【信義則(信義誠実の原則)と権利の濫用の基本的な内容と適用の区別】

1 信義則と権利の濫用の基本的な内容

民法全体に共通するルール(総則)の中に、特殊事情により権利の行使を認めないという規定があります。
信義則(信義誠実の原則)権利の濫用に関する規定です。
本記事では、これらの規定の基本的な内容と、これらの2つの適用の区別について説明します。

2 一般的な権利の行使の自由と限界

まず、共通する大前提として、権利の行使は自由です。
この当然の前提があって、例外的な特殊事情による制限が設定されているのです。

一般的な権利の行使の自由と限界

あ 権利の行使の自由

権利の行使について
原則として、その権利者の自由な意思に委ねられている

い 権利の行使の限界

権利の行使には、一定の限界がある
→主に信義則と権利濫用がある
※民法1条2項、3項
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)総則(1)改訂版』有斐閣2002年p148、149

大雑把にいってしまえば、常識を逸脱する行動は認めないというものです。
そうは言っても、実際の解釈や適用の場面では条文の文言がベースとなります。
以下、信義則と権利濫用の条文の文言と、これを元にした基本的解釈を説明します。

3 信義則の条文規定と基本的効果

信義則の条文の規定はとてもシンプルです。
このルールの対象となるのは権利の行使と義務の履行です。
どちらも、信義・誠実に反する場合は意味がない状態となるのです。

信義則の条文規定と基本的効果

あ 条文規定

権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
※民法1条2項

い 基本的効果

ア 権利行使 権利の行使が信義誠実に反する場合
→効果が生じない
イ 義務履行 義務の履行が信義誠実に反する場合
→義務を履行したことにならない
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)総則(1)改訂版』有斐閣2002年p73

4 信義則の意味・解釈

信義則の条文には信義誠実ということしか書かれていません。
抽象的ではありますが、解釈をいくつか紹介します。

信義則の意味・解釈

あ 誠意をもった行動

社会共同生活の一員として、互に相手の信頼を裏切らないように、誠意をもって行動することである
※我妻栄著『新訂民法総則 民法講義1』岩波書店1972年p34

い 一般的な期待に沿った行動

当該の具体的事情の下において当事者が相手方に対して正当にもつであろうところの行動の期待にそうべく行動することである
※川島武宣著『民法総則 法律学全集』有斐閣1965年p50

う 一般に期待される信頼を裏切らない行動

人は当該具体的事情のもとにおいて相手方(契約その他特別関係に立つ者)から一般に期待される信頼を裏切ることのないように、誠意をもって行動すべきである、という原則である
※四宮和夫著『民法総則 第4版』弘文堂1985年p30

大雑把にいうと(不正確ですが)、一般的に期待される行動を設定し、これを義務づけたのと同じような扱いをするということです。

5 権利濫用の条文規定と基本的効果

次に、権利の濫用を規定する条文の内容と根本的な法的効果(扱い)をまとめます。
信義則と違って権利の行使だけが対象です。義務の履行は含まれません。

権利濫用の条文規定と基本的効果

あ 条文規定

権利の濫用は、これを許さない。
※民法1条3項

い 基本的な効果

権利行使が権利濫用に該当する場合
→法的効果が生じない
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)総則(1)改訂版』有斐閣2002年p150

6 権利濫用の意味・解釈

権利濫用の意味や解釈について、いくつかのものを紹介します。
ポイントの1つは、形式的には権利があるから正当だというところです。
もう1つは実質的には不当だということです。

権利濫用の意味・解釈

あ 外形と実質の乖離

外形上権利の行使のようにみえるが、具体的の場合に即してみるときは、権利の社会性に反し、権利の行使として是認することのできない行為である
※我妻栄著『新訂民法総則 民法講義1』岩波書店1972年p35

い 抽象/具体的内容の乖離

人の行為ないし要態が、抽象的には、法律に規定される権利内容の範囲内に属してはいるが、現実の具体的な諸条件に即してみるときには、権利の行使として是認するわけにはいかない場合、をさす
※幾代通著『民法総則 第2版』青林書院1984年p16

う 正当な範囲の逸脱

権利が社会観念上正当とされる範囲を逸脱して行使される場合
※石田喜久夫編『民法総則』法律文化社1985年p18

7 権利濫用に該当する行為の分類

実際に権利の行使が不当かどうかは一律の基準を作ることはできません。
ここでは、基準ではなく、多くの事例の分類をまとめます。

権利濫用に該当する行為の分類

あ 目的・意図

第三者に対する加害の目的をもってor不当な利益を得る意図でなす権利の行使

い 利害のアンバランス

権利者の得る利益に比較することができないほどの著しい損失が相手方に生じるような権利の行使

う 手段・経緯の不当性

不誠実な手段・経緯により取得・帰属する権利の行使

え 権利者の矛盾行動

自己の以前の行為に矛盾・抵触する権利の行使
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)総則(1)改訂版』有斐閣2002年p150

8 信義則と権利濫用の分類の傾向

信義則と権利濫用は、権利の行使について適用する際には、どちらを適用するかという理論的な問題があります。
この区別についてはいろいろな見解があります。
ここでは、判例での分類の傾向をまとめます。

信義則と権利濫用の分類の傾向

あ 信義則の適用

ア 履行に関連した当事者のふるまいイ 当事者間での解除権の行使ウ 消滅時効の援用

い 権利濫用の適用

ア 所有権の行使イ 物的担保権の行使ウ 親子・夫婦間における権利行使 学説では信義則の適用に分類されている

う 両方の適用(例外)

信義則・権利濫用の両方を重ねて適用した裁判例がある
ア 損害賠償請求権の行使イ 無断転貸による解除権の行使ウ 消滅時効の援用 ※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)総則(1)改訂版』有斐閣2002年p85、149

9 信義則と権利濫用の区別の曖昧さと実益

信義則と権利濫用の適用は、理論的にはっきりと区別できません。
また、区別しても実際の適用において違いが出るわけではありません。
実務では区別する実益はありません。

信義則と権利濫用の区別の曖昧さと実益

あ 区別の実情

多くの裁判例において
信義則と権利濫用の適用を厳密に区別していない

い 区別の実益

要件・効果として違いは生じない
→厳密な区別の実益はない(必要でない)
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)総則(1)改訂版』有斐閣2002年p149

10 関連テーマ

(1)権利濫用の起源となった宇奈月温泉事件

ところで、権利の濫用は、もともと民法の条文にはありませんでした。
当時は、形式的に権利がある場合に、その行使を否定しようとしても根拠条文がないという状態でした。
大審院(現在の最高裁)は、困って根拠条文がないのに権利の濫用として権利の行使を否定したのです。
この宇奈月温泉(木管)事件については、別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|温泉地役権と土地所有権の権利濫用(宇奈月温泉事件)

(2)事情変更の原則(事情変更の法理)

信義則が元になって作られた理論として、事情変更の原則があります。想定外の事情が生じたため、原則どおりに契約の拘束力を認めることが信義則に反するという理由で、契約内容の変更や契約の解除を認める理論です。
詳しくはこちら|事情変更の原則(契約後の想定外の事情による変更・解除)

本記事では、信義則と権利の濫用の基本的な内容について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に信義則や権利の濫用が問題となる、つまり想定外の異常事態が発生したようなケースに関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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