【不倫を言いふらす行為の刑事責任(名誉毀損罪・侮辱罪・脅迫罪)】
1 不倫を言いふらす行為の刑事責任(名誉毀損罪・侮辱罪・脅迫罪)
不倫関係を周囲に言いふらすという行為は、単なる噂話や悪口の域を超え、刑法上の責任が問われる可能性があります。本記事では、他人の不倫関係を公表することによって生じる可能性のある刑事責任について解説します。
なお、職場で不倫をいいふらしたケースについて、民事的な責任や会社による懲戒処分を含めた全般的な法的責任を、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|職場での私生活暴露に対する法的責任(不倫をいいふらされた場合の対応策)
2 不倫言いふらしケースの事例
「不倫」と一言でいっても、法律用語としては「不貞行為」という表現が用いられます。この「不貞行為」は主に離婚原因として論じられますが、本記事では一般的な「不倫」という表現で統一して説明します。
具体的な事例として、次のような状況を想定してみましょう。
AさんとBさん、Cさんは同じ職場で働く同僚です。ある日、AさんはBさんとCさんが不倫関係にあることを知りました。Bさんには配偶者がいます。Aさんは不倫を許せないという気持ちから、この事実を職場の同僚や上司に言いふらしました。
このような場合、Aさんには刑事責任が生じる可能性があります。
不倫の事実を知った人が、正義感から行動したとしても、法的には問題が生じうるのです。このようなケースは実社会でも珍しくなく、恋愛関係の複雑さから思わぬトラブルに発展することがあります。
3 不倫の公表に関する刑事責任の全体像
不倫を公表したことによって生じる可能性のある刑事責任は、大きく分けて以下の二つに分類できます。
(1)言いふらす行為に関する罪
「不倫している」という事実を他人に伝えることで、名誉毀損罪(刑法230条)や侮辱罪(刑法231条)に該当する可能性があります。名誉毀損罪の法定刑は3年以下の懲役若しくは禁錮または50万円以下の罰金、侮辱罪は令和4年の法改正により1年以下の懲役若しくは禁錮または30万円以下の罰金となっています。
(2)公表の予告行為に関する罪
「不倫の事実を周囲に言いふらすぞ」などと脅すことで、脅迫罪(刑法222条)に該当する可能性があります。脅迫罪の法定刑は2年以下の懲役または30万円以下の罰金です。
これらの罪は、言葉による行為であっても成立する可能性があり、実際に多くの判例があります。以下では、それぞれの罪について詳しく見ていきましょう。
4 不倫の公表による名誉毀損罪と侮辱罪
不倫の事実を公表すると、当事者の社会的評価が低下し、名誉毀損罪または侮辱罪が成立する可能性があります。
(1)名誉毀損罪と侮辱罪の区別
この二つの罪は「事実の摘示」があるかどうかで区別されます。「BさんとCさんは不倫関係にある」というように具体的な事実を指摘する場合は名誉毀損罪、「Bさんは浮気性だ」というように抽象的な人格評価にとどまる場合は侮辱罪となります。
(2)名誉毀損罪の成立要件
名誉毀損罪が成立するためには、①公然と、②事実を摘示し、③人の名誉を毀損することが必要です。「公然と」とは、不特定または多数の人が認識できる状態を指します。職場の休憩室での発言や、SNSへの投稿なども「公然性」があると判断される可能性があります。
(3)具体的な事例
例えば、「BさんとCさんは先週ホテルに入るところを見た」と職場で言いふらした場合、名誉毀損罪が成立する可能性があります。一方、「Bさんはだらしない人だ」と言った場合には侮辱罪の問題となります。
(4)侮辱罪の厳罰化(参考)
なお、令和4年7月に施行された改正刑法では、侮辱罪の法定刑が「拘留または科料」から「1年以下の懲役若しくは禁錮または30万円以下の罰金」に引き上げられました。これにより、言葉による人格攻撃に対する罰則が厳格化されています。
詳しくはこちら|違法な表現行為の刑事責任(名誉毀損罪・侮辱罪・信用毀損罪)
5 不倫の公表の予告による脅迫罪
不倫の事実を公表すると予告する行為自体が、脅迫罪に該当する可能性があります。
(1)脅迫罪の成立要件
脅迫罪は、生命、身体、自由、名誉、財産に対する害悪を告知して人を脅迫することで成立します。「不倫の事実を周囲に言いふらすぞ」という予告は、名誉に対する害悪の告知に当たる可能性があります。
(2)具体的な判例
大審院(最高裁判所の前身)昭和5年7月11日の判例では、「妻の不倫を公表する」と夫に予告した行為について、「夫の親族への害悪の告知」にあたるとして脅迫罪の成立を認めています。
(3)恐喝罪・強要罪へのステップアップ
さらに、「不倫を言いふらさないでほしければお金を払え」などと要求すれば恐喝罪(刑法249条)、「不倫を言いふらさないでほしければこの書類にサインしろ」などと要求すれば強要罪(刑法223条)が成立する可能性があります。恐喝罪の法定刑は10年以下の懲役、強要罪は3年以下の懲役です。
これらの罪は単なる脅迫よりも重い犯罪とされており、実刑判決が出されるケースも少なくありません。
詳しくはこちら|脅迫罪・恐喝罪・強要罪の基本的事項と違い
6 正義感と名誉毀損・侮辱罪の成否
不倫をした人の配偶者など「被害者」が不倫事実を公表した場合でも、刑法上は原則として違いはありません。「不倫が許せない」という正義感から行動したとしても、犯罪の成立を妨げる「違法性阻却事由」には該当しないのです。
(1)違法性阻却事由とは
犯罪の構成要件に該当する行為であっても、以下のような「違法性阻却事由」がある場合には犯罪は成立しません。
①正当業務行為(刑法35条):法令による行為や正当な業務による行為
②正当防衛(刑法36条):自己または他人の権利を侵害する行為から防衛するための行為
③緊急避難(刑法37条):現在の危難を避けるための行為
(2)不倫公表と違法性阻却事由の関係
「不倫が許せない」という正義感に基づく公表行為は、以下の理由から違法性阻却事由には該当しません。
①正当業務行為:不倫を公表することは法令や正当な業務による行為ではありません。
②正当防衛:不倫自体は継続中かもしれませんが、公表行為が「防衛」に該当するとは言えません。
③緊急避難:不倫によって生命、身体、財産等への「現在の危難」が生じているとは言えません。
このように、たとえ不倫をされた「被害者」であっても、不倫の事実を公表することで相手の名誉を毀損した場合には、原則として刑事責任を免れることはできないのです。
7 公的な人物と名誉毀損罪
不倫関係の当事者が公的な人物(政治家や著名人など)である場合、一般人とは異なる扱いがなされることがあります。
(1)公共の利害に関する特例
刑法230条の2では、公共の利害に関する事実を公表し、その目的が専ら公益を図るものであった場合、真実であることの証明があれば名誉毀損罪は成立しないとされています。
(2)具体的な判断基準
最大判昭和44年6月25日では、公人の政治的行為に関する批判的言論の場合には、より広い範囲で表現の自由が保障されると判示されています。
ただし、一般市民の私生活上の出来事については、たとえ公人であっても、公共の利害に関するとは言えない場合が多いでしょう。政治家の不倫であっても、それが政治資金の流用や職務上の地位利用を伴わない限り、単に「公人だから」という理由だけで公表が正当化されるわけではありません。
詳しくはこちら|名誉毀損罪(構成要件と公共の利害に関する特例)
8 よくある質問(Q&A)
(1)不倫の事実を家族だけに伝えた場合も罪に問われますか?
家族など特定少数の人にのみ伝えた場合、名誉毀損罪や侮辱罪の要件である「公然性」を欠く可能性が高いです。ただし、その家族から不特定多数に広まることが予想される状況では、「公然性」があると判断される場合もあります。
(2)SNSでの投稿は「公然性」があるとみなされますか?
SNSでの投稿は基本的に「公然性」があると判断されます。非公開アカウントであっても、フォロワーが多数いる場合や、スクリーンショットなどで拡散される可能性がある場合には「公然性」が認められる可能性があります。
(3)不倫の証拠(写真など)を公開するとどうなりますか?
写真などの証拠を公開する行為は、名誉毀損罪に加えて、プライバシー侵害やポルノ画像公開(いわゆるリベンジポルノ)など、別の犯罪に該当する可能性もあります。特に性的な画像の公開は重い刑事責任を問われる可能性があります。
(4)真実を伝えただけなのに罪になるのはなぜですか?
名誉毀損罪は基本的に「真実であっても」成立します。ただし、公共の利害に関する事実で、公益目的で公表し、真実であることが証明できれば、例外的に罪が成立しません(刑法230条の2)。不倫という私的な事実については、この例外が適用されにくいのが現状です。
9 まとめ
本記事では、不倫を言いふらす行為によって生じる可能性のある刑事責任について解説しました。主な内容としては以下の点が重要です。
(ア)不倫の事実を公表する行為は、名誉毀損罪や侮辱罪に該当する可能性があること(イ)不倫を公表すると脅す行為は、脅迫罪に該当する可能性があること(ウ)金銭などを要求すると恐喝罪や強要罪に発展する可能性があること(エ)たとえ「不倫が許せない」という正義感からの行動であっても、刑事責任は免れないこと(オ)公的人物であっても、単なる私生活上の不倫については、公表が正当化されにくいこと
不倫の事実を知った際には、怒りや悲しみから相手を貶めたい気持ちになることもあるでしょう。しかし、安易に公表することで、逆に自分が刑事責任を問われる可能性があることを理解しておく必要があります。
本記事では、不倫を言いふらす行為の刑事責任について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に不倫(不貞)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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