1 財産分与・慰謝料の消滅時効の援用を権利濫用とした裁判例
2 離婚の当事者と金銭請求の審判確定(前提)
3 初回の不動産と動産への強制執行申立
4 判決から10年経過後の強制執行申立
5 特殊事情による消滅時効の権利濫用
6 判決の権利濫用の判断部分(引用)
7 権利の濫用の判断の個別性(参考)

1 財産分与・慰謝料の消滅時効の援用を権利濫用とした裁判例

離婚に伴う財産分与も慰謝料も期間制限があり、それぞれ別の期間が定められています。
詳しくはこちら|離婚に伴う金銭請求(清算)の期間制限(財産分与・慰謝料・養育費)
ただ、判決で決まった場合は、財産分与も慰謝料も、10年間で消滅時効が完成することになります(民法169条1項)。
しかし、判決から13年後に、消滅時効の援用がなされたケースで、時効の援用を、権利の濫用として認めなかった、つまり請求権はまだ消滅していないと判断した裁判例があります(東京高判平成7年12月21日)。
本記事ではこの裁判例の内容を説明します。

2 離婚の当事者と金銭請求の審判確定(前提)

事案内容を順に説明します。
まず最初に、妻が夫に対して財産分与と慰謝料を求める訴訟を申し立て、裁判所が合計450万円を支払う内容の判決を言い渡しました。この判決は確定しましたが、(元)夫はその後支払を拒絶しました。つまり一切支払わなかったのです。

離婚の当事者と金銭請求の審判確定(前提)

あ 離婚訴訟の判決の要点

(元)夫が(元)妻に対して、財産分与として250万円、慰謝料として200万円を支払う

い 判決後の支払拒絶

夫は妻に対して判決内容の合計450万円を支払わなかった
※東京高判平成7年12月21日

3 初回の不動産と動産への強制執行申立

(元)妻は困って、夫の財産を差し押さえようと思いました。夫は相続で不動産を得ていたので、これを差し押さえようと思いましたが、登記名義が(夫の)父のままとなっていたので、差し押さえをするためには登記費用として約50万円をいったん負担する必要がありました。妻は生活保護を受けていて、そのような金銭を用意できないため、あきらめました。
一方、動産執行(差押)であれば、そのような前処理の費用はかからないので、これを行いました。もともと動産執行は売却できるような物がない、ということが多いです。この案件でも、売却の見込みがないため、妻は動産執行を取下げました。

初回の不動産と動産への強制執行申立(※1)

あ 不動産の差押

夫は相続により父から不動産を承継した
妻が差押をするためには債権者代位による相続登記が必要である
登記のために手続費用として約50万円を要する
妻は生活に困窮し生活保護を受けていた
妻は手続費用を調達できなかった
結局、妻は不動産の差押申立をすることができなかった

い 動産の差押

妻は、夫の自宅内の動産の競売の申立を行った
執行官の現地確認により、競売の見込みなしとなった
妻は動産競売の申立を取り下げた
※東京高判平成7年12月21日

4 判決から10年経過後の強制執行申立

結局、妻は判決で、夫が450万円を支払うという判決を獲得したものの、その後、夫が任意に支払うことはなく、かつ、強制執行(差押)もできない状況にありました。そのような状況のまま判決から10年が経過してしまいました。そして、夫は、消滅時効の援用をしたのです。形式的には時効は完成しているので、判決内容の450万円の請求権(債権)は消滅するはずです。

判決から10年経過後の強制執行申立

あ 強制執行の申立

妻は、夫の不動産の強制執行を申し立てた

い 審判確定からの経過年数

不動産の強制執行の申立(あ)は、判決確定から13年が経過していた

う 初回の強制執行による時効中断(否定)

初回の動産競売の(前記※1)からは10年が経過していなかった(9年半であった)
初回の動産競売による時効中断(延長)があれば、時効は完成していないことになる
しかし、動産競売は取下をしていたため、時効中断の効力はない

え 消滅時効の完成

結局、判決で定められた請求権(450万円)は、消滅以降が完成していた
そして、夫の時効援用により、請求権は消滅するはずであった
※東京高判平成7年12月21日

5 特殊事情による消滅時効の権利濫用

結論として裁判所は、消滅時効の援用は権利の濫用にあたると判断し、援用を認めませんでした。つまり、450万円の請求はまだ生きている(請求できる)と判断したのです。
権利の濫用である、と判断した理由は、最初の訴訟の判決後の経緯です。
消滅時効が完成してしまった理由を考えてみると、夫が決められた金銭を支払わないことで、妻が金銭的に困窮し、その結果、差押手続(による時効延長)ができない、という流れがあります。さらに夫は、妻による差押(時効延長)ができないような状況を意図的に作っていたといえます。
消滅時効の趣旨にはいろいろなものがありますが、いずれにしても、このケースのように、積極的・意図的に時効延長を妨害する者を保護(救済)することは想定されていません。
裁判所はこのように考えて、消滅時効の援用を許さなかったのです。

特殊事情による消滅時効の権利濫用

あ 八方塞がりの熟知

妻側には、次の事情があり、夫はその事情を熟知していた
・妻の請求を拒否すると妻子が生活に困窮する
・妻は資力がないため差押手続ができない

い 財産の執行回避行動

夫は不動産の相続登記を意図的に放置していた
夫は収入源などの財産を意図的に開示しないでいた

う 権利濫用の適用

以上の事情により、夫が消滅時効の援用を主張することは権利の濫用にあたる
消滅時効は適用しない=請求を認める
※東京高判平成7年12月21日

6 判決の権利濫用の判断部分(引用)

この判決が消滅時効援用に権利の濫用を適用した理由の要点は、以上のとおりですが、判決文の引用も示しておきます。細かい事情を詳細に評価していることが分かります。

判決の権利濫用の判断部分(引用)

右に認定した事実によれば、本判決主文第三及び第四項で支払を命じられた財産分与及び慰謝料、更に家事審判で支払を命じられた子らの扶養料は、控訴人と子供三名の生活を維持するための不可欠の金額であったのであり、被控訴人がその支払を拒絶すれば控訴人とその子らが生活に困窮し、したがって、上記裁判の執行申立ての費用を支弁することが不可能となることは明らかであった。
しかるに被控訴人は、このことを認識しながら故意に上記金額の支払を拒絶し、あまつさえ、不動産の相続登記を放置し、また他の収入源などを明らかにしないことにより、控訴人が裁判の執行申立てをすることも困難ならしめてきたものである。
他方、控訴人は、権利行使をあきらめたわけではなく、本件動産執行の申立てをしたものであって、被控訴人は、本件動産執行における執行が着手された昭和五九年六月二七日には、その現場である自宅にいて執行に立ち会っており、差押物がカラーテレビ、サイドボードの二点で評価額が四万円程度であることを認識していたのであり、さらにその競り売り期日が競り売り場所を自宅と定めて五回にわたり指定され、その通知も債務者である被控訴人に送達されているから、指定された競り売り期日に自宅に執行官が来なかったことや差押物の内容、量、価格などから、競り売りは買受人がなく成り立たないことは充分認識できたもので、控訴人が本件動産執行を止むなく取り下げた事情については認識できたはずである。
 消滅時効の制度は、本来債権の不成立や弁済による消滅に関する証拠を長期間保存する負担から債務者を開放することを主眼とする制度であって、債務の履行を免れさせること自体を目的とするものではない。
本件のように、債権者が債務者の行動に起因して生活に困窮しひいて権利行使のために要する費用を支弁することができないことから、権利の行使が遅れる場合に、そのことをとらえて債務者が時効による債権の消滅を主張することは、時効制度の予想しないところである。
まして、本件では債権者の将来における権利行使の意図を債務者として十分認識しえたのであり、そうであるなら、債務者としては将来における債権者の権利行使に備え、弁済等の証拠があればこれを保存しておき、権利行使の際にそれを裁判所に提出して債権消滅等の主張をすれば足りる。
それを時間の経過のみを主張して債権の消滅の効果を導こうとする被控訴人の時効の援用は、時効制度を濫用するものといわねばならない。
※東京高判平成7年12月21日

7 権利の濫用の判断の個別性(参考)

前述のように、この裁判例では、多くの事情を考慮した結果、権利の濫用にあたると認めました。もともと、権利の濫用がどのような場合に適用されるか、という基準は明確に決まっているわけではありません。個別的な細かい事情を評価して判断するものなのです。
詳しくはこちら|信義則(信義誠実の原則)と権利の濫用の基本的な内容と適用の区別
どうしても判断のブレが大きいことになってしまいます。実際のケースで、権利の濫用にあたるかどうかを考える際に、この裁判例は参考になりますが、判断は簡単ではないです。

本記事では、判決で定められた財産分与と慰謝料の消滅時効の援用を権利の濫用とした裁判例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与や慰謝料(離婚に伴う清算)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。