【公正証書遺言の総合ガイド(メリット・作成方法・無効事例など)】
1 公正証書遺言の総合ガイド(メリット・作成方法・無効事例など)
遺言は、将来の財産の行方をコントロールできるとともに、相続争いを回避する有用な手段です。遺言の種類の中でも、公正証書遺言は確実性、安全性が特に高い、とても優れたものです。
本記事では、公正証書遺言の全体像を説明します。
2 公正証書遺言のメリット
公正証書遺言には多くのメリットがあります。まず、法的効力が高く、方式違反による無効リスクが低いことが挙げられます。公証人という法律の専門家が関与することで、遺言書としての要件を満たした文書作成が可能となります。
また、原本が公証役場で厳重に保管されるため、紛失や偽造のリスクがなく、安心して保管を任せることができます。相続開始後も原本が確実に存在するため、遺言の内容が争われるリスクが低減されます。
さらに、自筆証書遺言や秘密証書遺言と異なり、家庭裁判所での検認手続きが不要です。これにより相続手続きがスムーズに進行し、相続人の負担が軽減されます。
専門家である公証人のサポートを受けられることも大きなメリットです。遺言の内容について法的なアドバイスを受けることができ、遺言者の意思を正確に反映した遺言書を作成することができます。
詳しくはこちら|公正証書遺言の作成の手続と特徴(メリット・デメリット)
3 公正証書遺言の作成手順
公正証書遺言の作成手順は以下のとおりです。
(1)遺言内容の作成(前提)
公正証書遺言は最終的に公証人が作成しますが、肝心の内容については、公証人が相談にのってくれるわけではありません。事前に作成しておく(決めておく)必要があります。
(2)事前準備
遺言内容が決まったら、まず、公証役場への事前連絡が必要です。多くの場合、事前に公証人と打ち合わせを行い、必要書類や日程、進め方について相談します。
準備すべき書類としては、遺言者の印鑑証明書、相続財産に関する資料(不動産登記事項証明書、預金通帳のコピーなど)、遺言者と受遺者の戸籍事項証明書などが必要となります。また、証人2名を確保した上で、証人の身分証明書も必要になります。
(2)公証役場での手続き
公証役場での手続きでは、遺言者が公証人に対して遺言の内容を口頭で伝えます(口授)。公証人はそれを筆記し、作成した文書を遺言者と証人に読み聞かせるか閲覧させます。遺言者と証人が内容を確認して正確であることを承認した後、それぞれが署名押印します。最後に公証人が法定の方式に従って作成された旨を付記して署名押印することで、公正証書遺言が完成します。
(3)証人の役割と選定
証人は2名必要であり、未成年者や推定相続人・受遺者及びその配偶者・直系血族などは証人になることができません。証人の役割は、遺言者の意思表示と公証人の筆記が適正に行われたことを証明することにあります。
詳しくはこちら|公正証書遺言の作成の手続と特徴(メリット・デメリット)
4 公正証書遺言に記載できる内容
公正証書遺言には様々な内容を記載することができます。
(1)財産分与に関する事項
最も一般的なのは財産分与に関する事項です。不動産、預貯金、有価証券、自動車、貴金属、美術品など、あらゆる財産について、誰にどのように相続させるかを指定することができます。
(2)未成年後見人の指定
また、未成年の子どもがいる場合は、その後見人を指定することも可能です。子どもの養育について信頼できる人を指名しておくことで、子どもの将来を守ることができます。
(3)祭祀承継者の指定
さらに、お墓や仏壇などの祭祀財産を誰に継がせるかを指定する祭祀承継者の指定も可能です。これにより、故人の供養を誰が行うかを明確にすることができます。
(4)その他の指定事項
その他にも、遺言執行者の指定、子の認知、相続人の廃除など、様々な事項を記載することができます。
さらに、法律上は効果がないけれど、遺言者の「気持ち」を(付言事項として)記載しておくことが、相続人の理解、納得につながり、争いを防ぐことにつながることもあります。
詳しくはこちら|遺言の記載事項の種類・分類(基本)
5 公正証書遺言の法的要件
公正証書遺言の法的要件は、民法969条に明確に規定されています。
(1)方式の要件
まず、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授することが必要です。口授とは、遺言者が自分の言葉で遺言内容を伝えることであり、単に「はい」「いいえ」と答えるだけでは不十分です。
公証人はそれを筆記し、遺言者と証人に読み聞かせるか閲覧させる必要があります。遺言者と証人が筆記の正確さを承認した後、各自が署名押印します。最後に公証人が遺言が法定の方式に従って作られた旨を付記して署名押印することで完成します。
このように、原則として発言(発語)と署名が必要なので、しゃべることができない方、サインできない方は公正証書遺言を作成できないのですが、民法改正でこのような方も利用可能になっています(後述)。
詳しくはこちら|公正証書遺言の方式に関する規定と法改正による拡張
(2)証人の欠格事由
証人に関しては、民法974条に欠格事由が定められています。未成年者、推定相続人・受遺者及びその配偶者・直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記・使用人は証人になれません。
詳しくはこちら|遺言の証人・立会人の欠格事由(民法974条)(解釈整理ノート)
6 公正証書遺言が無効となるケース
公正証書遺言は信頼性、安全性が高く、無効になるリスクがほとんどありません。とはいっても、実際には無効となるケースもあります。
(1)遺言能力の欠如
主な無効事由としては、まず遺言能力の欠如が挙げられます。遺言者が認知症などにより判断能力を失っている状態で作成された遺言は無効となります。
(2)方式違反
次に方式違反があります。口授要件違反、読み聞かせ・閲覧要件違反、署名押印要件違反、証人要件違反などが該当します。特に口授要件は厳格に解釈されており、遺言者が自分の意思を明確に伝えていない場合は無効となるリスクがあります。
(3)遺言意思の欠如
また、遺言意思の欠如も無効事由となります。遺言者が遺言の法的意味を理解せずに作成した場合などが該当します。
(4)詐欺・強迫による作成
さらに、詐欺や強迫によって作成された遺言も(取消により)無効となります。
詳しくはこちら|遺言が無効となる事情(無効事由)の総合ガイド
詳しくはこちら|公正証書遺言の有効性(方式違反)審査の特徴(遺言無効確認訴訟)(整理ノート)
(5)無効リスクの回避方法
無効リスクを回避するためには、遺言能力の証拠確保(医師の診断書等)、口授要件の確実な充足、証人選定の適正化、遺言内容の明確化が重要です。公証人は法律専門家として適切な助言と方式の遵守を確保する役割を担い、これにより無効リスクを最小限に抑えることができます。
詳しくはこちら|公正証書遺言の無効リスク極小化と無効事由(全体・主張の傾向)
7 公正証書遺言の費用
公正証書遺言の費用は主に公証人手数料と、弁護士・司法書士などの専門家に依頼する場合の報酬からなります。
(1)公証人手数料
公証人手数料は法令で定められており、遺言の目的価額(遺言で処分する財産の価額)によって変動します。一般的な相場としては、基本手数料が1万1000円からで、財産額に応じて加算されます。
(2)弁護士・司法書士への依頼費用
弁護士・司法書士が遺言内容の作成をサポートすることもできます。このような依頼の費用は事務所によって、また、具体的な遺言の内容(財産の複雑さなど)によって異なります。
また、遺言作成時の証人となることを依頼する場合には別途費用がかかります。
8 公正証書遺言の保管と執行
公正証書遺言のメリットとして、保管と執行の確実性があります。
(1)原本の保管場所と控えの管理
公正証書遺言の原本は作成した公証役場で保管されます。遺言者には正本または謄本(コピー)が交付され、これを自宅で保管します。謄本を紛失しても、また、亡くなった後に発見されないとしても大丈夫です。原本が公証役場にあるため、紛失や改ざんの心配がありません。
公正証書遺言は全国の公証役場がデータベース化し、一元管理されています。相続開始後、相続人等は全国どこの公証役場でも検索・閲覧が可能で、「遺言書情報照会」の申出書と必要書類を提出することで遺言の有無を確認できます。遺言が見つかれば、作成した公証役場で謄本を取得できます。
つまり、相続開始後も確実に遺言が執行されることが期待できます。
(2)遺言執行者の役割と指定方法
遺言執行者は遺言の内容を実現するために必要な行為をする権利義務を有する者です。遺言執行者を指定しておくことで、遺言者の意思が確実に実現されることが期待できます(公正証書遺言に限りません)。遺言執行者が指定されていない場合は、家庭裁判所に選任を申し立てることができます。
詳しくはこちら|遺言執行者の任務(権利・義務)の総合ガイド
(3)相続発生後の手続き
相続発生後の手続きとしては、相続人が公証役場で遺言書の有無を確認し、遺言書が見つかれば謄本を取得します。その後、遺言の内容に従って相続手続きを進めます。不動産の名義変更、預貯金の解約・名義変更などの手続きが必要となります。
詳しくはこちら|公正証書遺言のデータベース化・検索システムと閲覧・謄本取得
9 公正証書遺言の変更・撤回
公正証書遺言を作成してから時間が経つと、財産の内容が変わる、または、「気持ち」(家族の間の関係性)が変わる、ということがあります。いったん作成した遺言の内容は変更、撤回が可能です。
(1)変更・撤回の方法
公正証書遺言の変更・撤回は、遺言者の生存中であればいつでも可能です。変更方法としては、新たに遺言を作成することが最も単純な方法です。「前の遺言の一部を変更する」と明記した新遺言を作成するか、完全に新しい内容の遺言を作成します。民法上、後の遺言は前の遺言と抵触する部分について、前の遺言を撤回したものとみなされるのです。
変更、撤回の遺言は種類を問いません。つまり、自筆証書遺言でも公正証書遺言でも、複数の遺言があった場合は、(抵触する部分については)とにかく最新のものが有効ということになります。もちろん、変更、撤回の遺言も、確実性、安心性の点で公正証書遺言が優れています。
(2)注意点
注意点としては、いかなる変更・撤回も遺言者本人の意思によってのみ行うことができるという点です。他者が遺言者に代わって変更・撤回することはできません。また、変更・撤回を行う際も、遺言能力を有していることが必要です。
詳しくはこちら|遺言の訂正(変更・撤回)の基本(全体・ニーズ)
10 特別な状況での公正証書遺言
特別な状況での公正証書遺言について説明します。
(1)高齢者の遺言能力と証拠保全
高齢者や病気の方が公正証書遺言を作成する場合、遺言能力の証拠保全が重要です。遺言能力とは「自己の行為の法的な結果を認識・判断できる能力」で、15歳以上で判断能力があれば認められます。後から遺言能力について問題視されるかもしれない場合は、医師の診断書を取得しておくことが推奨されます。
また、公証人は遺言作成時に遺言者と会話をして遺言能力を確認します。この際のやり取りを記録しておくことも有効です。遺言能力が争われる場合、作成時の状況や医療記録、証人証言等を総合的に判断して認定されます。
詳しくはこちら|遺言能力の判断基準と認定方法(書証や証人の種類・証明力・収集方法)(整理ノート)
(2)障害のある方の遺言作成方法
障害のある方(しゃべることができない、サインできないなど)は原則的な作成方法である口授や署名(前述)ができません。この点、民法改正(民法969条の2)によって、手話通訳者または筆談を介して遺言者の意思を確認する方法ができました。
遺言者が自ら署名押印できなくても、公証人が当事者の意思を確認して法的効力のある遺言書として作成することが可能になっているのです。
詳しくはこちら|手話通訳と筆談による公正証書遺言の作成方法(民法969条の2)(解釈整理ノート)
11 よくある質問
公正証書遺言に関するよくある質問について回答します。
(1)変更・撤回はできるか→可能
前述のとおり、「変更・撤回」は可能です。遺言者は生存中であればいつでも遺言を変更・撤回することができます。新たな遺言を作成する方法がもっとも一般的です。
(2)証人に親族はなれるか→不可
推定相続人・受遺者及びその配偶者・直系血族は証人になれません。それ以外の親族(例えば傍系血族)は証人になることができます。
(3)認知症になる前に作っておくべきか→必須
遺言能力がある間に作成しておくことが重要です。一度認知症と診断されると、亡くなった後に、遺言能力の有無が問題となってしまいます。早めに作成しておき、必要に応じて変更(撤回)する、という方法を推奨します。
(4)秘密は守られるか→証人には知られる
「秘密は守られるか」という懸念もよくあります。公証人には守秘義務がありますが、証人2名の立会いが必要なため、完全な秘密保持は難しい面があります。
自筆証書遺言であれば、確実に誰にも知られないで済みますが、方式違反による無効リスク、紛失や偽造(されたものと判断される)リスクもあります。この点、自筆証書遺言でも、法務局の保管制度を活用すればこれらのリスクを軽減できます(安全性は公正証書遺言の方が優れていますが)。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の法務局保管制度の基本と手続
本記事では、公正証書遺言の全体像について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言作成や相続後の遺言の有効性に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分
相続や離婚でもめる原因となる隠し財産の調査手法を紹介。調査する財産と入手経路を一覧表にまとめ、網羅解説。「ここに財産があるはず」という閃き、調査嘱託採用までのハードルの乗り越え方は、経験豊富な講師だから話せるノウハウです。