【遺言無効確認訴訟における遺言の偽造(自書性や作成者)の審理(主張立証の戦略)】
1 遺言無効確認訴訟における遺言の偽造(自書性や作成者)の審理(効果的な主張立証)
実際の相続、遺産分割では、遺言があっても、本当に被相続人が作成したものではない、ということもよくあります。相続人の間で有効、無効の見解が熾烈に対立するケースでは最終的に遺言無効確認訴訟で裁判所が有効か無効かを判断します。
詳しくはこちら|遺言無効確認訴訟の審理の総合ガイド(流れ・実務的な主張立証・和解の手法)
本記事では、遺言の偽造(作成者)について、どのように判断されるのか、当事者はどのように主張や立証をしたらよいのか、ということを説明します。
なお、遺言の偽造の判断基準や判断方法(証拠の種類)についての理論面、専門的な内容は別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|遺言の偽造(自書性・作成者)の判断(判断要素・証拠と評価)(整理ノート)
2 遺言無効に関する手続の大まかな流れ
(1)遺言書の検認
自筆証書遺言の場合、相続人は遺言書を発見した後、家庭裁判所に提出し、その検認を請求しなければなりません。これは遺言書の形状や状態を相続人や関係者に明らかにし、遺言書の偽造・変造を防止するための手続であり、遺言の有効・無効を判断するものではありません。検認の手続を経ずに相続人が遺言書を勝手に開封した場合、5万円以下の過料が課される可能性があります。偽造の疑いがある場合でも、まずはこの検認手続を経て、遺言書の客観的な状態を記録することが重要です。
詳しくはこちら|遺言の検認|検認義務・手続の流れ・遺言作成時の注意
(2)遺言無効確認訴訟の提起
検認後、遺言書に偽造の疑いがあり、その有効性を争いたい場合には、管轄の地方裁判所に対して遺言無効確認の訴えを提起します。
訴訟を提起する際には、遺言書が偽造されたと主張する側(原告)が、その事実を示す証拠を収集し、裁判所に提出する必要があります。
(3)訴訟の進行と判決
遺言無効確認訴訟が提起されると、裁判所は複数回の口頭弁論期日を開き、原告と被告双方の主張を聞き、提出された証拠を調べます。偽造を主張する原告は、遺言書が被相続人によって作成されたものではないという主張を、客観的な証拠に基づいて丁寧に証明する必要があります。
訴訟の過程で和解が成立すれば、その内容に従って手続は終了しますが、和解が成立しない場合には、裁判所が遺言書の有効性について判決を下すことになります。
遺言が無効ということが確定した場合、遺産は「未分割」の状態となるので遺産分割が必要になります。
また、遺言が有効であると確定した場合には、その結果遺留分侵害となっていれば、遺留分侵害額請求の問題となります。
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)
3 自筆証書遺言における偽造判断の基準
(1)筆跡鑑定の役割と限界
自筆証書遺言の自書性を判断する際の手段の候補のひとつとして、筆跡鑑定があります。筆跡鑑定では、問題となっている遺言書の筆跡と、被相続人の過去の信頼できる筆跡資料(手紙、日記、公的書類など)を比較し、両者の筆跡が同一人物によるものかどうかを専門家が分析します。
しかし、筆跡鑑定は万能ではなく、その結果が常に決定的であるとは限りません。鑑定を行う専門家によって意見が異なることもあり、裁判所は筆跡鑑定の結果だけでなく、遺言書作成時の状況や遺言の内容など、他の様々な事情を総合的に考慮して自書性を判断します。筆跡鑑定の精度を高めるためには、鑑定対象の遺言書の原本だけでなく、被相続人の信頼できる過去の筆跡資料の原本を可能な限り多く用意することが重要です。
(2)自書性に関する裁判例
裁判所は、自筆証書遺言の自書性を判断するにあたり、過去の裁判例を参考にしながら、個別の事案に応じて様々な要素を検討します。
例えば、遺言書作成当時、遺言者が右手の親指の障害により容易に文字が書けなくなっており、要介護3の認定も受けていた事案において、遺言書作成の約1週間前に遺言者が書いた手紙の筆跡に震えがなく、十分に文字を書くことができたと認められたことなどから、裁判所が、遺言書は遺言者本人の自書によるものと判断した実例もあります。
4 効果的な証拠収集と提出
(1)筆跡関連証拠の収集
偽造を主張する際に有利となる証拠として、まず被相続人の過去の筆跡資料が重要です。被相続人が過去に作成した手紙、日記、メモ、公的機関に提出した書類など、遺言書とは異なる時期に作成された筆跡資料をできる限り多く収集します。これらの資料は、遺言書の筆跡との比較対象となります。
また、収集した被相続人の過去の筆跡資料と、問題となっている遺言書の筆跡を、専門の筆跡鑑定人に鑑定してもらい、鑑定書を作成してもらうことも効果的です。さらに、遺言書作成当時、被相続人が病気や怪我などにより、遺言書に書かれているような筆跡で文字を書くことが困難であったことを示す医師の診断書やカルテ、介護記録なども収集するとよいでしょう。
(2)遺言書作成状況に関する証拠
遺言書がどのような場所で、どのような経緯で発見されたのかを詳細に記録し、状況を示す写真や関係者の証言などを収集することも重要です。
発見状況が不自然な場合、偽造の疑いを強める可能性があります。
また、遺言書の作成に関与した可能性のある人物(相続人、親族、友人など)の証言や、その人物が遺言書の内容によって利益を得るかどうかなどの情報も収集することが有用です。
5 筆跡鑑定専門家の活用・選定ポイント
筆跡鑑定の専門家は、単に文字の形を比較するだけでなく、筆運び、筆圧、文字の配置、インクの濃淡など、細部にわたって鑑定を行います。科学的な手法や最新の機器を用いて、客観的な鑑定結果を導き出すことが求められます。専門家の選定にあたっては、実績や信頼性を確認することが重要です。
6 実例分析
(1)偽造が認められたケース
被相続人の公正証書遺言とは全く異なる内容の自筆証書遺言が、遺留分減殺調停中に発見され、その有効性が争われたケースがあります。
裁判所は、遺言書の発見経緯の不自然さ、遺言書を預かっていたとされる被相続人の妹が書いたとされる手紙の筆跡の不自然さ、遺言書が90代の認知症であった被相続人が書けるとは思えないほど細かい字で書かれていたこと、遺言書の筆跡が被相続人のものと異なっていたこと、遺言書に存在しない預金口座番号が記載されているなど内容に不審な点が多いことなどを理由に、遺言書の偽造を認めました。
(2)偽造が認められなかったケース
別のケースでは、原告が提出した4通の私的筆跡鑑定について、裁判所は詳細に検討し、いずれも信用できず採用できないと判断し、原告の請求を棄却しました。このように、筆跡鑑定は信頼性や客観性の裏付けによって、評価が大きく変わるのです。
遺言無効確認訴訟において遺言書の偽造を主張し、訴訟を有利に進めるためには、早期に専門家(弁護士、筆跡鑑定人)に相談し、適切なアドバイスを受けながら、慎重かつ周到に準備を進めることが重要です。
本記事では、遺言無効確認訴訟における遺言の偽造の審理について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言の有効性など、相続や遺産分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分
相続や離婚でもめる原因となる隠し財産の調査手法を紹介。調査する財産と入手経路を一覧表にまとめ、網羅解説。「ここに財産があるはず」という閃き、調査嘱託採用までのハードルの乗り越え方は、経験豊富な講師だから話せるノウハウです。