【相続における使途不明金調査の実務ガイド(資料の種類と取得方法)】

1 相続における使途不明金調査の実務ガイド(資料の種類と取得方法)

相続において、被相続人名義の預金が相続開始前後に払い戻されていることがあり、これは「使途不明金問題」と呼ばれています。使途不明金問題では、資料(証拠)を集めることがとても重要です。本記事では、使途不明金の調査では、どのような資料をどのような方法で集めるか、ということを説明します。
なお、使途不明金問題の解決手段については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)

2 取得すべき資料:金融機関関連の資料

(1)被相続人の取引履歴

使途不明金を確認する第一歩は、金融機関の取引履歴を取り寄せて不審な払戻を確認することです。最高裁判決により、相続人は単独で被相続人名義の預貯金口座の取引履歴開示を金融機関に請求できる権利が確立しています。
詳しくはこちら|相続人による被相続人の預金取引履歴の開示請求(通常・解約済)
多くの金融機関では過去10年程度の取引履歴が開示可能ですが、金融機関ごとに手数料や必要書類、開示期間は異なります。地方銀行や信用金庫は郵送での手続きに対応してくれる場合もありますが、メガバンクでは窓口手続きが必要なケースが多いです。

(2)払戻請求書・預金解約申込書の写し

窓口での払戻しがされた場合、金融機関の払戻請求書の筆跡等から引出行為者を認定できることが多いため、重要な証拠となります。ただし、この資料の開示は取引履歴に比べて難しく、相続人単独の請求には応じず、弁護士会照会や裁判所の文書提出命令といった法的手続きを必要とする場合があります。金融機関によっては、弁護士会照会では本人確認事項欄が黒塗りにされるものの、調査嘱託では開示されるという対応の違いがあることもあります。

(3)ATM利用画像(映像)

ATMでの引出行為者を特定するための画像は、犯罪捜査等では活用されますが、民事手続きでの入手は極めて困難です。刑事手続きにおいてはATM内蔵のカメラ画像が証拠として提出されることもありますが、金融機関が民事手続きでそのような映像の提供に協力することは稀です。
ただし、取引履歴から引出場所が判明し、それが被相続人の居住地から離れて被告が利用しやすい場所であれば、間接事実として重要になります。

(4)引出人(被告)の預金取引履歴

問題となる口座からの引出と近接した時期に、近似した額の入金が引出をしたと疑われる者Aの口座に対してなされた事実は、Aの関与を推認させる極めて有力な証拠となります。この資料を取得するため、訴訟の中であれば、原告が被告(A)の預貯金口座について金融機関に対する調査嘱託を申し立てることができます。ただし、探索的・詮索的申立ての抑止やプライバシー保護の観点から、裁判所は調査嘱託を認めない、認めるとしても、問題となる入出金がありそうな期間及び金融機関に対象を絞るよう求めることが多いです。

(5)被相続人のクレジットカード明細

クレジットカードの利用履歴は、被相続人の実際の支出状況を確認する上で有用です。特にオンラインバンキングを利用していた場合には、預金口座だけでなくクレジットカードの明細も調査することで、不明な支出や不審な取引を発見できる可能性があります。カード会社への開示請求は金融機関と同様に行いますが、カード会社独自の手続きがある場合もあります。

(6)デジタル端末のデータ(メール履歴等)

被相続人がオンラインバンキングを利用していた場合、口座の存在自体を特定するために、被相続人のメール履歴スマートフォン・PCのデータ確認が必要になることがあります。この調査にはデジタルフォレンジックの専門業者へ依頼することも検討されますが、相続人であっても故人の許可なくデジタル機器にアクセスすることは不正アクセス禁止法に抵触する可能性があるため、他の相続人の同意を得るなど慎重な対応が求められます。

(7)不動産売却関連書類

被相続人が、生存中に、被相続人所有の高額な不動産を売却したのに、売却代金入金の痕跡がなく、相手も知らないと言い張っている場合があります。このような場合は、売買契約書や登記関係書類、仲介業者の資料などを取得して、売却代金の行方を追跡する必要があります。これらの資料は法務局(登記情報・登記申請附属書類)や不動産業者から取得可能です。
詳しくはこちら|過去の不動産売買代金額を不動産登記から取得する方法

(8)相続財産目録の作成(参考)

相続財産の全体像を把握するために、相続財産目録を作成することが重要です。これは被相続人名義の預貯金口座や不動産、有価証券などの資産をリスト化したもので、使途不明金の調査において基準点となります。金融機関や証券会社、法務局などから取得した資料をもとに作成します。この資料と被相続人の生前の財産状況を比較することで不自然な財産減少を特定できます。

3 取得すべき資料:医療関連の資料

(1)診療録・手術記録・検査記録

被相続人が通院・入院していた場合、診療録や手術記録、検査記録を取り寄せることが重要です。これらの記録は問題取引時の被相続人の所在場所や財産管理能力を把握するための重要証拠となります。死亡後は法定相続人が請求可能ですが、医療機関によっては全相続人の同意を要求する場合があります。開示されるまでの期間や費用は医療機関によって異なり、通常過去5年以内のものしか取得できないため、迅速な対応が必要です。

(2)看護記録

看護記録には被相続人の日常的な状態や意識レベル、面会者の情報などが記載されており、特に入院中の金銭管理状況を示す重要な手がかりになることがあります。診療録と同様に法定相続人が請求できますが、医療機関によっては開示に慎重な姿勢をとることもあります。看護記録から被相続人の日常的な判断能力や認知状態を確認することができ、取引時の能力状態を推認する証拠となります。

(3)認知機能検査結果

長谷川式認知症スケールやMMSE(Mini-Mental State Examination)などの認知機能検査結果は、被相続人の判断能力を示す客観的証拠として極めて価値があります。これらの検査結果は点数で表されるため、被相続人の認知機能の程度を客観的に示すことができます。検査結果から金融判断能力を評価する際には、認知症の段階的な評価(軽度、中度、重度)と認知機能(記憶、理解、判断力)への影響を考慮します。
詳しくはこちら|意思能力判定における認知機能検査スコアの評価(HDS-R・MMSEなど)

(4)薬剤情報

被相続人が服用していた薬剤、特に終末期や認知症治療に用いられる薬剤は判断能力に影響を与える可能性があるため、その記録も重要な証拠となります。向精神薬や鎮静剤などは意識レベルや判断能力に大きく影響するため、問題となっている取引時期に、そのような薬剤を服用していたかどうかを確認することが必要です。薬剤情報は診療録の一部として、または薬局からも取得可能です。

(5)成年後見関連記録

被相続人に成年後見制度が利用されていた場合、後見人の記録や裁判所の決定は重要な情報源となります。これらの記録には被相続人の判断能力に関する医師の診断書や、財産状況、後見人による財産管理の状況が記載されています。家庭裁判所に保管されている成年後見関連記録は、利害関係人として開示請求が可能です。特に、後見開始時期と問題となる取引時期との関係は重要な証拠となります。

4 取得すべき資料:介護関連の資料

(1)介護事業所の記録

介護事業所には、被相続人の日常生活や健康状態、認知能力の変化などの記録が残されています。被相続人の地位を承継した相続人として、これらの記録の開示請求ができます。介護記録からは被相続人の認知能力の推移、日常生活動作の状況、金銭管理能力に関する記述など重要な情報が得られます。各介護施設によって取扱いが異なり、相続人なら開示するという施設もあれば、全相続人の同意が必要という施設もあります。

(2)介護サービス利用票・ケアプラン

介護サービス利用票やケアプランには、被相続人が受けていたサービスの内容と頻度、それに対応する費用などが記載されています。これらの資料から被相続人の生活状態や必要としていたケアのレベル、実際の支出状況などを把握することができます。利用票とケアプランの整合性を確認することで、実際に提供されたサービスと請求された費用の適正さも検証できます。これらは介護事業所やケアマネージャーから取得可能です。

(3)施設利用契約書・介護利用契約書

施設に入所していた場合は施設利用契約書、訪問介護等のサービスを受けていた場合は介護利用契約書が重要な資料となります。これらの契約書には、提供されるサービスの内容、費用、支払方法などが記載されており、被相続人の実際の支出状況を確認する上で重要です。特に、契約書に記載された金銭管理に関する取り決めや、身元引受人に関する情報は使途不明金調査において重要な手がかりとなります。

(4)要介護認定通知書・認定資料

区役所・市役所の介護係から取得できる要介護認定通知書や認定資料には、被相続人の要保護状態や財産管理能力、普段の財産管理者に関する記録が含まれています。これらの資料は医療記録と並んで被相続人の判断能力を客観的に示す重要な証拠です。地域によって開示対応が異なり、単独相続人からの開示請求に応じる自治体が多いですが、全相続人の同意が必要な場合や、個人情報保護法の観点から開示を拒否する自治体もあります。

(5)その他の証拠資料

上記以外にも、被相続人の葬儀費用に関する資料、死亡届関連書類、死体検案に関する資料なども状況に応じて重要な証拠となります。また、被相続人が生前に「終活」として自身の葬儀費用などを計画していた場合のメモや書類も有用です。家族写真や手紙、日記などの私的文書も、被相続人と家族の関係性や生前の意思を示す資料として検討に値します。これらの資料は遺品整理の過程で発見されることもあります。

5 資料取得の手段

(1)相続人としての開示請求の基本

相続人(の代理人)としての開示請求は、まず電話で必要書類や手続きを確認し、窓口または郵送で請求書を提出するというのが基本的な流れです。請求書には被相続人と請求者の情報、開示希望期間を記載し、必要書類(戸籍事項証明書、印鑑証明書、本人確認書類など)を添付します。金融機関、医療機関、介護施設等によって、開示までの期間や費用は異なります。
開示請求の相手(金融機関など)が、共同相続人全員の同意を(開示の条件として)要求することもあります。状況によっては、資料の取得の段階ではそれほど激しい対立関係になっておらず、協力できる(共同の開示請求ができる)ケースも多いです。
開示請求が拒否された場合は、拒否理由を確認し、理論的根拠(開示請求を認める最高裁判例など)を提示して再交渉を試みることが有用です。それでも拒否される場合は、法的手続きを検討する必要があります。

(2)弁護士会照会

弁護士会照会は、弁護士が弁護士会を通じて金融機関や医療機関等に照会する制度です。相続調査では預貯金口座の有無・残高、取引履歴、診療録、介護記録等の開示請求に活用できます。ただし金融機関の開示義務は公法上の義務にすぎず、違反しても不法行為にならないため実効性には限界があります(最三小判平成28年10月18日民集70巻7号1725頁)。
詳しくはこちら|弁護士会照会の基本(公的性格・調査対象・手続の流れ)

(3)調査嘱託・文書提出命令

調査嘱託・文書提出命令は裁判所を通じた証拠収集手続きで、訴訟内で金融機関等が任意開示に応じない場合に有効です。文書送付嘱託・文書提出命令申立ては訴訟の中で使える手段です。使途不明金問題は遺産分割の対象ではないため、遺産分割調停手続内での調査嘱託はできませんが、遺産分割とは別の訴訟(不法行為や不当利得の請求)を提起することで裁判所を通じた証拠収集が可能になります。
詳しくはこちら|相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)

(4)証拠保全手続き

証拠保全手続きは、証拠が利用困難になる(証拠滅失)おそれがある場合に、裁判所を通して証拠を緊急で確保するための手続きです。
使途不明金調査では、預貯金記録、医療記録、介護記録などが改ざんや廃棄されるおそれがある場合に有用です。例えば、財産管理者だった相続人が記録を処分する可能性がある状況などです。

(5)提訴前証拠収集処分

提訴前証拠収集処分は、訴訟前に裁判所を通して(文書送付嘱託や調査嘱託として)、必要性の高い証拠を収集する手続きです。証拠保全と異なり証拠滅失のおそれがなくても利用可能で、弁護士会照会よりは強制力があります。
詳しくはこちら|提訴前証拠収集処分(民事訴訟法132条の4)の総合ガイド
使途不明金問題では、金融機関への文書送付嘱託による取引履歴や払戻請求書の提出要求、医療・介護施設からの記録収集、会計士への意見陳述嘱託による資金分析などに活用できます。

(6)公文書開示請求制度

公文書開示請求制度を活用すると、行政機関が保有する被相続人の情報にアクセスできます。年金受給記録、固定資産税情報、不動産登記情報、介護保険給付記録などの取得ができることがあります。自治体により手続きが異なるため、事前確認が重要です。

6 取得資料の分析方法(概要)

収集資料の分析においては、「不審な取引の特定」「被相続人の状態との整合性確認」「使途の合理性評価」という3つの観点が重要です。金融機関の取引履歴と被相続人の状態を対比し、生活状況に変化がない時期の多額出金や能力低下時期からの出金増加などの不審点を確認します。また、問題となる引出行為を時系列で整理し、被相続人の意思能力状態と照合することで不自然な取引パターンを発見できます。
使途の合理性評価では、主張内容が被相続人の生活状況や必要性に照らして合理的か、客観的証拠で裏付けられているかを検討します。これらについては別の記事に実務の傾向などを整理してあります。
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:預貯金引出者の認定(実務整理ノート)
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:預貯金引出権限(授権・承諾)の事実認定(実務整理ノート)
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:典型的な使いみち別の責任の判断傾向(実務整理ノート)

7 まとめ

使途不明金問題解決には早期の調査と証拠収集が不可欠です。本記事で説明した金融機関、医療機関、介護施設から取得すべき資料は、問題解決の大前提となります。早期の証拠確保と冷静な分析に基づく問題解決が、相続に関する紛争の長期化を防ぐ鍵となるでしょう。

8 関連テーマ

(1)公的情報の保存期間|戸籍・住民票・登記・固定資産評価証明書・裁判記録・税務申告書

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(2)相続における預貯金無断引出による使途不明金:仮差押による保全

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9 参考情報

参考情報

齋藤清文ほか稿『被相続人の生前に引き出された預貯金等をめぐる訴訟について』/『判例タイムズ1414号』2015年9月p75〜93
森公任ほか著『弁護士のための遺産相続実務のポイント』日本加除出版2019年p290〜293

本記事では、相続における使途不明金調査の実務ガイドについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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【不法行為と不当利得の実務的な選択(選択できる状況や選択の着眼点)】
【相続における預貯金無断引出による使途不明金:仮差押による保全】

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