【不動産鑑定士による鑑定の種類と裁判所が採用する傾向(反論の重要性)】

1 不動産鑑定士による鑑定の種類と裁判所が採用する傾向

不動産鑑定士は、文字どおり、不動産に関する評価額を計算する(鑑定する)のが仕事です。実際に不動産に関する紛争解決の中で不動産鑑定士による鑑定が結果に直結するほど大きく影響する場面は多いです。
ところで、不動産鑑定士はいろいろな立場で鑑定を行います。それによって、裁判所が採用するかどうかの傾向が大きく違ってきます。
実務では、このような不動産鑑定士による鑑定の特徴をしっかり理解していないと最適な主張・立証をすることができません。
本記事では、不動産鑑定士による鑑定の種類(立場)と、裁判所が採用する傾向について説明します。

2 不動産鑑定士が評価を行う場面と立場

不動産鑑定士の鑑定(評価額の計算)とひとことで言っても、何の評価額か、また、どのような立場で評価を行うかということについてバリエーションがあります。不動産鑑定士の立場によって、結果にどのように影響するかということが違ってきます(後述)。なお、不動産鑑定士による評価は、不動産の価値以外賃料もありますが、以下説明することはいずれについても共通しています。

不動産鑑定士が評価を行う場面と立場

あ 評価額の種類

ア 財産の価値 土地、建物、借地権の価値
イ 賃料(地代・家賃) 相当賃料(継続賃料)
ウ 立退料(明渡料) 賃借人に明渡を求める際の立退料(明渡料)

い 不動産鑑定士の立場

ア 中立的(公的)な立場 鑑定人(による鑑定)、鑑定委員会(の意見)、調停委員(の意見)
イ 当事者側の立場 私的鑑定(当事者による依頼)

3 不動産鑑定士が計算する価値の内容(概要)

不動産鑑定士は、不動産鑑定評価基準を使って不動産の価値を計算します。具体的には、市場価値であって、通常は個別的な事情がないことを前提とする正常価格ということになります。
詳しくはこちら|不動産(土地)の評価額の基本(実勢価格・時価・不動産鑑定評価・売出価格・成約価格)
この価値(評価額)は公正でなくてはならないので、公正価値と呼ぶこともあります。

4 公正価値の「幅」

不動産鑑定士は公的な資格であり、公正価値を計算する(鑑定・評価する)のが仕事です。
では、どの不動産鑑定士が評価しても同じ結果が出てくるか、といったらそうではありません。公正といえる(範囲)があるのです。

公正価値の「幅」

公正価値には幅があるため、同じ不動産でも担当した不動産鑑定士の判断等によって鑑定評価額(公正価値)は違ってくる
※冨田建著『ビジネス図解 不動産評価のしくみがわかる本』同文館出版2021年p21

5 相手方の私的鑑定への対応姿勢

実務では、相手方から不動産鑑定士による鑑定書が示されることがあります。一般の方はこれは正しい評価額だと思って、受け入れようと考えてしまうこともあります。
しかし通常はそうではありません。相手方に有利な評価額が作られているはずです。公正といえる幅の中で相手方の希望寄りの金額であると思った方がよいでしょう。少なくとも唯一正しい評価額と決めつけるわけにはいきません。

相手方の私的鑑定への対応姿勢

裁判や売買等の交渉の局面で公正価値の見解が分かれる場合、相手方から提示された不動産鑑定評価書は、「公正価値の幅の中で、相手方に都合のよい価格」を提示してきたものと推察される。
これをのんでしまっては、本来は公正価値の幅のうち、もっと有利な価格を提示できたところ、不利な結果を甘受してしまうことになりかねない
・・・
相手方の不動産鑑定士は「仕事として」鑑定評価を行ったにすぎないので、その不動産鑑定しの鑑定評価書が当方に不利な内容であったとしても、それでただちに不当な鑑定評価にいうことにはならない。
相手方の鑑定評価書が提示されたとしても、それは「相手方が主張したいことを専門知駆使して代弁している」程度に考えた上で、「最終的にいかに当方が満足のいく結果を得られるか」を前向きに考えるとよい
※冨田建著『ビジネス図解 不動産評価のしくみがわかる本』同文館出版2021年p21

6 私的鑑定を依頼・活用する際の姿勢

逆に、当事者として、自らに有利な評価額を主張するために、不動産鑑定士に依頼して鑑定をしてもらう状況もあります。この場合は、公正といえる範囲内で自らに有利な評価を作ってもらう必要があります。
ただし、極端に自らに有利な評価額だと、かえって説得力(合理性)が失われてしまいます。不動産鑑定士としても、依頼者の希望とはいえ、公正の範囲から逸脱する評価をすることはできません。

私的鑑定を依頼・活用する際の姿勢

裁判や売買等の交渉等の局面で相手方と当方の利害が相反する場合には、相手方提示の鑑定評価額を鵜呑みにせずに、公正価値の幅の中で当方に有利な価格を把握し、主張・意思決定をすべき
※冨田建著『ビジネス図解 不動産評価のしくみがわかる本』同文館出版2021年p21

7 裁判所が中立の評価を採用する傾向

以上の説明は、当事者が不動産鑑定士に評価を依頼するもので、私的に依頼するので私的鑑定と呼ばれています。
これに対して、当事者ではなく裁判所が不動産鑑定士に鑑定を依頼する(民事訴訟法上の)鑑定や、鑑定委員会や調停委員として不動産鑑定士が評価をする場合は、中立の立場の不動産鑑定士が評価を行います。いわば中立の評価です。
中立の評価は、公正な価格の幅の中の中央の評価額である可能性が高いといえます。
このような構造から、裁判所が中立の評価をそのまま採用する傾向が強いです。

8 当事者による中立の評価の批判の重要性

ただし以上のことは一般論で、中立の評価が合理的であるとは限りません。当事者が私的鑑定や主張書面で、中立の評価の不合理性を丁寧に指摘、批判することが重要です。これにより、裁判所が中立の評価をそのまま採用せず、一部修正を加えることはよくあります。また、裁判所が中立の評価を全面的に否定し、私的鑑定をストレートに採用するという実例もあります。
詳しくはこちら|借地権優先譲受申出(介入権)の対価の計算で私的鑑定を採用した裁判例

9 弁護士と不動産鑑定士の協力の重要性

以上のように、当事者としては、中立の評価が出たらその内容を詳細に検討し、批判的な主張をすることが、有利な結果につながります。
中立の評価(鑑定結果や鑑定委員会の意見)を代理人である弁護士が読んだだけでは最適な批判(不合理性の指摘)ができるとは限りません。不動産鑑定士とともに最適な批判を精査、検討することが望ましいです。
そこで、当事者が不動産鑑定士に評価(鑑定)を依頼する際には、単に鑑定書の作成だけではなく、鑑定書作成後の、相手方の主張(私的鑑定)や中立の評価への反論の検討も含める形で依頼しておく方がよいのです。

本記事では、不動産鑑定士による鑑定の種類(立場)と、裁判所が採用する傾向について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に不動産に関する評価(価値や賃料の金額)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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