1 契約による信託の成立の要件・判断基準(信託の性質決定)
2 契約による信託の成立要件
3 信託の成立に関する信託法の条文
4 信託の要件に分別管理義務を加える見解
5 信託の意思の内容
6 伝統的な3大確定性
7 信託の性質決定の2分論
8 平成14年判例の信託の成立基準としての規範性
9 信託の成立を判断した主な裁判例
10 信託の成立の判断基準の曖昧さ

1 契約による信託の成立の要件・判断基準(信託の性質決定)

預けた財産の法的扱いの1つに倒産隔離の問題があります。そして,財産が預かった者に移転したとしても信託が成立することによって倒産隔離の効果が生じることがあります。
詳しくはこちら|預けた財産の権利の帰属と信託による倒産隔離の全体像
本記事では,信託が成立するかどうかの判断基準について説明します。

2 契約による信託の成立要件

信託法の規定を忠実に読むと,(契約によって)信託が成立する要件(基準)はとても単純です。
財産が移転して,かつ,管理や処分が一定の目的によって制限(拘束)されるという内容の合意をすると信託契約が成立するのです。

<契約による信託の成立要件(※1)>

あ 契約による信託の成立(全体)

財産処分(い)と目的拘束(性)(う)を内容とする合意によって信託が成立する
信託設定意思の合致である

い 財産処分の合意

特定の者に対し財産の譲渡,担保権の設定その他の財産の処分をする旨

う 目的拘束性の合意

当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理または処分およびその他の当該目的の達成のために必要な行為をする
※信託法2条1項,3条1号,旧信託法1条
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p24
※四宮和夫『信託法 新版』有斐閣1989年p106
※道垣内弘人編著『条解 信託法』弘文堂2017年p37
※道垣内弘人稿『最近信託法判例批評(9・完)』/『旬刊 金融法務事情1600号』金融財政事情研究会2001年1月p84
※沖野眞已稿『保証事業制度下の保証に係る公共工事の前払金と信託』/『別冊ジュリスト216号 倒産判例百選 第5版』有斐閣2013年p105

3 信託の成立に関する信託法の条文

前記の信託の成立要件は,信託法の規定をストレートに整理しただけです。非常に重要なので,用いた条文の規定をそのまま引用しておきます。

<信託の成立に関する信託法の条文>

あ 2条1項(定義)

第二条 この法律において『信託』とは、次条各号に掲げる方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。同条において同じ。)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう。

い 3条柱書+1号(信託契約)

第三条 信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。
一 特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下『信託契約』という。)を締結する方法

4 信託の要件に分別管理義務を加える見解

信託の成立の判断基準は,条文の要件(前記)だけで決まるとは限りません。
分別管理義務がないと信託が成立しない,という見解もあります。ただし必須というわけではないという見解もあります。

<信託の要件に分別管理義務を加える見解>

あ 分別管理義務を要件に加える見解

有力説は,旧信託法1条由来の要件を前提にし,それに加え,分別管理義務をも成立要件に加える趣旨の見解である
※道垣内弘人『最新信託法判例批評(9)』金融法務事情1600号p84
※竹中悟人稿『信託契約の成立要件についての覚書』/『信託研究奨励金論集35号』2014年11月p63
※大阪高裁平成20年9月24日(この見解をとっているように読める)
※新井誠著『信託法 第4版』有斐閣2014年p197参照

い 分別管理義務を判断の1ポイントとする見解

信託の成立の判断には,物権的救済を認めるべきである(委任とは違う)という実質的判断を含む
委任信託分別管理義務の点で異なる
受託者に分別管理義務が課せられているか否かが,信託の成立を判断するためのポイントであると解することも可能である
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p25,26
※道垣内弘人『信託法理と私法体系』1996年/『金融法務事情1598号』p169〜173,217〜218
※道垣内弘人稿『最近信託法判例批評(9・完)』/『旬刊 金融法務事情1600号』金融財政事情研究会2001年1月p84

う 分別管理義務を不要とする見解

分別管理の事実・義務は信託の成立要件ではない
受託者の分別管理義務は,信託が成立した場合に生じるもの(法的効果)である
※信託法28条
(信託が成立することを前提として)特定性の有無によって,倒産隔離という物権的保護の可否(法的効果)が判断される
※竹中悟人稿『信託契約の成立要件についての覚書』/『信託研究奨励金論集35号』2014年11月p69
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p23,24参照

5 信託の意思の内容

信託が成立する合意の内容は財産処分一定の目的による拘束です(前記)。
実際には,この合意内容の認定がはっきりとはできないことが多いです。というのは問題になるケースの多くで,財産を預けた者と預かった者の間に,『信託』という用語が登場しないのです。
もちろん『信託』という用語を使っていなくても信託が成立することはあります。このように当事者の意思をベースとする法的効果の判断は,信託契約に限らず,あらゆる法律行為に共通する基本原理です。
詳しくはこちら|『法律行為』の意味・基礎(私的自治の原則との関係)・根拠

<信託の意思の内容>

あ 基本的な意思表示の内容

信託契約の意思表示の内容は財産処分と目的拘束性の2つである(前記※1)

い 『信託』の文言の使用

当事者が『信託』という文言を使用していないことは重要ではない
法的な意味において信託契約であるという認識を有していないことは重要ではない
※最高裁昭和29年11月16日;信託の成立を肯定
※最高裁平成14年1月17日;信託の成立を肯定
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p24
※道垣内弘人編著『条解 信託法』弘文堂2017年p37
※四宮和夫著『法律学全集33−Ⅱ 信託法 新版』有斐閣1989年p106

う 実質的な信託の意思

信託設定意思を『受託者が信託財産についてあたかも財産権を有していない状態で当該財産を管理すべき状態を作る意思』であると考える
※道垣内弘人編著『条解 信託法』弘文堂2017年p38

6 伝統的な3大確定性

前記のように信託を設定する意思を認定(判断)することは簡単ではありません。この認定の枠組みとして3つのポイントが指摘されています。ただし,ポイントとして採用する項目については複数の見解があります。

<伝統的な3大確定性>

あ 用語の確定性

使用される言葉は,全体として考察される場合に,受託者に信託目的による拘束を加えるという意味で命令的な表現がなされていなければならない
この要件を不要とする見解(四宮説)もある

い 対象の確定性

信託の対象は確定可能でなければならない

う 目的の確定性

目的または受益すべき人たち(受益者)が確定可能でなければならない
この中の受益者の確定性を独立した1要素とする見解(四宮説)もある
※四宮和夫著『法律学全集33−Ⅱ 信託法 新版』有斐閣1989年p106,107

7 信託の性質決定の2分論

以上のように,信託を設定する意思の判断の枠組みにはいろいろな考え方があります。その中には,当事者が『信託』という用語を使っているかどうかによって,信託の成立を判断する枠組みを2種類に大きく分類するというものもあります。
ただし,この見解も,2種類の明確な判断基準を立てているわけではありません。

<信託の性質決定の2分論>

あ 2分論

信託の性質決定(信託の成立要件)を2種類(い・う)に分類する見解もある

い 積極的性質決定

当事者が『信託』の文言を用いないで契約を行っているケース

う 消極的性質決定

当事者が『信託』の文言を用いて契約を行っているケース
※藤澤治奈『信託という性質決定に向けての覚書』/『立教法学77号』2009年p352

8 平成14年判例の信託の成立基準としての規範性

信託の成立を判断する基準については,以上のようにいろいろな見解があり,統一的なものはありません。
この点,最高裁が信託の成立を認めた(判断した)ものがあります。特に重要なものは平成14年の判例です。
しかし,平成14年判例は,一般的な判断基準を示してはいません。前記の分別管理義務を要件に加えるかどうか,も含めて示していません。

<平成14年判例の信託の成立基準としての規範性>

あ 一般論としての基準(なし)

本判決は,信託の成立要件の一般的な判断基準を明らかにしてはいない
事例判決にすぎない

い 事案内容の評価

本件はどのような観点からも信託の成立を認めることに支障がない事案であった
学説も,信託の成立を認めることに異論はみられない
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p27,29

う 射程外に残された問題

個別的事情のいずれかを欠く場合に,信託契約の認定やその対抗の有無の判断が異なるかどうかといったことは明らかではない
分別管理義務の要否について触れるものではない
保証事業会社による前払金返還債務の保証というシステムがないケースについては本判決の射程が及ぶものではない
※沖野眞已稿『保証事業制度下の保証に係る公共工事の前払金と信託』/『別冊ジュリスト216号 倒産判例百選 第5版』有斐閣2013年p105
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p28

え その後の信託法改正

本判決後,信託法が改正されている
改正後の信託法は,信託の定義や信託の成立要件として
分別管理の義務付けや倒産隔離のための仕組みを規定に盛り込むことはなかった
分別管理と倒産隔離効との関係はなお明らかではない
=解釈に委ねられている
※沖野眞已稿『保証事業制度下の保証に係る公共工事の前払金と信託』/『別冊ジュリスト216号 倒産判例百選 第5版』有斐閣2013年p105
※最高裁平成14年1月17日
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p26
※藤澤治奈『信託という性質決定に向けての覚書』/『立教法学77号』2009年p369
詳しくはこちら|工事前払金についての信託成立(最高裁平成14年1月17日)

9 信託の成立を判断した主な裁判例

裁判所が信託が成立するかどうかを判断したケースの中では,前記の平成14年判例が最も有名です。それ以外にもいろいろな裁判例があります。古いものから順にまとめます。

<信託の成立を判断した主な裁判例>

あ 最高裁昭和29年11月16日

預金債権を信託財産であると直接認めた
最高裁として初めてのものである
※新井誠著『信託法 第4版』有斐閣2014年p194

い 最高裁平成14年1月17日

工事前払金について信託の成立を認めた(前記)

う 最高裁平成15年6月12日

弁護士の預り金について補足意見の中で信託の成立を認めた
詳しくはこちら|弁護士が保管する預り金の倒産隔離(権利の帰属と信託・平成15年判例)

え 東京地裁平成17年8月31日

ア 事案
遺産分割に関する合意書への調印した
依頼を受けた弁護士が原告となって貯金払戻請求訴訟を提起した
任意的訴訟信託を主張した
イ 裁判所の判断
預金債権の移転(信託)はない
委任である

お 東京地裁平成24年6月15日

旅行資金の積立金について信託の成立を認めた
詳しくはこちら|旅行資金積立用の預金についての信託成立(東京地裁平成24年6月15日)

10 信託の成立の判断基準の曖昧さ

ここまでで,信託の成立の判断基準について,多くの学説や判例を説明しました。
しかし,結論として,統一的で明確な基準はありません。

<信託の成立の判断基準の曖昧さ>

あ 未確定の解釈論

信託の成立要件に関して内容は今でも明瞭ではない
※竹中悟人稿『信託契約の成立要件についての覚書』/『信託研究奨励金論集35号』2014年11月p63

い 分別管理義務の要否の未確定

学説においては,分別管理義務の要否についての議論は深まっていない
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p26

本記事では,信託の成立の判断基準を説明しました。
判断基準が曖昧なので,実際に,個別的な事情によって,また,主張や立証次第で,結果が違ってきます。
実際に信託の成立(倒産隔離)の問題に直面されている方やこれから行う事業の中で信託の活用を検討されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。