1 現金についての物権的返還請求権の原則的な扱い(否定)
2 現金の物権的返還請求権が問題となる状況の例
3 現金の物権的返還請求の前提(特定・識別性)
4 現金の特徴を理由とする物権的返還請求権の否定
5 占有イコール所有権理論による物権的返還請求権の否定
6 現金の物権的返還請求権に関する他の見解(概要)
7 米国の通貨交換取引所の倒産における通貨の取戻権(肯定)

1 現金についての物権的返還請求権の原則的な扱い(否定)

現金(金銭・貨幣)は,民法上の『物』ではありますが,所有権(物権)の扱いは通常とは大きく異なります。
詳しくはこちら|現金の特殊性による変則的な占有・所有権の扱い
この解釈論が実際の利害として登場する典型例が物権的返還請求権です。現金の特殊性から,原則的には否定されます。
本記事では,現金についての物権的返還請求権の原則的な扱いについて説明します。

2 現金の物権的返還請求権が問題となる状況の例

現金の物権的返還請求権というととても抽象的で分かりにくいので,具体例を挙げます。
要するに,もとの所有者(原権利者)から現金の占有が移転した者と,さらにもう1名,関係を持った当事者(合計3者)が存在する状態が前提です。
中間の1名が盗んだパターンと,預かったパターンの2つが典型です。

<現金の物権的返還請求権が問題となる状況の例>

あ 交付を受けた第三者への返還請求

A(原権利者)が現金を所有していた
B(窃盗犯)が現金を盗んだ
Bが現金をCに交付した(支払など)
AがCに対して現金の返還を請求する(物権的返還請求権)

い 預かった者の債権者への請求(第三者異議・取戻権)

A(原権利者)が現金をBに預けた
Bの債権者が現金の差押をした
(orBについて破産手続開始決定がなされた)
Aが現金を返還するよう請求する
=Bの債権者よりも優先されることを要求する
(差押に対する第三者異議or破産手続における取戻権)

3 現金の物権的返還請求の前提(特定・識別性)

まず,現金について物権的返還請求権を行使する前提条件があります。
盗まれた現金預けた現金識別できる(特定できる)ということです。
現実には識別できないことが多く,この時点で,他の理論を考えるまでもなく物権的返還請求権の行使はできないことになってしまいます。

<現金の物権的返還請求の前提(特定・識別性)>

あ 不特定性による物権的請求権の否定

当該現金が特定性・識別性を保持していない場合
→原権利者が当該現金の返還請求をすること自体が不当である
物権的請求権の一般論である
※大判昭和2年9月29日;受領者が混和により所有権を取得するという理由

い 例外的な現金の特定

例外的に現金が特定・識別できることがある
詳しくはこちら|現金の特徴のうち不特定性(識別できない)と特定される例外
→特定できる場合にだけ物権的請求権が認められる可能性がある

なお,現金の流通を保護するために返還請求権を否定する傾向が強いです。見解の中には現金については(流通を保護するために)特定を許さないというものもあるくらいです。

4 現金の特徴を理由とする物権的返還請求権の否定

現金についての物権的返還請求権を認めると,現金の特徴が台無しになります。要するに,受け取った者としては戻さなくてはならなくなる可能性がある状態なので,現金の流通に大きくブレーキがかかってしまうのです。

<現金の特徴を理由とする物権的返還請求権の否定>

あ 現金の特徴(前提)

ア 現金の没個性性
交換価値として等質である
個性的差異が存しない
→他の現金による回復を認めるだけで目的を達成する
(一定の金銭的価値量の返還請求のことである)
→物権的返還請求権を認める必要はない
イ 流通性確保の要請
現金は元来流通することが予定されている
→流通後に現金について物権的返還請求権に基づく回復を認めると流通性が害される

い 物権的返還請求権の可否

占有を離れた現金について
物権的返還請求権を否定する(通説的見解)
※末川博稿『貨幣とその所有権』/『経済学雑誌1巻2号(1937年)』/末川博著『物権・親族・相続』岩波書店1970年所収p276
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p125

5 占有イコール所有権理論による物権的返還請求権の否定

現金の特殊な法的扱いとして占有イコール所有権理論があります。
詳しくはこちら|現金についての占有イコール所有権理論(法理)の基本的内容
これを前提とすると,原権利者は,手元に現金がない以上は所有権がない状態です。これを理由として物権的返還請求権を否定する見解もあります。
なお,占有イコール所有権理論自体が現金の没個性性や流通の保護を理由としたものです。結局,前記の見解(理由)と実質的には同様ともいえるでしょう。

<占有イコール所有権理論による物権的返還請求権の否定>

あ 占有と所有権の一致(通説)

現金については
占有あるところに所有権もある
占有の移転に伴って所有権も移転する
詳しくはこちら|現金についての占有イコール所有権理論(法理)の基本的内容

い 結論

金銭所有者は,その占有を離脱した金銭を手中に有する他人に対し個々の金銭への追及,つまり物権的請求権の行使ができない
一定の金銭の価値量の給付を目的とする債権が存在するほかない(不当利得)
※林良平ほか編『新版注釈民法(2)総則(2)』有斐閣1991年p630
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p126
※最高裁昭和29年11月5日;同趣旨

6 現金の物権的返還請求権に関する他の見解(概要)

ところで,原権利者の保護のために,無制限に現金の流通性を保護すべきではないという指摘も当然あります。
詳しくはこちら|現金の占有イコール所有権理論への批判・外国の法令や解釈の例
そこで,特殊な事情があるケースでは例外的に現金の物権的返還請求権を認める見解が一般的です。具体的な理論づけや判断基準については,いくつかのバラエティーがあります。
詳しくはこちら|現金の物権的返還請求権を認める見解(理論)や判断基準

7 米国の通貨交換取引所の倒産における通貨の取戻権(肯定)

外国の例ですが,米国で預けた現金の物権的返還請求権を認める裁判例があります。
通貨交換取引所の倒産において,取戻権を認めたというものです。

<米国の通貨交換取引所の倒産における通貨の取戻権(肯定)>

あ 現金の動産扱い(否定・前提)

米国では『goods(物品)』に『money』は含まれないという規定がある
※Uniform Commercial Code2-105(1)

い 破産手続における取戻権(米国の裁判)

米国では,裁判所が通貨交換取引における米ドルの取戻権を認めている

う 通貨の取戻権を認めた理由

money は,交換の手段(the medium of exchange)として用いられている場合にのみgoodsの売買取引について規定するUCC第2編の適用対象外となる
しかし,通貨交換取引におけるmoneyは,UCC第2編102条にいうgoodsに該当する
※森下哲郎『通貨交換取引について』/『国際金融取引の法的諸問題』東京大学大学院法学政治学研究科1993年3月
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p134

なお,ほぼ同様の状況で,現金(法定通貨)ではなくビットコイン(仮想通貨)の取戻権が問題となった日本の裁判があります。
ここでは,従来の解釈を前提として,ビットコインについての物権(所有権)自体が否定されました。そのため,物権的返還請求権(破産手続における取戻権)も否定されました。
詳しくはこちら|ビットコイン所有権否定判決(平成27年東京地裁)の理論内容

本記事では現金についての物権的返還請求権について説明しました。
これらの理論は,従来の現金や仮想通貨に関する実際の広範な問題の解決をする時に,ベースとして使うことがあります。
実際に現金や仮想通貨の法解釈に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。