最判平成22年10月14日|当事者が主張しない信義則違反での判断→釈明権の不行使は違法
1 最判平成22年10月14日|当事者が主張しない信義則違反での判断→釈明権の不行使は違法
民事裁判では、当事者が主張していない事実を裁判所が判決の基礎にすることはできません。では、当事者のどちらも持ち出していない法律構成で裁判所が判断してよいのでしょうか。
本記事では、当事者双方が主張していない信義則違反の点で原審が判断したことを、最高裁が釈明権の行使を怠った違法としてどう述べたかを、判決文にそくして説明します。
一般条項に弁論主義がどこまで及ぶかという論点そのものは、別の記事で説明しています。
信義則・権利濫用・公序良俗と弁論主義|主張なしでも判断可→釈明は必要
2 結論——当事者が主張しない法律構成で判断するなら釈明権の行使が必要
この判決から取り出せる規範をまとめます。いずれも後述の各節で判決文を挙げて説明します。
判決が明示した規範
(ア)当事者双方が主張していない法律構成で判断するなら、釈明権を行使して主張するか否かを明らかにするよう促し、相手方に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断すべきである(イ)従前の訴訟の経過から予測が困難な法律構成を採るのであれば、なおさら反論及び反証の機会を与えた上で判断すべきである(ウ)その措置をとらずに判断すれば、釈明権の行使を怠った違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反となる(エ)間接事実としては主張されていても、信義則違反という法律構成としての主張があったことにはならない
3 事案——定年規程65歳・運用は70歳超・理事の「80歳まで可能」の説明
学校法人の教育職員の定年をめぐる事件です。定年規程は満65歳と定めていましたが、現実には70歳を超えて勤務する職員も相当数いました。この実態を踏まえ、法人の理事の1人が採用前の職員に対し、定年は実質はなきに等しく80歳くらいまで勤務できるという趣旨の話をしました。
その職員は満65歳で定年により職を解く旨の辞令を受け、法人との間で定年を80歳とする合意があったと主張して、雇用契約上の地位の確認と賃金等の支払を求めました。
事案の認定
(3) 上告人には、教育職員の定年を満65歳とし、職員は定年に達した日の属する学年末に退職する旨を定めた定年規程があったが、現実には70歳を超えて勤務する教育職員も相当数存在していた。このような実態を踏まえ、上告人の理事の1人は、昭和61年5月、被上告人に対し、定年規程はあるが、定年は実質はなきに等しく、80歳くらいまで勤務することは可能であるとの趣旨の話をした。そのため、被上告人は、80歳くらいまで本件大学に勤務することが可能であると認識していた。
※最高裁判所 2010-10-14 裁判集民 235号1頁/裁時 1517号2頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1337号105頁/判時 2098号55頁
4 第1審と原審——争点は定年80歳の合意の存否→原審は信義則で賃金請求を一部認容
第1審は、争点を合意の存否と確認したうえで本人尋問と証人尋問を行い、合意があったとは認められないとして請求を棄却しました。
原審は、地位確認請求は棄却しましたが、賃金請求については別の筋道で一部を認容しました。法人には定年退職の1年前までに定年規程を厳格に適用する旨を告知すべき信義則上の義務があった、したがって告知の時から1年を経過するまでは賃金支払義務との関係で定年退職の効果を主張できない、という組み立てです。
原審の判断
3 原審は、本件合意があったとは認められないとして地位確認請求を棄却したが、賃金請求については、要旨次のとおり判断して、その一部を認容した。
(1) 上告人は、それまで事実上70歳定年制の運用をし、被上告人を含む教育職員は、長年、その運用を前提として人生設計を立て、生活してきたのであるから、上告人がその運用を改め、本来の定年規程に沿った運用をするのであれば、相当の期間を置いてその旨を教育職員に周知させる必要があった。特に、上告人は、被上告人を雇用するに際して、被上告人に対し、定年は実質はなきに等しく、80歳くらいまで勤務することが可能であるとの認識を抱かせていたのであるから、上告人には、少なくとも、定年退職の1年前までに、被上告人に対し、定年規程を厳格に適用し、かつ、再雇用をしない旨を告知すべき信義則上の義務があったというべきである。
(2) 以上の事情にかんがみると、上告人は、被上告人に対し、定年規程による満65歳の退職時期の到来後も、具体的な告知の時から1年を経過するまでは、賃金支払義務との関係では、信義則上、定年退職の効果を主張することができないというべきである。そうすると、被上告人の賃金請求のうち、被上告人が満65歳の定年退職を告知された平成18年9月中(同月中のいつであるか不明であるので末日とするのが相当である。)から1年後である同19年9月末日までの賃金請求を認容すべきである。
※最高裁判所 2010-10-14 裁判集民 235号1頁/裁時 1517号2頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1337号105頁/判時 2098号55頁
5 判示|当事者が主張しない信義則違反での判断→釈明権の行使を怠った違法
最高裁は原審の判断を是認できないとし、理由を3段に分けて述べました。主張の有無と訴訟の経過を確認し、とるべき措置を示し、それを欠いたことの評価を下す、という順です。
(1)信義則違反は双方とも主張せず・控訴理由も答弁も合意の存否のみ
まず主張の有無です。判決は、問題の事実が合意の存在を推認させる間接事実としては主張されていたことを認めつつ、信義則に反するかという点については当事者双方とも主張していないとしました。そのうえで訴訟の経過を3点に分けて認定しています。
判示(1)=主張の有無と訴訟の経過
(1) 本件訴訟において、被上告人は、前記1(3)の事実を、本件合意の存在を推認させる間接事実としては主張していたが、当事者双方とも、上告人が定年規程による定年退職の効果を主張することが信義則に反するか否かという点については主張していない。
かえって、記録によれば、本件訴訟の経過として、① 本件は、第1審の第2回口頭弁論期日において弁論準備手続に付され、弁論準備手続期日において本件の争点は本件合意の存否である旨が確認され、第3回口頭弁論期日において、弁論準備手続の結果が陳述されるとともに、被上告人本人及び2名の証人の尋問が行われ、第4回口頭弁論期日において口頭弁論が終結されたこと、② 第1審判決は、本件合意があったとは認められないとして被上告人の請求を棄却するものであったところ、これに対し、被上告人から控訴が提起されたこと、③ 原審の第1回口頭弁論期日において、控訴状、被上告人の準備書面(控訴理由が記載されたもの)及び上告人の答弁書が陳述されて口頭弁論が終結されたところ、控訴理由もそれに対する答弁も、専ら本件合意の存否に関するものであったこと、以上の事実が認められる。
※最高裁判所 2010-10-14 裁判集民 235号1頁/裁時 1517号2頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1337号105頁/判時 2098号55頁
(2)釈明権を行使して主張を促し、相手方に反論・反証の機会を与えるべき
次にとるべき措置です。判決は、そのような訴訟の経過の下で信義則違反の点について判断するのであれば、適切に釈明権を行使して主張するか否かを明らかにするよう促し、相手方に十分な反論と反証の機会を与えた上で判断すべきだとしました。
さらに、原審の採った法律構成が従前の訴訟の経過から予測が困難であることを挙げ、そうであればなおさら機会を与えるべきだと重ねています。
判示(2)=とるべき措置と、予測の困難さ
(2) 上記(1)のような訴訟の経過の下において、前記3のように信義則違反の点についての判断をするのであれば、原審としては、適切に釈明権を行使して、被上告人に信義則違反の点について主張するか否かを明らかにするよう促すとともに、上告人に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきものである。とりわけ、原審の採った法律構成は、① 上告人には、被上告人に対し、定年退職の1年前までに、定年規程を厳格に適用し、かつ、再雇用をしない旨を告知すべき信義則上の義務があったとした上、さらに、② 具体的な告知の時から1年を経過するまでは、賃金支払義務との関係では、信義則上、定年退職の効果を主張することができないとする法律効果を導き出すというもので、従前の訴訟の経過等からは予測が困難であり、このような法律構成を採るのであれば、なおさら、その法律構成の適否を含め、上告人に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきものといわなければならない。
※最高裁判所 2010-10-14 裁判集民 235号1頁/裁時 1517号2頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1337号105頁/判時 2098号55頁
(3)措置をとらずに判断→判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反
最後に評価です。判決は、その措置をとることなく判断したことには釈明権の行使を怠った違法があるとし、原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとしました。
判示(3)=釈明権の行使を怠った違法
(3) 原審が、上記(1)のような訴訟の経過の下において、上記(2)のような措置をとることなく前記3のような判断をしたことには、釈明権の行使を怠った違法があるといわざるを得ず、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
※最高裁判所 2010-10-14 裁判集民 235号1頁/裁時 1517号2頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1337号105頁/判時 2098号55頁
6 主文——原判決中の敗訴部分を破棄し、名古屋高等裁判所へ差し戻し
最高裁は原判決のうち法人が敗訴した部分を破棄し、更に審理を尽くさせるため原審へ差し戻しました。裁判官全員一致の意見です。
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
※最高裁判所 2010-10-14 裁判集民 235号1頁/裁時 1517号2頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1337号105頁/判時 2098号55頁
7 決めていないこと——信義則違反という法律構成そのものの適否
この判決は、原審の採った信義則違反の法律構成が正しいかどうかを判断していません。述べているのは、その法律構成で判断するなら手続上どうすべきだったかだけで、判決は「その法律構成の適否を含め」機会を与えるべきだと書いています。差し戻し後の審理に委ねた形です。
8 おわりに
本記事では、当事者双方が主張していない信義則違反の点で原審が判断したことを、最高裁が釈明権の行使を怠った違法とした判決を説明しました。判決が示したのは、そのような法律構成で判断するのであれば釈明権を行使して主張を促し、相手方に反論と反証の機会を与えてから判断すべきだ、という手続の順序です。
当事者が主張しない一般条項について裁判所が判断できるかという論点の側は、別の記事で説明しています。
信義則・権利濫用・公序良俗と弁論主義|主張なしでも判断可→釈明は必要
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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