【不正指令電磁的記録作成等罪の基本(条文と解釈)】

1 不正指令電磁的記録作成等罪の基本(条文と解釈)
2 不正指令電磁的記録作成等罪の条文(刑法168条の2)
2 対象となるプログラムの動作(『意図』の解釈)
4 『意図に反する』の具体例(ポップアップ広告)
5 『不正』(な指令)の判断
6 『意図に反する』が『不正』ではない例
7 『実行の用に供する』(供用)の典型例
8 『正当な理由』の位置付けと解釈
9 不正指令電磁的記録作成等罪の法定刑
10 不正指令電磁的記録作成等罪の実例(概要)

1 不正指令電磁的記録作成等罪の基本(条文と解釈)

不正な(コンピュータの)プログラムをオンラインやオフラインで提供(供用)すると不正指令電磁的記録作成等罪にあたることがあります。coinhive事件で話題になった犯罪類型です。
本記事では,不正指令電磁的記録作成等罪の条文と,基本的な構成要件の解釈を説明します。

2 不正指令電磁的記録作成等罪の条文(刑法168条の2)

最初に,不正指令電磁的記録作成等罪の条文を押さえておきます。内容(実行行為)は,作成(罪)・提供(罪)・実行の用に供した(供用罪)の3つに分かれています。総称して(不正指令電磁的記録)作成等罪と呼びます。

<不正指令電磁的記録作成等罪の条文(刑法168条の2)>

第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
2 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。
3 前項の罪の未遂は、罰する。

2 対象となるプログラムの動作(『意図』の解釈)

作成・提供・供用の対象となるプログラム(指令を与える電磁的記録)は,(使用者の)意図に沿うべき動作をしない,または,意図に反する動作をするものです。
実際のケースでは,使用者の意図との比較で判断が決まります。
マニュアルやオンライン上の注意書き(表示)で動作内容がユーザーに対して明記されていれば,意図に反することにはなりません。
実際に問題になるのは,ユーザーの意図が明確に読み取れないような状況です。その場合は,社会一般の信頼をベースに判断します。簡単に言い直すと,平均的・常識的な人であればどのように想定するか,ということをベースにするということです。

<対象となるプログラムの動作(『意図』の解釈)>

あ 規定の内容

対象となるプログラムは『ア・イ』のいずれかである
ア (使用者の)『意図に沿うべき動作をさせず』イ (使用者の)『意図に反する動作をさせる』

い 『意図』の判断の基礎的方向性

不正指令電磁的記録作成等罪の保護法益は社会一般の信頼である
→『意図』についても,そのような信頼を害するものであるか否かという観点から規範的に判断されるべきである
→『意図』については,個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではない

う 『意図』の判断基準

当該プログラムの機能の内容や機能に関する説明内容,想定される利用方法などを総合的に考慮して,その機能につき一般に認識すべきと考えられることを基準として規範的に判断する
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p345

4 『意図に反する』の具体例(ポップアップ広告)

『意図に反する』かどうかをハッキリ判断できないことは実際に多いです。
これに関する典型的な具体例を挙げます。広く普及しているポップアップ広告です。
個々のパソコンやスマートフォンでインターネット上のサイトを閲覧するユーザーはその端末でポップアップ広告を表示するプログラムが実行することを具体的に認識していません。日本語としては『意図に反する』に該当すると思えます。
しかし,すでにポップアップ広告は普及しているので,一般論としてインターネットを利用する者は認識していると評価する見解が一般的です。

<『意図に反する』の具体例(ポップアップ広告)>

あ 普及の程度

ポップアップ広告について
通常,インターネットの利用に随伴するものである
→一般に認識すべきと考えられる

い 『意図に反する』の判断(否定)

基本的に『意図に反する動作』には当たらないと考えられる
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p345,346

5 『不正』(な指令)の判断

作成・提供・供用の対象となるプログラムは不正(な指令)といえることが必要です。
ここでも,どんなプログラムが不正といえるのか,という判断基準が問題となります。
解釈としては,社会的に許容されるものと考えられています。
実際には,前記の,『意図に反する』に該当すれば原則的に『不正』に該当します。例外については後述します。

<『不正』(な指令)の判断>

あ 規定の内容

対象となるプログラムは
『不正な指令を与える(電磁的記録)』である

い 規定の趣旨

意図に反する指令を与えるプログラムであれば,多くの場合それだけで,プログラムに対する社会の信頼を害するものとして,作成,供用の行為に処罰性があるように考えられる
しかし,社会的に許容し得るものが例外的に含まれる
このようなプログラムを処罰対象から除外する趣旨である
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p346

う 『不正』の判断基準(観点)

(プログラムによる指令が)『不正な』ものであるか否かは,その機能を踏まえ,社会的に許容しうるものであるか否かという観点から判断する
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p346

え 『意図に反する』と『不正』の違い

『意図に反する』か否かは,使用者にとって認識できるものであるか否かという観点から判断する
『不正』か否かは,プログラムが社会的に許容しうるものであるか否かという観点から判断する
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p346

6 『意図に反する』が『不正』ではない例

プログラムが『(使用者の)意図に反する』に該当するけれど,『不正』には該当しないという状況も,例外的にあり得ます。
要するに,ユーザーが認識していないことはハッキリしているけれど,社会的に許容されるというものです。
不具合を修正するプログラム(パッチ)をユーザーに明確に知らせずに実行させるというケースが典型例です。

<『意図に反する』が『不正』ではない例>

あ 事案

ソフトウェアの製作会社が不具合を修正するプログラム(パッチ)をユーザーの電子計算機に無断でインストールした

い 法的評価

使用者の『意図に反する』ものにあたる
しかし,『不正』ではない
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p346

7 『実行の用に供する』(供用)の典型例

不正指令電磁的記録作成等罪は,作成・提供・供用(罪)の3つを含みます(前記)。
最後の供用は,条文上,『実行の用に供する』という文言です。これに該当する行為にはいくつかのバリエーションがあります。オンライン上での送信が代表例ですが,オンラインに限りません。

<『実行の用に供する』(供用)の典型例>

あ メール添付

実行ファイルを電子メールに添付して送付する

い ダウンロード可能状態

実行ファイルをウェブサイト上でダウンロード可能な状態に置く
=このファイルを実行する意思のない者のパソコン上でいつでも実行されうる状態に置く

う ウィルス感染CD-Rの交付

正規のプログラムにコンピュータ・ウィルスが感染したものが記録されているCD−Rを,事情を知らない第三者のパソコンのドライブに設置させる
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p349,350

8 『正当な理由』の位置付けと解釈

不正指令電磁的記録作成等罪が成立するには『正当な理由がない』ことも必要(要件)とされています。
法解釈としては,『正当な理由』の要件は,他の構成要件と重複するので意味はないといえます(確認的な位置づけ)。

<『正当な理由』の位置付けと解釈>

あ 基本的な解釈

『正当な理由がないのに』とは,『違法に』という意味である
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p352

い 規定の趣旨(立法経緯)

不正指令電磁的記録作成等罪は,新たな犯罪類型であり,その適用範囲について強い懸念が示されていた
そこで指摘されているような正当な目的による行為が処罰対象に含まれないことをより一層明確にするために『正当な理由がないのに』との文言を加えることとされた
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p352

う 確認的な位置づけ

違法であることが不正指令電磁的記録作成・提供・供用の罪の成立要件であるということを示す
→当然のことを条文上念の為明記するものである
住居侵入罪の規定(刑法130条)と同様の趣旨である
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p353
※最高裁昭和23年5月20日参照(住居侵入罪)

9 不正指令電磁的記録作成等罪の法定刑

最後に,不正指令電磁的記録作成等罪の法定刑をまとめておきます。
法定刑に罰金刑が含まれている理由は,立法過程で軽微なものも含まれることが想定されていたことにあります。
もともと,容易に成立してしまう,つまり処罰範囲が広くなってしまうことが想定されていたことが分かります。

<不正指令電磁的記録作成等罪の法定刑>

あ 法定刑

懲役3年以下or罰金50万円以下
※刑法168条の2第1項

い 罰金刑の規定の趣旨

不正指令電磁的記録には多種多様のものがあると考えられる
→比較的軽微な被害を与えるにとどまるものもあり得る
→立法過程において,選択刑として罰金刑を規定することになった
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第8巻第3版』青林書院2014年p354

10 不正指令電磁的記録作成等罪の実例(概要)

不正指令電磁的記録作成等罪の各要件については,以上のような解釈があります。
しかし,個々の解釈(判断基準)はどうしても実際のケースをハッキリと判断できるものではありません。曖昧な部分が大きいといえます。
実際の適用例がとても参考になります。
詳しくはこちら|不正指令電磁的記録作成等罪の実例(典型例と裁判例)

本記事では,不正指令電磁的記録作成等罪の基本的事項について説明しました。
実際には,個別的事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってくることもあります。
実際に不正指令電磁的記録作成等罪に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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