【建物買取請求における代金算定方法・場所的利益の意味と相場】

1 建物買取請求における代金算定方法・場所的利益の意味と相場

借地契約が期間満了で更新されない場合と、借地権譲渡を地主が承諾しない場合には、借地人が建物買取請求権を行使できます。
詳しくはこちら|借地期間満了時の建物買取請求権の基本(借地借家法13条)
詳しくはこちら|第三者の建物買取請求権(無断の借地権譲渡・転貸ケース・借地借家法14条)
建物買取請求権とは、文字どおり、地主に建物を買い取らせるというものです。そこで、代金の金額がいくらになるのか、ということが問題となります。代金の計算の中で場所的利益が出てきます。
本記事では、場所的利益を含めた、建物買取請求権における金額(代金)の計算について説明します。

2 建物買取請求権の原則論と実際

理論的には、建物買取請求権の対象は建物だけであり、借地権はすでに消滅しているので含みません。そこで、素朴に考えると、買い取らせる金額(代金)は建物の価値となるはずですが、これに場所的利益を加算する解釈が定着しています。

建物買取請求権の原則論と実際

あ 建物買取請求権の対象(理論)

建物買取請求権の対象となるのは、理論的には、建物のみであり、借地権は対象にならない
借地権はすでに消滅しているのだから、当然のことである

い 場所的利益を加算する解釈

しかし、多くの判例では、建物価額のほかに「場所的利益」を参酌することとしている
※土地評価理論研究会著『新版 特殊な権利と鑑定評価』清文堂2012年p201

う 判例における代金の計算

建物買取請求権の行使の際の代金額
=建物評価額(後記※1)+場所的利益(後記※2
※最判昭和35年12月20日
※最判昭和47年5月23日
※札幌高裁昭和34年4月7日
※東京地裁昭和37年9月21日
※東京地裁平成3年6月20日

3 建物評価額の算定方法

理論的に難しい場所的利益は置いておいて、最初に、建物の評価額の算定方法を説明します。これは単純で、再調達価格、つまり、建築費用から耐用年数を基準とした経年による減価をする、というものです。

建物評価額の算定方法(※1)

あ 主な算定方法

不動産鑑定評価基準における再調達価格同様の方法を採用することが多い

い 再調達価格の内容

建物を建築する場合の費用を算出する
耐用年数のうち経年分の減価相当額を控除する
※札幌高裁昭和34年4月7日

4 場所的利益の加算

(1)判例における場所的利益(場所的環境)の説明

前述のように、建物買取請求がなされた時の代金の計算では、建物の価値に場所的利益を加算します。もちろん、借地権の価値ではありません。建物買取請求の時だけ使われる概念(用語)です。
判例の中では(借地人が持っている)事実上の利益と説明されています。

判例における場所的利益(場所的環境)の説明

あ 昭和35年最判

ア 規範 借地法一〇条にいう建物の「時価」とは、建物を取毀つた場合の動産としての価格ではなく建物が現存するままの状態における価格である。
そして、この場合の建物が現存するままの状態における価格には、該建物の敷地の借地権そのものの価格は加算すべきでないが、該建物の存在する場所的環境については参酌すべきである。
イ 理由 けだし、特定の建物が特定の場所に存在するということは、建物の存在自体から該建物の所有者が享受する事実上の利益であり、また建物の存在する場所的環境を考慮に入れて該建物の取引を行うことは一般取引における通念であるからである。
※最判昭和35年12月20日

い 昭和47年最判

ア 規範→昭和昭和35年最判の引用 借地法一〇条による建物買取請求権が行使された場合におる建物の買取価格は、建物が現存するままの状態における価格であり、その算定には、建物の敷地の借地権そのものの価格は加算すべきではないが、建物の存在する場所的環境を参酌すべきものである(最高裁昭和三四年(オ)第七三〇号・同三五年一二月二〇日第三小法廷判決、民集一四巻一四号三一三〇頁参照)。
イ 算定方法の採用→裁判所に裁量あり ところで、このような場所的環境を参酌した建物の価格は、所論のように、敷地権の価格に対する一定の割合をもつて一律に示されるものではなく、また、所論の収益還元法に依拠してのみ定めるべきものでもなく、要するに、建物自体の価格のほか、建物およびその敷地、その所在位置、周辺土地に関する諸般の事情を総合考察することにより、建物が現存する状態における買取価格を定めなければならないものと解するのを相当とする。
※最判昭和47年5月23日

(2)場所的利益(事実上の利益)の内容

前述の事実上の利益とは何でしょうか。建物所有者(元借地人)は借地権(土地占有権原)のない建物を持っていることでどんな利益を受けるのでしょうか。
状況を整理すると、すでに借地権は消滅しているので、地主は建物の収去(解体)を請求できる状態です。ここで、地主と建物所有者が交渉して、うまくいけば、新たに借地権を設定する(借地契約を締結する)ことができるかもしれません。大雑把にいえば、建物所有者は、地主との優先交渉権を持っているともいえます。これが事実上の利益(場所的利益)の中身のひとつです。

場所的利益(事実上の利益)の内容

あ 借地権設定の可能性

うまく地主との協議が進むことによって
→新たに借地権の設定ができるかもしれない

い 地主が取得する想定

地主が借地権を取得したと想定した場合
土地利用権原を考えることなく適法に建物を活用できる

う 結果的な土地利用実現の可能性

仮に地主が明渡請求を行った場合
→土地利用権原がなくても認められるとは限らない
→建物所有者は建物を利用できる可能性がある
例=権利濫用として明渡請求が排斥される

(3)場所的利益の位置づけ(実質的意味)

場所的利益の内容を説明しようとすると、以上のように、ちょっと苦しいところがあります。そこで、理論的には苦しまぎれだが、人情的に補償してあげるという趣旨のものだ、という分かりやすい指摘もあります。

場所的利益の位置づけ(実質的意味)

借地権価額は加算しないといっておきながら、実際には借地権価額の一部を加算していることになって、理論的にはどうもすっきりしない。
・・・
土地所有者側に借地更新を拒絶する「正当事由」があったにせよ、また借地権の無断譲渡・転貸ということがあったにせよ、建物だけの価額を支払っただけで、経済的価値の相当に大きい借地権を無償で取り上げてしまうのは、やはりあまりに残酷ではないか、ある程度のものは補償してあげるのが世間の常識であろうし、人情としてももっともなところではないかという、いわば苦しまぎれで考え出したのが、この「場所的利益」というものではないかと思われる。
※土地評価理論研究会著『新版 特殊な権利と鑑定評価』清文堂2012年p202

(3)場所的利益の相場

いずれにしても、実務では、建物買取請求における代金の計算では、場所的利益の加算を行います。具体的な計算としては、土地価格の15%程度とすることが多いです。前述のように明確な理論的裏付けがあるわけではないので、この15%の算定根拠を説明できません。そこで実際に15%以外の数値が使われることもあります。それでも10〜30%の範囲に収まることがほとんどです。

場所的利益の相場(※2)

一般的に、「場所的利益」の価格は、建物付宅地価格建付地としての価格の15%程度とすることが多い
※土地評価理論研究会著『新版 特殊な権利と鑑定評価』清文堂2012年p202
※鵜野和夫著『不動産の評価・権利調整と税務 第42版』2020年p679

(5)場所的利益と使用借権の評価の関係(参考)

ところで、土地の使用貸借において、一定の場合に、使用借権の評価額の計算が行われることがあります。
借地権未満の一定の評価額という意味では、場所的利益と使用借権は共通します。もちろん、このふたつは別の物(概念)です。その上で、どちらの評価(金額)の方が高いのか、ということについては両方の見解があります。このことについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|土地の使用借権の評価額(割合方式・場所的利益との関係)

5 建物買取請求の時価算定における負担の扱い(賃借権・担保権・仮登記)(参考)

建物買取請求がなされた場合に、建物に各種負担があるケースでは時価の算定でこの分の控除をするべきかどうか、という問題が出てきます。建物に賃借人がいるケース、担保権(抵当権)が設定されているケース、仮登記があるケースなどです。このような問題については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|建物買取請求の時価算定における負担の扱い(賃借権・担保権・仮登記)

本記事では、建物買取請求権の行使の際の代金の計算について、場所的利益を中心に説明しました。
実際には、個別的事情によって、法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に借地契約の終了や明渡請求に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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