に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。