1 夫婦の一方との性交渉が不法行為になる理論と破綻後の責任否定(平成8年判例)
2 平成8年判例以前の判例
3 平成8年判例の判決文引用
4 平成8年判例が採用した不法行為の構造
5 「不貞」との不法行為の関係(参考)
6 「破綻」の判定の困難性(概要)

1 夫婦の一方との性交渉が不法行為になる理論と破綻後の責任否定(平成8年判例)

原則として、夫婦の一方と性交渉を持った者(不貞相手)には、不法行為責任(慰謝料)が認められます。これについて、どのような範囲で認められるか、どのような理論で認められるのかという問題があり、いろいろな見解があります。
詳しくはこちら|不倫の責任に関する見解は分かれている(4つの学説と判例や実務の傾向)
これについて、平成8年判例が統一的判断を示し、また、婚姻関係破綻後の性交渉については不法行為責任は発生しないという判断も示しました。
本記事ではこの平成8年判例の内容を説明します。この理論(解釈)は、いろいろな場面での法解釈の中で使えることがあります。

2 平成8年判例以前の判例

不貞相手の責任(慰謝料)を認めることは、以前から判例が一貫して採用している理論です。その意味で、平成8年判例はそれ以前の判例と変わりません。被侵害利益(何に対してダメージを与えたか)については、以前の判例は、配偶者としての権利としていたのに対して、平成8年判例は婚姻共同生活の平和の維持(後述)というように変わっています。ただし本質的に違う理論に変更された、というわけではありません。

平成8年判例以前の判例

不貞行為により、他方の配偶者の(夫又は)妻としての権利が侵害される
不法行為による損害賠償責任が発生する
※最判昭和34年11月26日
※最判昭和41年4月1日
※最判昭和54年3月30日

3 平成8年判例の判決文引用

平成8年判例の結論部分は、婚姻関係破綻後の性交渉が不法行為にならないというものです。この説明(理由)の部分で、逆に、婚姻関係破綻に不法行為になる理由を示しています。最初にこの判例の内容を押さえておきます。

平成8年判例の判決文引用

甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。
けだし、丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となる(後記判例参照)のは、それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである。
※最判平成8年3月26日

4 平成8年判例が採用した不法行為の構造

夫婦の一方との性交渉が不法行為になる理由について、平成8年判例が採用した理論は、婚姻共同生活の平和を侵害するという理論です。
貞操義務違反に加担する(債権侵害)という理論は採用しませんでした。

平成8年判例が採用した不法行為の構造

あ 貞操義務との関係の否定

・・・本判決(最判平成8年3月26日)は、その理由として、「丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となるのは、それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである。」と述べているのであって、・・・夫婦間の貞操義務の消滅時期と直接関連付けた理由付けをしてはいない。

い 婚姻生活の破壊という捉え方

右の理由説示からすると、本判決は、・・・不法行為の被侵害権利(利益)の中身を、「夫婦としての実体を有する婚姻共同生活の平和の維持」ととらえ、第三者が婚姻共同生活に介入して、これを破壊に導くような違法行為について不法行為の成立を認めるべきであるとの立場に立っているものと理解することができる。

う 特徴

ここで特徴的な点は、第三者が配偶者の一方と肉体関係を持つという行為を、単に、夫婦の一方の他方に対する貞操義務(守操義務)違反に加担する行為という範疇でとらえるのではなく、第三者が婚姻共同生活に介入して、破壊に導くような行為の一つであって、違法の評価を受けるものの典型としてとらえていることである。

え 被侵害利益の特定

すなわち、不法行為の被侵害権利(利益)という観点からこれをみると、第三者の債権侵害としてではなく、対外的に主張し得る(いわば人格権的)権利(利益)に対する侵害としてとらえているものと考えてよい。

お 破綻との関係

そして、不法行為の被侵害権利(利益)というコンテクストにおいて、法的な保護に値するのが実体を有する婚姻共同生活の平和の維持(安定と存続)であることに着目すると、いわゆる事実上の離婚の状態に至っている婚姻関係はもとより、離婚の合意は成立していなくても、既に破綻してしまっている婚姻関係も法的な保護に値する権利(利益)ということができないというのが本判決の採る基本的立場であるということができよう。
※田中豊稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p246

5 「不貞」との不法行為の関係(参考)

ところで日常的な会話では、「不貞行為(不倫)の慰謝料を請求する(される)」というような言い方をします。この発展型として、「夫婦が破綻した後なので不貞ではない、だから慰謝料は請求できない」というような言い方もされます。
しかし、「不貞」というのは法律上は離婚原因(の1つ)であって、慰謝料(不法行為)の要件ではありません。仮に不法行為の理論が貞操義務違反であれば、「破綻後は貞操義務がない→貞操義務違反ではない→不法行為は成り立たない」と言えるでしょう。しかし貞操義務違反という理論は平成8年判例で否定されています。結局、夫婦の一方との性交渉による不法行為(慰謝料)に関して「不貞」という用語が出てくるのは理論的には間違っているのです。

「不貞」と不法行為の関係(参考)

「不貞」とは、離婚原因の1つである
詳しくはこちら|不貞行為は離婚原因|基本|破綻後の貞操義務・裁量棄却・典型的証拠
「(離婚原因としての)不貞(行為)」に該当するかどうかは、不法行為責任(の成否)とは関係がない

6 「破綻」の判定の困難性(概要)

平成8年判例は、前述のように不法行為の理論を示したのは、破綻後(の性交渉)であれば不法行為にならないというメイン部分を導くための前処理といえます。
このメイン部分(破綻後は不法行為にはならない)はある意味単純で常識的な内容なのですが、実際のケースで、性交渉の時に破綻していたかどうかをはっきりと判断できないことがとても多いです。この「破綻」の意味や判断については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|婚姻関係の「破綻」の基本的な意味と判断基準

本記事では、平成8年判例が示した、夫婦の一方との性交渉が不法行為になる理論と、破綻後であれば不法行為にならないという判断を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に夫婦の一方との性交渉に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。