1 脅迫罪・恐喝罪・強要罪(概要・前提)
2 権利行使と恐喝罪・強要罪の関係(総論)
3 権利行使と恐喝罪の判別基準
4 権利行使と恐喝の判別における重要な事情
5 恐喝罪にならない請求行為の実例
6 恐喝罪になる請求行為の実例
7 恐喝罪にあたるセリフ(ユーザーユニオン事件)
8 告訴の告知と『脅迫』該当性
9 弁護士の使命からの考察(正当業務行為の成否)
10 メーカー・マスコミの社会的使命や構造(背景)

1 脅迫罪・恐喝罪・強要罪(概要・前提)

本記事では,正当な請求行為と恐喝・強要罪との区別について説明します。
まず最初に,恐喝罪や強要罪の概要をまとめておきます。

<脅迫罪・恐喝罪・強要罪(概要・前提)>

あ 脅迫罪・恐喝罪・強要罪の区別
行為 罪名
害悪の告知のみ 脅迫罪
害悪の告知+財物の交付 恐喝罪
害悪の告知+義務のないことを行わせた 強要罪
い 害悪の告知の内容

生命・身体・自由・名誉・財産に対して害を加える旨の告知
詳しくはこちら|脅迫罪・恐喝罪・強要罪の基本的事項と違い

2 権利行使と恐喝罪・強要罪の関係(総論)

恐喝行為の典型例は,『義務がないのにカネを払わせる』というものです。
一方『金銭を支払う義務がある者にカネを払わせる』という行為も『恐喝』になることがあります。
例えば滞納家賃の請求として『遅れている家賃を払わないと預金を差し押さえますよ』というセリフがあります。
これは『預金という財産』に対して『害を加える』内容の告知と言えます。
『差押』自体は,法律に則った適法な行為です。
しかし形式的に『害を加える告知』になります。
このように『権利の行使』『正当な請求』のはずなのに,形式的に『恐喝』にあたることは非常に多いです。
そこで,判例上,権利行使と恐喝罪の線引(基準)について,次に説明します。

3 権利行使と恐喝罪の判別基準

適法な権利行使と恐喝罪の判断基準をまとめます。

<権利行使と恐喝罪の判別基準(※1)>

あ 基準の根幹部分

次の『ア・イ』の2つに該当する場合
→『適法』となる
ア 権利が存在するor存在するという確信がある(『い』)
イ 権利行使の態様が一定の範囲内である(『う』)

い 権利の存在orその確信

次の『ア・イ』のいずれかに該当する
ア 権利が存在し,かつ,その存在が明確である
イ 権利を有すると確信し,かつ,信じるについて相当な理由(資料)を有する

う 権利行使(実行)の態様の範囲

請求行為が次の『ア・イ』の両方に該当する
ア 権利の範囲内である
イ 方法が社会通念上一般に忍容すべき程度(範囲内)である
※最高裁昭和30年10月14日
※最高裁昭和62年1月21日;ユーザーユニオン事件(原審東京高裁昭和57年6月28日)

結局,評価の幅が大きく,個別的行為について,この判断基準で明確に判別できるということではありません。具体的に判断に大きな影響を与える事情について,次に説明します。

4 権利行使と恐喝の判別における重要な事情

正当な権利行使と恐喝の判断に大きな影響を与える具体的な事情をまとめます。

<権利行使と恐喝の判別における重要な事情>

あ 請求権の根拠

請求権の有無について一定の根拠・証拠を把握しているか

い 請求内容の法的な妥当性

請求内容(金額)が,法的判断として妥当なものであるか

う 無関係のマターの予告

予告内容として『請求権と関係無いもの』が含まれていないか
一定範囲で含まれていても『交渉における圧力・駆引き』として正当化される

え 関連するマターであるが『過剰』な予告

マスコミ・行政機関・国会・海外の公的機関への公表(伝達)など
『数が多い』→『影響が大きい』と言えるか

お 『請求される者』の適切な反論・対応

ア 請求権の有無・内容(金額)について反論・説明しているか
イ 恐喝罪での告訴等,可能な『防御』を行っていたか

か 事後的な公的判断との食い違い

結果的に『民事訴訟』で最終的に認められたものと食い違いがあることも許容される
請求者はある程度は『過剰』になることは当然のこととされている
※最高裁昭和62年1月21日(原審東京高裁昭和57年6月28日)

以上は重視される事情をまとめたものです。これを前提に,『恐喝』に該当する,しないと判断された行為について,次に説明します。

5 恐喝罪にならない請求行為の実例

以上の判断基準,判断の枠組みを前提に,実際に判断された請求行為について,以下紹介します。
まずは『恐喝』に該当しないと判断された請求行為の内容をまとめます。

<恐喝罪にならない請求行為の実例>

あ 請求権の確信

請求者は,車種Nの欠陥に関する資料を有していた
そこで,欠陥車と確信していた
その欠陥による事故を原因として,1億円程度の損害賠償請求権の存在を確信していた

い 請求者の説明内容・要求方法

当該欠陥を強く主張し,賠償を請求・要求した
当該欠陥や,これと直接関係のない事故・欠陥に関して告訴をした
自動車メーカーHに対する批判・攻撃的言動を繰り返した
新聞等のマスコミにより大々的に報道された
自動車メーカーHは大きな信用失墜,販売業績低下などの損害を被っていた
自動車メーカーHは請求者・ユーザーユニオン・被害者同盟の行動を警戒し恐れていた
請求者は,自動車メーカーHの弱み・弱点を把握し,十分に利用して,優越的な立場で示談交渉を進めた
《内容》
請求者の要求に応じなければ,次のような行動に出ることを予告した
・告訴や民事訴訟を次々に提起する
・海外の活動家へ通報する
・他の車種についても大規模に攻撃する
このような行動に出た場合の損害が大きく,請求に応じた方がトクであると強調した
請求額として過大な金額を提示した

う メーカーの対応の不備

ア 反論が不十分
メーカーHは,交渉において,『車種Nは欠陥車でない・事故は運転者の過失が原因である』ことを主張しなかった
イ 告訴という『防御』をすれば良かった
最初の段階で請求者を恐喝で告訴すれば『過剰行為』を抑制→形勢逆転ができた
しかし,早期の告訴は行なわなかった

え 裁判所の総合判断

不穏当な発言=『脅迫』と言えるセリフも含まれる
しかし,『副次的』な発言にとどまる
これらは権利実現のために必要な圧力or駈引きとして社会的に許容される程度にとどまる

恐喝罪不成立
※最高裁昭和62年1月21日(原審東京高裁昭和57年6月28日)

6 恐喝罪になる請求行為の実例

『恐喝』に該当すると判断された請求行為の内容についてまとめます。

<恐喝罪になる請求行為の実例>

あ 請求権の確信

事故原因についての調査・資料の検討が不十分であった
事故原因については考慮しないことを明言した

い 請求者の説明内容・要求方法

実際に新聞に『欠陥車で鉛中毒』という見出しの記事が掲載された
請求金額が過剰であった(根拠を欠いていた)
次のような告知・予告をした
《告知内容》
・数多くの民事訴訟の提起
・国会による調査の対象にする(国会議員に働きかける)
 請求に関係する欠陥とそれ以外の不正について
・社長・副社長を背任罪・横領罪で告訴する
・新聞社(新聞記者)に公表=大規模に扱ってもらうよう要請する
 『交渉が長引くと情報が漏れる』
・背任・横領行為について株主総会で問題にする(責任追及する)
・運輸省にリコールを要請(アピール)する
・アメリカ運輸省にもリコールを要請する

う メーカーの対応

事故原因・欠陥の有無について調査→主張(反論)をしていた
→請求者が『これを考慮しない』旨を明言した

え 裁判所の総合判断

ア 『信じるについて相当な理由(資料)』
請求権について即断・軽信はあった
損害賠償請求権の存在の『確信』がなかった
請求権を裏付ける相当な資料もなかった
イ 『請求する態様としての相当性』を逸脱した
欠陥車攻撃による新聞報道等を恐れている自動車メーカー側の弱味をついた
さまざまな手段による攻撃を明示+暗示した

ウ 結論
峻烈かつ執拗な脅迫である
『消費者の権利行使』『社会的相当性の範囲』を超越している

恐喝罪が成立する
※最高裁昭和62年1月21日(原審東京高裁昭和57年6月28日)

以上のように,具体的事情を詳細に検討して,『恐喝罪に当たる』行為と『あたらない』行為をクッキリと分けています。
この『違い』については前述のまとめのとおりです。
なお,この事例についてはHONDAのHPでも説明されています。
外部サイト|本田技研工業|N360発表|企業存続の危機を感じ、告訴を決断

7 恐喝罪にあたるセリフ(ユーザーユニオン事件)

上記のユーザーユニオン事件において裁判所は多くのセリフを認定しています。
複数の被告人の,複数の相手(自動車メーカー等)に対するものです。より分かりやすい『過激な発言』を抜粋しておきます。

<恐喝罪にあたるセリフ(ユーザーユニオン事件)>

『Mはこれから年末にかけて原子爆弾(車両欠陥の暴露の意)を何発か上げようと思つているが,さすがに松田の力量をもつてしても2つの作戦正面はできない。
そこで、Tに対しては,合従連衡みたいに,1つ手を結びませんかと言つているわけだ。
原子爆弾の上がる作戦正面になる企業がどこかということは言えないが,大変なことになると思う。』
※筆者注;『原子力爆弾』の趣旨と思われる。
『花型車に向つて正面から切り込む。一種のパニック現象が起きると思う。』
『Mは原子爆弾を製造している。
どうせ原子爆弾を打つんだから,2,3億わたしの方に譲つて下さいよと言いたい気持は重々あるけれども言えない。
そういうことを言うとヤクザ集団みたいになるから,そういうことは言つてはいけないと思う。
しかし,それは賢明な企業であれば当然に分析できることである。』
『原子爆弾を打ち上げるのは,新聞・公取・民事訴訟・刑事訴訟の4本立てである。
まともに食つたらたまらない。
ガボガボと社会面のトップに,おそらく1つの車種について10回や20回は出る。』
『ユーザーユニオンというのは1つの戦闘集団で,野武士の群みたいなものだ。
Mなんか蜂須賀小六みたいなもので,槍一筋だからパアーと夜討ちをかけて火をつけることもある。』

8 告訴の告知と『脅迫』該当性

請求するアクションの一環として『相手を告訴する』という宣言が含まれることもあります。これ自体で『おどした』つまり脅迫に該当するとは限りません。古い判例における判断基準を紹介します。

<告訴の告知と『脅迫』該当性>

告訴を告知した『目的』について
『真実の追究』と『畏怖させること』のいずれかによって判断する
※大判大正3年12月1日

現在の基準(前記※1)のうち『権利行使の態様(の範囲)』の1つの判断材料となる,という位置付けになります。

9 弁護士の使命からの考察(正当業務行為の成否)

ユーザーユニオン事件では,請求行為をした者は弁護士でした。そこで,弁護士の職務・使命からの考察もなされました。つまり,相手が請求に応じるような指摘や説明は,交渉の業務の本質なのです。この価値についての判断についてまとめます。

<弁護士の使命からの考察(正当業務行為の成否)>

あ 弁護士の使命論=『請求者』サイドの主張

弁護士は依頼者の利益の最大化が使命
→ある程度『過剰』なのは想定内(むしろこうであるべき)
→正当業務行為として無罪
※刑法35条

い 裁判所の判断

『根拠不十分』+手段(請求態様)が『社会的相当性を逸脱』している
→『正当業務行為』ではない

大雑把に言えば『恐喝罪にあたるかどうか』の判断(前記※1)と同じ枠組みになっています。
これに関連して,弁護士の行為については,弁護士独自のルールでペナルティを受けることもあります。
詳しくはこちら|弁護士の攻撃的な刑事責任追及(告訴予告)による懲戒事例

10 メーカー・マスコミの社会的使命や構造(背景)

前記のとおり,権利行使と恐喝罪の境界は『微妙な線引』となっているのです。
この『線引(基準)』策定の背景には,社会的・産業的な構造・役割という大きな考察があります。

<メーカー・マスコミの社会的使命や構造(背景)>

あ メーカーのリスク論

メーカーは,欠陥について権利行使の意図をもって,一定のアクションを予告・告知されることは想定内である
請求行為自体がマスコミを通じて広まり,イメージダウンとなることも想定内である

い マスコミ(新聞)の使命論;キャンペーンの行き過ぎの擁護

自動車メーカーが欠陥車を製造している疑いのある限り,疑惑を報道することは新聞の使命である
キャンペーンの行過ぎがあるとしても,公表・批判にさらされることは,メーカーにとって想定内である

う メーカーの責任論

安全性の問題は『疑わしきは罰する』という考え方で取り扱われる必要がある
マスコミの批判・攻撃に対しては,無欠陥性を論証し,疑惑を払拭すべき社会的責任がある
※最高裁昭和62年1月21日(原審東京高裁昭和57年6月28日)

なお,『自動車事故』の責任論では,自動車メーカーは『保護する方向』の判例があります。
参考コンテンツ|自動運転テクノロジー×『法的責任』
また,債権回収の場面では『納入した商品やリース物件の引き上げ』が窃盗罪や建造物侵入罪になるリスクもあります。
関連コンテンツ|『引き上げの権限を否定される』リスクと対策