【特有財産からの果実(不動産収入・配当金)は婚姻費用・養育費の算定基礎になるか】
1 特有財産からの果実(不動産収入・配当金)は婚姻費用・養育費の算定基礎になるか
夫婦や親子の生活費の金額(婚姻費用・養育費)を計算する時は、標準算定方式が使われています。
詳しくはこちら|標準算定方式による養育費・婚姻費用の算定(計算式・生活費指数)
この標準算定方式では、(総)収入の認定がベースとなります。
詳しくはこちら|総収入の認定と基礎収入の意味や計算方法(公租公課・職業費・特別経費の控除)
この標準算定方式で使う「収入」として、夫婦の一方が結婚前から所有(保有)していた不動産の賃料収入や株式の配当を入れるかどうか、という問題があります。本記事ではこれについて説明します。
以下の説明では不動産の賃料収入について説明していますが、株式などの金融資産の配当金についても同じ扱いです。
2 判断基準の要点(まとめ)
最初に、結論(判断基準)の要点をまとめておきます。
判断基準の要点(まとめ)
判断基準として最も重視されるのは「その収入が婚姻中の生活費の原資となっていたかどうか」という点
特有財産からの収入が家計の維持に使われていた場合は算定基礎に含まれる
特有財産からの収入が完全に分離管理され家計とは無関係だった場合は算定基礎に含まれないことがある
特有財産からの収入が部分的に家計に使用されていた場合は、その使用割合に応じて一部が算定基礎に含まれることもある
以下、詳しい内容を説明します。
3 特有財産と果実の基本概念(前提)
(1)特有財産とは
特有財産とは、夫婦の一方が単独で有する財産を指します。具体的には、婚姻前から有していた財産(結婚前の貯蓄など)や、婚姻中であっても相続・贈与によって取得した財産などが該当します。財産分与においては、特有財産は原則として分与の対象とはなりません。
詳しくはこちら|夫婦財産制の性質(別産制)と財産分与の関係(「特有財産」の2つの意味)
(2)果実の法的意味
「果実」とは法律上の用語で、物から生まれる利益を指します(民法88条)。本記事で説明する不動産収入や配当金は、この(法定)果実に該当します。
4 判断基準
(1)民法760条の解釈→含む方向性
婚姻費用の分担について規定する民法760条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」としており、特有財産からの収入を除外する規定はありません。
婚姻費用分担義務は、夫婦が互いに自己と同程度の生活を保持させるべき「生活保持義務」に基づくものと解されています。この観点からすると、収入の源泉が特有財産であるか否かにかかわらず、実際に得られる収入はすべて考慮すべきとも考えられます。
(2)2つの見解
実務上は、特有財産からの収入をすべて無条件に算入する見解がある一方、「その収入が婚姻中の生活費の原資となっていた場合だけ、算入する、という見解もあります。
いずれの見解でも、特有財産からの収入が家計の維持に使われていた場合は婚姻費用・養育費の2算定基礎に含まれる”ことになります。
特有財産からの収入が家計とは完全に分離管理されていた場合は、どちらの見解をとるかによって、結論が違ってきます。
特有財産からの収入を収入に算入する場合でも、部分的に家計に使用されていた場合は、その使用割合に応じた金額だけを算定基礎に含める、という扱いをすることもあります。
5 主な裁判例と実務上の判断
(1)制限なく算入する立場の裁判例
東京高裁昭和42年5月23日決定では、「妻の特有財産の収入が原則として分担額決定の資料とすべきではないという理由または慣行はない」と判示されました。この事案では、妻が所有する不動産の賃料収入が婚姻費用の算定において考慮されています。
また、東京家裁令和元年9月6日決定では、「婚姻費用分担義務は、いわゆる生活保持義務として自己と同程度の生活を保持させるものであることを前提に、当事者双方の収入に基づき婚姻費用を算定しており、仮に株式の一部が申立人の特有財産であったとしても、本件において、特有財産からの収入をその他の継続的に発生する収入と別異に取り扱う理由は見当たらない」と判断されました。
これらの裁判例は、特有財産からの収入であっても、特に制限なく婚姻費用・養育費の算定基礎に含めるという考え方を示しています。
(2)生活費原資の場合のみ算入する立場の裁判例
一方、東京高裁昭和57年7月26日決定では、「申立人と相手方は、婚姻から別居に至るまでの間、専ら相手方が勤務先から得る給与所得によって家庭生活を営み、相手方の相続財産またはこれを貸与して得た賃料収入は、直接生計の資とはされていなかったものである」として、特有財産からの収入が婚姻費用の算定基礎から除外されました。
また、大阪高裁平成30年7月12日決定では、「相手方の特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資となっているのであれば、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき収入とみるべきである」と判示し、生活費の原資となっているかどうかを判断基準とする立場を明確にしています。
(3)実務の傾向
以上のように、統一的見解はありませんが、現在の実務では、特有財産からの収入を算定基礎に含める傾向があります。ただし、他の事情によって扱いは変わることがあります。たとえば、部分的に算定基礎に含める、などの扱いです。
6 実例(ケーススタディ)
(1)ケース1:不動産収入が家計維持の中心だった場合
ある事例では、夫が父から相続した収益不動産があり、年間2500万円の賃料収入がありました。夫婦は約10年間にわたり、この不動産収入によって家計をまかなっており、夫婦ともに就業することはほとんどありませんでした。
夫婦が別居し、妻が婚姻費用を請求した際、夫は「不動産の賃料収入は婚姻費用算定の基礎としない」と主張しましたが、長期間にわたり家計が不動産の賃料収入によりまかなわれていた実態から、婚姻費用の算定において賃料収入を夫の事業所得として扱うことになりました。
(2)ケース2:不動産収入が家計と完全分離していた場合
別の事例では、夫の父の相続税対策として、父の所有土地上に夫が収益用の建物を建築し、年間1800万円の賃料収入がありました。しかし、建物の管理は父と母が行い、夫はほとんど関与していませんでした。また、夫婦の家計は夫の給与収入(年収約900万円)によりまかなわれており、賃料収入が家計に使われることはありませんでした。
夫婦が別居し、妻が婚姻費用を請求した際、裁判所は賃料収入について、金銭と物件の管理を夫が行っていないことと、実際に夫婦の家計にあてていなかった(分離して管理されていた)ことから、家計との関連がほぼない状態と判断し、婚姻費用の算定において賃料収入を夫の収入として扱わないこととなりました。
(3)ケース3:不動産収入の一部のみを家計に使用していた場合
さらに別の事例では、夫の父母の相続紛争予防策として、父母共有の土地上に夫が収益用の建物を建築し、年間1200万円の賃料収入がありました。この事例では、夫婦の家計は基本的に夫の給与収入によりまかなわれていましたが、不足する時には夫が賃料の集金用口座から引き出して家計にあてていました。
この場合、収益物件の管理を夫は行っていませんでしたが、収益の一部は夫婦の家計にあてられており、不動産の収益と家計とはある程度関連していると判断され、賃料収入のうち3分の1を夫の収入として養育費の算定基礎に含めることになりました。
7 対応策と必要な準備
(1)特有財産からの収入の使途を証明する資料
特有財産からの収入が婚姻費用・養育費の算定基礎に含まれるかどうかを主張するためには、その収入がどのように管理・使用されていたかを証明する資料が重要です。具体的には、金銭の動きを示すものとして、婚姻前・婚姻中の預貯金通帳や銀行の取引履歴、確定申告書、家計簿、不動産が特有財産であることを示す遺産分割協議書や遺言書、贈与契約書などが有効な証拠となります。
(2)分別管理→確実な予防策ではない
特有財産からの収入を婚姻費用・養育費の算定基礎とされる可能性を下げるには、その収入を家計用の口座とは別に管理し、家計に一切入れないということをしっかり守ることが必要です。実際にそのように管理していたことが後から分かるように、これらの資料(預貯金の通帳など)を、古いものも含めて保管しておくことも重要です。
ただし、前述のように、分別管理していても(他の収入と同じように)算定基礎としての収入に算入するという扱いになる可能性も十分にあります。
8 関連テーマ
(1)離婚時の財産分与における金融資産の扱い(夫婦共有財産か特有財産か)
婚姻費用や養育費ではなく、(離婚の際の)財産分与で、特有財産である株式などの金融資産が問題になることがあります。特有財産は基本的に財産分与の対象にはなりませんが、状況によっては特有財産か夫婦共有財産かをハッキリ判別できないため、財産分与の対象となる、ということもあるのです。
詳しくはこちら|離婚時の財産分与における金融資産の扱い(夫婦共有財産か特有財産か)
9 参考情報
参考情報
森公任ほか編著『簡易算定表だけでは解決できない 養育費・婚姻費用算定事例集』新日本法規出版2015年p92〜96
本記事では、婚姻費用・養育費の算定における特有財産からの果実の扱いについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に婚姻費用や養育費に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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