【短期賃貸借保護制度の悪用の歴史(=平成15年改正で廃止される経緯)】

1 短期賃貸借保護制度の悪用の歴史(=平成15年改正で廃止される経緯)

平成15年の法改正以前の民法395条に、短期賃貸借保護制度というものがありました。
詳しくはこちら|短期賃貸借保護制度(平成15年改正前民法395条)と借地借家法との関係
抵当権者と所有者の利害のバランスをうまくとって、不動産の活用を促す制度として誕生しましたが、ふたをあけてみたらほとんど悪用、弊害しか起きなかった、という悲しい歴史があります。よかれと思ってルールを作ったのに弊害しか起きなかった、という国の最高機関レベルの失敗例として将来の立法に役立つ(役立てなくてはならない)歴史、ともいえます。また個別の案件でこれと似たようなことが起きないよう注意を払う、予防策をとる、という局面でも役立つ(活かせる)黒歴史ともいえます。
本記事では、短期賃貸借保護制度の悪用の歴史を紹介します。

2 新版注釈民法(民法395条関係)

占部洋之氏は、短期賃貸借保護制度が悪用されていた実情を説明しています。この制度により、短期賃貸借は競売の買受人(新たな所有者)が引き継ぎます。貸し続けることが必要となりますし、さらに、敷金返還義務も承継する(負う)ことになりました。
詳しくはこちら|新所有者が承継する敷金(返還義務)に関する事項と売買における敷金引継
結果的に競売による売却に支障が出るため、不動産を担保として活用すること自体にも支障が出ていました。

新版注釈民法(民法395条関係)

あ 制度の本来の目的

・・・短期賃貸借保護制度は、抵当不動産を借り受け、これを利用する者を保護する制度であったはずなのに、

い 悪用の手法の内容

実際には、利用の意思がないにもかかわらず、建物のみならず土地についても、存続期間が土地については5年、建物については3年と食い違った賃借権の登記(場合によってはその仮登記のみ)が経由され、しかも、賃料が全額前払いされ、多額の敷金が差し入れられ譲渡転貸自由の特約がなされた旨が登記等に記載されることにより、

う 悪用者利得の構造

抵当権者が抵当権の実行手続をとっても、高価での買受人は出現せず、やむなく抵当権者は賃借人に対して、立退料を支払って明け渡してもらい、賃借権登記の抹消承諾料を支払って登記を抹消してもらうという事態が頻発していたのである。

え 担保としての機能の毀損

しかも、濫用の恐れがある短期賃貸借が買受人に引き受けられるかどうか、仮に引き受けられたとしても買受人による当該短期間の満了後の賃貸借終了の主張が認容されるかどうかは事前予測が困難であるため、このような執行妨害のリスクを予め「コスト」として織り込んでおくことは容易ではなく、結果として不動産の担保価値が有効に利用されないことになった。
※占部洋之稿/柚木馨ほか編『新版 注釈民法(9)改訂版』有斐閣2015年p457、458

3 新版注釈民法(民法605条関係)

幾代通氏は、賃借権設定登記が実際に使われる状況の説明の中で、本来の賃借権登記が使われることはレアだが、防衛的・形式的な賃借権登記は使われている(いた)と指摘しています。結果的に、担保権は交換価値だけを把握し、用益権能を所有者に残すことが特徴なのに、(形式的に)用益権を把握する登記を活用している、という皮肉な現象が起きていたのです。

新版注釈民法(民法605条関係)

あ 賃借権登記利用の実情→「形式的」賃借権のみ

ただし、賃借権登記が稀有だというのは、実質的な賃借権についていえるのであって、形式的な意味での賃借権登記は、ある程度は利用されている

い 抵当権者による防衛的賃借権仮登記

すなわち、抵当権のなるべく有利・円滑な実行を確保しようとして、抵当権設定登記後に第三者が取得する賃借権―とくに395条によって抵当権にも対抗しうるそれ―を封ずる目的でもって、抵当権者が、通常抵当権設定登記と同時に、自己のために賃借権の登記―普通は、抵当債務の履行遅滞を停止条件としての賃借権設定請求権保全の仮登記―を取得する場合である。
これは、すでに明治30年代にさる金融業者の案出したものだといわれ、その後現在まで、抵当権によってする金融においてはかなり常識化している実務である(福島正夫「不動産登記法の実際問題」法時6巻1号〔昭9〕31など参照)。

う 用益権能を除外した抵当権の保護のための用益権設定というおかしみ

このように、本条は、それが予定された本来の社会的目的のために実際に働くことは滅多になく、かえって皮肉にも、用益権とは反対の立場にある抵当権の補強手段として利用されることがある、というのが実状である。
※幾代通稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p184

4 田高寛貴ほか・担保物権法

田高寛貴氏らの著書にも、短期賃貸借保護制度の悪用の歴史が紹介されています。理論的には借りるつもりがないのに金銭を得る目的で設定した賃借権は通謀虚偽表示として無効となります。つまり、架空のものとして扱われます。ただその理論を実際に適用するには、賃貸借は仮装だということの立証が必要になります。結局、そう簡単にその理論が発動するわけではないのです。結論としてこの制度の悪用がワークしてしまう構造になっていたのです。

田高寛貴ほか・担保物権法

あ 買受人の立場(前提)

・・・買受人は、その賃借人から賃料を受け取る権利を手に入れはする。
だが、買い受けた不動産を賃借人に使用させる義務はもちろん、敷金の返還義務をも承継しなければならなかった。

い 悪用の手法の内容

この短期賃貸借保護制度は、いわゆる占有屋によって大いに悪用された(→38頁も参照)。
たとえば、賃貸借契約の内容として不相当に安い賃料が合意された。
買受人は、賃料を受け取れるとしても、ごくわずかな金額のそれしか得られない。
賃借人となっている者が、転貸を可能とする特約(612条1項)も付けさせることで、不動産を転貸し、安い賃料と相場どおりの転貸賃料との間の差益でひと儲けすることさえあった。
また、不相当に高額な敷金を差し入れたことにして、その返還を買受人に迫るといったことも行われた。

う 悪用者利得の構造

このようないわくつきの物件を競売で速やかに高額で売却することができるはずがない。
立退料という名目で理由なき金員が抵当権者から占有屋に支払われることがしばしばあった

え 悪質な賃借人への対応

悪質な賃借人に対する抵当権者の対抗方法
虚偽の短期賃貸借契約を結んだことにして、これを盾に抵当不動産に居座る者もいた。
とくに、賃借人を称する者がただでさえ安い賃料の向こう数年分を前払いしたと主張する場合は、虚偽の契約である可能性が極めて高い。
理屈のうえでは、虚偽表示を理由にその無効を認定し(94条1項)、その者の占有権原を否定し、排除につなげる、という手立ても考えられなくはない。
だが、虚偽表示の立証は困難である。
このような場合、旧法下における抵当権者は、悪質な賃貸借契約も一応は有効なものであることを前提にしつつ、その解除を求めることができた(旧395条ただし書)。
※田高寛貴ほか著『担保物権法 第2版』日本評論社2019年p76、77

本記事では、平成15年に廃止される前の短期賃貸借保護制度が悪用された歴史について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に不動産に関して、登記などの法制度の悪用に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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