1 『悪魔』くん事件(総論)
2 『悪魔』を推した父の語る理由
3 『悪魔』命名に関する家族の意見
4 『悪魔』の命名権と出生届の拒否の関係
5 『悪魔』の出生届受理後の抹消の有効性
6 『悪魔』くん事件の裁判所の判断のポイント
7 『悪魔』くん事件の抗告審と裁判外の動き
8 『悪魔』くん事件の裁判の終了

1 『悪魔』くん事件(総論)

命名については,人名用漢字など,文字に関する法律上の規制があります。
詳しくはこちら|名の常用平易性(使用可能文字)の基本
とはいっても,文字さえ法律の制限の範囲内ならなんでも良いということではありません。
名前としての不適切であるという判断で命名ができないということもあります。
このようなケースでとても有名なものに『悪魔くん事件』があります。
裁判所が『命名拒否』の有効性を判断しました。
マスコミでも大きく取り上げられたケースです。
本記事では,悪魔くん事件について説明します。

2 『悪魔』を推した父の語る理由

『悪魔』という命名の発案をしたお父さんには考えがあったのです。
まずは,父の想い・命名の経緯をまとめます。

<『悪魔』を推した父の語る理由>

あ 父

都立○○高校を卒業
ダンプカーの運転手等として会社勤務
その後,テレホンクラブを業とする会社の常務取締役となる
当時は需要が大きく,業績は順調であった
父の給与支給額は600万円に達していた
『悪魔』くんが出生した
命名騒動の事態の推移が気掛かり→ソワソワ→職務に専念できない→退職した

い 父の『悪魔』推し

長男はこの命名により,人に注目され刺激を受ける
刺激をバネに向上が図られる
つまり『悪魔』命名は,マイナスになるかも知れないが,チャンスになるかもしれない
実際に,変わったネーミングが効果を発揮したちょっと良い話しがある

う 父が語る『ちょっと良い話し』の内容

父は結婚披露宴の座席表を作成するに際し工夫を練った
『番長・アイドル・特攻隊長』などのニックネーム(交遊上の名称)を記載した
式場職員は反対したが父は押し切った
すると結果は・・・友人たちに大好評!
それでおもしろい名前にポジティブな感覚を持った
※東京家裁八王子支部平成6年1月31日;悪魔くん事件(未確定)

3 『悪魔』命名に関する家族の意見

裁判所の審理では,父以外の家族の意見も考慮しています。
父以外の家族についての『悪魔』の命名に対する意見をまとめます。

<『悪魔』命名に関する家族の意見>

あ 母の意見

初めは『悪魔』命名に反対であった
しかし父(夫)は『悪魔』を推し続けた
そこで『悪魔命名』が『父(夫)の勤労意欲を高める意味もある』と考えた
『悪魔』命名に賛成するに至った

い 『悪魔』に強く反対した者

ア 父方の祖母
イ 母方の祖父
ウ 母方の祖母(母の継母)
※東京家裁八王子支部平成6年1月31日;悪魔くん事件(未確定)

4 『悪魔』の命名権と出生届の拒否の関係

実際に『悪魔』の名を記載した出生届について,役所は実質的に拒否しています。
これに関して,父母には親権の一環として命名する権利があります。
詳しくはこちら|命名権の基本(共同親権・濫用(出生届拒否)・命名の確定時期)
そうすると,そもそも役所は出生届(命名)の受理を拒否できるかどうかという疑問が生じます。
これについて,裁判所は,命名権の濫用として役所が出生届の受理を拒否することができると判断しました。
詳しくはこちら|命名権濫用(非常識な命名)と出生届不受理と名の変更

<『悪魔』の命名権と出生届の拒否の関係>

あ バネ理論を一蹴

『刺激(プレッシャ)をプラスに跳ね返す』について
世間で通常求められる以上の並々ならぬ気力が必要である
長男にはそれが備わっている保証は何もない
父自身が,『悪魔』命名騒動の刺激を跳ね返せず,勤務先を退職しているではないか

い ネガティブ要素の考慮

父の意図とは逆に,苛めの対象となる
→長男の社会不適応を引き起こす可能性も十分ある

う 結論

命名権の濫用である
=出生届の受理の拒否は適法である
※東京家裁八王子支部平成6年1月31日;悪魔くん事件(未確定)

このように『悪魔』という命名は常識に反するから『拒否は有効』という結論です。
しかし,さらに別の検討事項が残っていました。

5 『悪魔』の出生届受理後の抹消の有効性

悪魔くん事件では,実際には役所がいったん出生届を受理していたのです。
つまり,戸籍に『悪魔』と記載していたのです。
役所はその後すぐに『抹消』しました。
この具体的なプロセスのために,法律的な扱いは大きく違う方向性になりました。

<『悪魔』の出生届受理後の抹消の有効性>

あ 市長による出生届受付・受理

『悪魔』命名の出生届の提出
→市長はそのまま受け付けた+受理した

い 受理後の『抹消』

市としては受理後に法務局と協議した
最終的に『受理すべきではない』と判断した
そこで『悪魔』を抹消した

う 裁判所の判断|戸籍の訂正の権限

受理後は一方的に『撤回・抹消』する制度がない
『戸籍の訂正』は『利害関係人』が『家裁の許可』を得て行う方法だけしかない
※戸籍法113条

え 裁判所の判断|『悪魔』抹消について

戸籍法に基づかない抹消→違法・無効
『悪魔』を復活させるべきである
※東京家裁八王子支部平成6年1月31日;悪魔くん事件(未確定)

6 『悪魔』くん事件の裁判所の判断のポイント

ここまでの裁判所の判断は,一見矛盾しているように思えるものです。
ちょっと分かりにくいところがあるのです。
裁判所の判断のうち重要な部分だけをまとめます。

<『悪魔』くん事件の裁判所の判断のポイント>

あ 受理の拒否

『悪魔』の名を記載した出生届の提出に対して
→受理を拒否すべきであった

い 誤った受理の後の撤回(抹消)

(誤って)『受理した』後においては
→役所は撤回(抹消)できない
※東京家裁八王子支部平成6年1月31日;悪魔くん事件(未確定)

その後,結論としては負けた市が即時抗告を申し立てます。
闘いは抗告審に移ります。

7 『悪魔』くん事件の抗告審と裁判外の動き

抗告審に移ったころはマス・コミュニケーションで話題が広がっていました。
当時はインターネッツがない時代でした。
つまり,マスメディアが社会的規模の情報流通を独占していたのです。
このことも情報拡散を加速しました。
お父さんが周囲から受ける『プレッシャー』が強まっていきました。
お父さんは別の名を命名することにしたのです。

<『悪魔』くん事件の裁判外の動き(※1)>

あ 父の『悪魔』命名の断念

父は『悪魔』以外の名を検討し始めた
主な候補は2つ(い・う)であった

い 別案1『阿久魔』(あくま)

読みは『悪魔』と同一である
→市長は反対の見解を伝えた

う 別案2『亜駆』(あく)

『悪』と同一の読みであった
しかし『悪魔』と完全に同一の読みではなくなった
→市長は反対しなかった
父は正式に補正届を提出した
→市長は受理した
=戸籍に記載された

8 『悪魔』くん事件の裁判の終了

肝心の命名は,結局別名に決まったので,この裁判を続ける意味がない状態になりました。
そこで,悪魔くん事件の裁判としては,2審である即時抗告審において,申立の取下により終了しました。

<『悪魔』くん事件の裁判の終了>

あ 役所側の抗告

1審決定に対して
役所側が即時抗告を申し立てた(前記)

い 別名による命名

父は『亜駆』の命名による出生届の補正届を提出した(前記※1)

う 父による申立の取下

父は家事審判の申立を取り下げた
→即時抗告審は終了した
外部サイト|京都大学准教授安岡孝一氏|人名用漢字の新字旧字

このようなわけで公的判断=判例としては,上記の東京家裁八王子支部が『最終判断』として語り継がれるようになったのです。