【命名権濫用(非常識な命名)と出生届不受理と名の変更】

1 命名権濫用による出生届の不受理
2 命名権濫用の基準と具体例
3 父の元カノの名前の命名→変更許可(事案)
4 父の元カノの名前の命名→変更許可(判断)
5 母と同名を長女に命名(妻溺愛事件;濫用肯定)
6 『悪魔』命名(悪魔くん事件;濫用肯定;概要)
7 命名権濫用の判断が分かれる具体例(思考実験)

1 命名権濫用による出生届の不受理

出生児の命名は親権の内容の1つです。
詳しくはこちら|命名権の基本(共同親権・名の確定時期=撤回・不受理の期限)
とはいっても,親権者は制限なく自由に名前を付けられるわけではありません。
人名用漢字の制限は当然あります。
これとは別に,実質的に非常識な名の出生届は役所が拒否します。
出生届を拒否する法的な理由は,命名権の濫用です。

<命名権濫用による出生届の不受理>

あ 法的根拠

親権(命名権)の濫用(後記※1)に当たる場合
→戸籍事務管掌者が出生届の受理を拒否できる
※民法1条3項

い 『戸籍事務管掌者』=市町村長

政府(法務省)から市町村が委任されている
※東京家裁八王子支部平成6年1月31日;悪魔くん事件(未確定)
詳しくはこちら|悪魔くん事件(命名権の濫用・出生届受理の拒否)

2 命名権濫用の基準と具体例

父母の命名権が濫用である場合には,役所は出生届の受理を拒否できます。
命名権の濫用の判断基準は,要するに常識を大きく逸脱しているというものです。
裁判例が示す基準と具体例をまとめます。

<命名権濫用の基準と具体例(※1)

あ 命名権の概要

社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき
一般の常識から著しく逸脱しているとき
名の持つ本来の機能を著しく損なうような場合
※民法1条3項
※東京家裁八王子支部平成6年1月31日;悪魔くん事件(未確定)

い 命名権濫用の具体例

ア 難解イ 卑猥(ひわい)ウ 使用の著しい不便エ 特定(識別)の困難 ※名古屋高裁昭和38年11月9日

3 父の元カノの名前の命名→変更許可(事案)

感情的に許せない命名として,名の変更が許可された裁判例を紹介します。
父が(母以外の)元交際相手の名を子につけたという内容です。
まずは事案の内容を整理します。

<父の元カノの名前の命名→変更許可(事案)>

あ 出生時の命名

長女が誕生した
父が推奨した『文子』という命名をした
その後『文子』というのは父の以前の恋人と同一の名であることが発覚した
当然命名した当時は,母はこの事情をまったく知らなかった

い 発覚経緯・オフライン恋文時代

父が,元恋人と偶然スキー場で再会した
焼けぼっくい再燃焼が発現した
父が元恋人に宛てて『恋文』を書いた
その時,推敲を重ねた
草稿を自宅ゴミ箱に捨てた

う 母驚愕の草稿内容

『現在結婚しているのを後悔し,妻や子供がいなかったら二人でどこかへ行ってしまいたい。文子さんの為なら命も惜しくない・・・』
(命名に含まれる『文』と発覚経緯の『恋文』が重複する→皮肉→母の受けるダメージは大きい)
※前橋家裁沼田支部昭和37年5月25日

4 父の元カノの名前の命名→変更許可(判断)

前記事案についての裁判所の判断をまとめます。
結論として名の変更を許可しました。
裁判所は明確に『命名権の濫用』と指摘しているわけではありません。
ただ,命名の背景事情を理由にして命名が不適切であったと判断しています。
濫用と同種の判断だといえるでしょう。

<父の元カノの名前の命名→変更許可(判断)>

あ 現実的な影響の判断

通常であれば『文子』の名称や文字を避けるはずである
この名前を維持させることは,長女自身にとっても穏当ではない
両親にも不愉快な感情をかもしたり,家庭の円満や平和を脅やかす要因となる
家庭生活の破壊を来しかねない
長女自身の幸福を阻害する
→その生活基盤をあやうくする可能性をもはらんでいる
『文子』の命名自体が一種の錯誤と言える

い 裁判所の判断

『勝美』への変更を許可した
(元恋人に負けない・勝つという気持ちが込められているかもしれない)
※前橋家裁沼田支部昭和37年5月25日

5 母と同名を長女に命名(妻溺愛事件;濫用肯定)

名前自体はありふれたものであり問題ではありませんでした。
ただ,母と子が同じ文字の名前だったのです。
ある意味,前記の元カノ命名事件の逆といえるような事案です。
裁判所は,命名権の濫用であると判断しました。

<母と同名を長女に命名(妻溺愛事件;濫用肯定)>

あ 希望した命名

母の名=『伸子』(のぶこ)
長女の命名=『伸子』(しんこ)

い 裁判所の判断

『伸子』と『伸子』とはまぎらわしい名である
同一戸籍内の2人の『伸子』を識別・特定することは困難である
戸籍に『ふりがな』は付けられない
手書きで加えた例があるが違法である・非公式である
→命名権の濫用である
=命名は違法である
※名古屋高裁昭和38年11月9日

おじいちゃん・おばあちゃんその他の祖先と同じ名前,というのはありがちな発想です。
また,実際にそのような命名をして想いを託すケースは実際にあります。
しかし『親子』は近すぎる,という結論でした。
『その発想はなかったよ』というような判決(決定)です。

6 『悪魔』命名(悪魔くん事件;濫用肯定;概要)

有名な悪魔くん事件では,『悪魔』という命名の適法性が審査されました。
純粋にネーミングの内容として常識を逸脱していると判断されました。

<『悪魔』命名(悪魔くん事件;濫用肯定;概要)>

男児に『悪魔』の命名をする出生届について
→命名権の濫用である
=役所による出生届の受理の拒否は適法である
※東京家裁八王子支部平成6年1月31日;悪魔くん事件(未確定)
詳しくはこちら|悪魔くん事件(命名権の濫用・出生届受理の拒否)

7 命名権濫用の判断が分かれる具体例(思考実験)

命名権の濫用について判断された裁判例は多くありません。
そこで,濫用であるかどうかについて,どちらの判断もありそうな名前があります。
実際に出生届が拒否されるかどうか,また,裁判所が濫用と判断するかどうかについては,やってみないと分からないといえます。

<命名権濫用の判断が分かれる具体例(思考実験)>

あ 『小悪魔』

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い 『魔女』
う 『美魔女』
え 『悪魔くん』

『くん』まで名前に入れてみる
→強いインパクトを緩和してみるアイデア

お 『怪物くん』

藤子不二雄氏作のコミック
かわいらしいイメージがある
アイドルグループ『嵐』による実写版のイメージも重なる

か 『妖怪人間』
き 『妖怪人間ベム』

レガシーコミックに起源を持つ
また漫才トリオというケースもあった
→ダウンタウン松本氏・今田耕司氏・You氏
かわいらしい・コミカルなイメージもある

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