【相続直後の預貯金凍結問題の解決策「仮分割仮処分」の活用場面と手続ガイド】
1 相続直後の預貯金凍結問題の解決策「仮分割仮処分」の活用場面と手続ガイド
相続が発生した後、遺産分割協議が長期化することはめずらしくありません。相続人間での感情的な対立、遺産の範囲や評価についての意見の食い違い、特別受益や寄与分の主張などが原因となり、協議が難航するケースが少なくありません。このような状況で最も深刻な問題となるのが、被相続人の預貯金口座の凍結です。
銀行は被相続人の死亡を知ると、通常、口座を凍結します。すると相続人は必要な資金を引き出すことができなくなります。生活費、医療費、教育費などの当面の生活に必要な資金が不足するだけでなく、公共料金の引き落としが停止したり、相続税の納付資金が不足したりすることもあります。葬儀費用の準備すら困難になるケースも見られます。このような状況を解決する手段はいくつかあります。
詳しくはこちら|平成28年判例による相続財産の預貯金の払戻し不能問題と解決方法
解決策のうち有力なものが「仮分割仮処分」制度です。この制度は、遺産分割前の相続財産である預貯金債権について、相続人の当面の資金需要に対応するために、家庭裁判所の許可を得てその一部の払い戻しを受けることができる制度です。本記事では、この仮分割仮処分制度について詳しく解説します。
なお、この制度の理論面については別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|遺産である預貯金債権の仮分割仮処分(家事事件手続法200条3項)(解釈整理ノート)
2 こんな方に仮分割仮処分がおすすめ(対象者)
仮分割仮処分は、以下のような状況にある方に特におすすめの制度です。
まず、被相続人(亡くなった方)の預貯金が凍結され、日常生活に支障が出ている方です。
特に、被相続人に扶養されていた方は生活費の確保が急務となります。被相続人の医療費や介護費用などの未払い債務が多額にあり、支払いの必要に迫られている方。これらの債務は相続財産から支払うのが一般的です。
また、葬儀費用を支払う必要があるにもかかわらず、手持ちの資金がない方や、相続税の納付期限が迫っており、相続財産である預貯金以外に納付資金がない方も対象となります。さらに、遺産分割協議が相続人間の対立などにより難航していて、早期解決が見込めない状況にある方にも有効です。
あなたが上記のような状況にあり、預貯金の凍結により経済的に困窮している場合は、仮分割仮処分の申立てを検討する価値があるでしょう。
3 仮分割仮処分の制度概要
仮分割仮処分制度は、家事事件手続法200条3項に法的根拠を持つ制度です。この制度により、家庭裁判所は遺産分割の審判または調停の申し立てがあった場合に、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは、その申し立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部または一部をその者に仮に取得させることができます。
通常の遺産分割との大きな違いは、仮分割仮処分が暫定的な措置であり、遺産のすべての財産ではなく、預貯金のみを対象としている点です。不動産、有価証券、現金、自動車、貴金属などの動産は対象外となります。また、仮分割仮処分は遺産分割協議や審判による本格的な遺産分割(本分割)が完了するまでの間の暫定的な措置であり、その後の遺産分割協議や審判における遺産分割方法の決定に影響を与えるものではありません。
仮分割仮処分の手続きは、遺産分割調停または審判の申し立てを前提としており、単独で申し立てることはできません。また、仮分割によって取得できる金額の上限は、原則として申立人の法定相続分の範囲内とされています。
4 認められるための2つの要件(申立の条件)
仮分割仮処分の申立てが認められるためには、主に「必要性」と「他の相続人を害さない」という2つの要件を満たす必要があります。
(1)「必要性」について
「必要性」とは、要するに具体的な資金を支出する事情があるということです。典型例は、相続財産に属する債務(借金)の弁済、相続人の生活費の支弁、被相続人の葬儀費用の支払い、相続税の納付資金などです。
申立てが認められやすいケースとしては、相続人が被相続人に扶養されて生活しており、被相続人の死亡によって生活に困窮している場合や、被相続人の医療費や介護費用などの未払い債務が多額にあり、支払いの必要に迫られている場合などが挙げられます。
申立人に十分な自己資金がある場合は、必要性”がない(低い)と判断されることになります。
(2)「他の相続人を害さない」について
預金の払戻をした結果、その後の遺産分割で、他の共同相続人が適正な財産(法定相続分相当額)を得られないということになったら困ります。このような場合には仮分割仮処分は認められない方向性となります。
5 申立てに必要な書類と手順(手続ガイド)
仮分割仮処分を申し立てるためには、まず管轄裁判所を選ぶ必要があります。原則として、遺産分割の調停または審判が係属している家庭裁判所が管轄裁判所となります。もし本案である遺産分割の審判事件が高等裁判所に係属している場合は、その高等裁判所が管轄裁判所となります。
申立てに必要な主な書類は以下の通りです。
まず申立書が必要で、ここには申立ての趣旨、保全処分を求める事由などを記載します。その際には当事者目録と遺産目録を添付します。
また、被相続人の戸籍謄本(出生から死亡までの連続した戸籍謄本、または除籍謄本、戸籍謄本、全部事項証明書)、相続人全員の戸籍謄本(現在の戸籍謄本または全部事項証明書)が必要です。
さらに、申立人の本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカードなど)と印鑑証明書(実印の証明書)も必要となります。
遺産の内容を示す書類としては、預金通帳のコピー(最新の記帳内容を含む)、残高証明書、不動産の全部事項証明書などが必要です。また、保全の必要性に関する資料として、申立人および同居家族の収入や家計収支を示す資料なども提出します。
申立書には、申立ての趣旨を明確に記載し(例えば、「被相続人〇〇の〇〇銀行〇〇支店口座の預金〇〇万円について、仮分割仮処分を求める」など)、なぜ仮分割が必要なのかという保全処分を求める具体的な事由を詳細に記述することが重要です。
被相続人の預貯金を証明する方法としては、金融機関の通帳のコピーを提出するのが一般的です。通帳が見当たらない場合や、より正確な残高を証明したい場合は、金融機関が発行する残高証明書を取得して提出します。
6 成功・不成功事例から学ぶポイント(実例紹介)
仮分割仮処分の申立てが成功したケースとしては、例えば被相続人と同居していた配偶者が、被相続人の死亡後に生活費に困窮していると認められた事例が挙げられます。この事例では、申立人が家計の収支状況を具体的に示す資料を提出し、保全の必要性を明確に証明できたことが成功の鍵となりました。
また、被相続人の医療費や介護費用の未払い債務が多額にあり、その支払いのために預貯金の一部払い戻しが必要であると認められた事例もあります。この場合、医療機関や介護施設からの請求書や見積書などの具体的な証拠を提出したことが、申立ての認容に繋がりました。
一方、申立てが却下されたケースとしては、申立人に十分な自己資金があり、保全の必要性が低いと判断された事例が挙げられます。また、仮分割を求める金額が申立人の法定相続分を大幅に超える場合も、他の相続人の利益を害する可能性が高いとして却下されることがあります。
成功事例から学ぶ重要なポイントは、保全の必要性を具体的かつ客観的な証拠によって明確に示すことです。感情的な主張ではなく、具体的な数字や証拠に基づいて論理的に主張することが、裁判所の理解と判断を得るために不可欠です。
7 よくある質問と回答(FAQ)
(1)他の相続人全員が反対する場合は申立て可能ですか?
申立ては可能です。ただし、たとえば申立の金額が法定相続分を大きく超えているため、「他の相続人を著しく害する」といえる場合には、申立てが認められないこともあります。
(2)民法909条の2の預貯金仮払い制度との違いは何ですか?
民法909条の2に基づく預貯金仮払い制度は、相続開始後に一定額の預貯金については各共同相続人が単独で払戻しができるという制度です。裁判所を通さないで払戻ができます。ただし、150万円、法定相続分相当額の3分の1、という上限があります。
詳しくはこちら|裁判所を通さない遺産の預貯金の払戻制度の金額上限(民法909条の2)(解釈整理ノート)
一方、仮分割仮処分は、家庭裁判所の判断を経て預貯金の一部の払い戻しを受ける制度であり、仮払い制度の上限額では不足する場合などに有効です。
(3)申立て後の遺産分割への影響はありますか?
仮分割仮処分は、その後の遺産分割協議や審判における遺産分割方法の決定に影響を与えるものではありません。仮分割によって既に払い戻された預貯金についても、遺産分割の対象として改めて考慮されることになります。仮分割は、あくまで相続人の当面の資金需要に対応するための暫定的な措置です。
8 手続きに必要な時間
仮分割仮処分の申し立てから決定が出るまでの期間は、事案によって異なりますが、一般的には1~2か月程度かかる場合があります。他の相続人への陳述聴取手続きなどが必要となるため、さらに時間がかかる場合もあります。
手続きを迅速に進めるためには、遺産の範囲と評価について可能な範囲で相続人間で共通認識を得ておくこと、申立てに必要な書類を漏れなく迅速に準備すること、申立書には保全の必要性を具体的かつ明確に記載することなどが重要です。
本記事では、遺産の預貯金の仮分割仮処分について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に預貯金の払戻など、相続や遺産分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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