1 全面的価格賠償における賠償金支払と移転登記の引換給付判決
2 令和3年改正による給付命令の明文化(概要)
3 同時履行の抗弁の主張なしで引換給付判決をする必要性
4 同時履行の抗弁の主張なしで引換給付判決を認める見解
5 引換給付発動基準
6 原告による同時履行の抗弁の主張の訴訟法的扱い(参考)
7 引換給付判決による事実上の先履行

1 全面的価格賠償における賠償金支払と移転登記の引換給付判決

共有物分割訴訟が、全面的価格賠償の判決で終わる場合には、判決の中で、いろいろな履行確保措置が採用されます。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否
本記事では、履行確保措置の中の、賠償金支払と移転登記の引換給付判決について説明します。

2 令和3年改正による給付命令の明文化(概要)

令和3年改正で、共有物分割訴訟の判決で裁判所が給付命令をつけることができる、ということが明文化されました(民法258条4項)。しかし、給付命令をつけた場合に、引換給付とすることについては、条文に記載がありません。
ただ、令和3年改正についての法務省の解説の中に、引換給付判決とすることを認める見解が示されています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否
結局、令和3年改正以前の議論(解釈論)は現在でも当てはまります(役立ちます)。以下、令和3年改正以前の議論を説明します。

3 同時履行の抗弁の主張なしで引換給付判決をする必要性

解釈の問題となるのは、当事者が同時履行の抗弁の主張をしていない場合にも裁判所が引換給付判決をすることができるか、という点です。
逆にいえば、当事者が同時履行の抗弁を主張していればこのような解釈の問題は生じません。しかし、実際には同時履行の抗弁の主張を抑制する状況が構造的によくあるのです。

同時履行の抗弁の主張なしで引換給付判決をする必要性

あ 問題点(前提)

(賠償金の支払と持分の移転登記手続について)
当事者が同時履行の抗弁を主張していないままで、裁判所が引換給付判決をする(同時履行関係を認める)ことができるか

い 原則論(否定)

同時履行の抗弁は権利抗弁であるから、共有物分割訴訟においても、当事者からその旨の申立て(主張)がない限り職権で斟酌することはできないというのが伝統的な理解であろう
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p897、898

う 原則論の問題点(訴訟指揮の限界)

代価取得者から引換給付の申立がない限り無条件の移転登記手続を命じなければならないとすると、事案によっては、賠償金の履行確保の点に不安が生じないではない
全面的価格賠償の方法により現物取得者に共有物を取得させる可能性があるのであれば、代価取得者に釈明を求めて、予備的にせよ同時履行の抗弁を主張させることが望ましい
しかし、代価取得者が現物取得者の共有持分を争ったり、現物取得者の分割請求が権利の濫用に当たるとして争う場合など、代価取得者の応訴態度いかんによっては訴訟指揮による対応にも限界があろう
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p897、898

4 同時履行の抗弁の主張なしで引換給付判決を認める見解

前記のように、当事者の同時履行の抗弁の主張がなくても裁判所が積極的に引換給付判決をした方がよいというニーズはあります。解釈としても、肯定する見解が一般的です。

同時履行の抗弁の主張なしで引換給付判決を認める見解

あ 一般的学説(肯定方向)

ア 傾向 (当事者が同時履行の抗弁を主張しない場合に)
賠償金の支払と持分の移転登記手続とは同時履行関係に立ち、引換給付判決を命ずべきであるとする見解が有力である
※平野裕之『判例セレクト79』p17
※新田敏『法学教室』p145
※佐藤岩夫稿/『判例タイムズ957号』1998年2月p82(同時履行の抗弁の主張を前提とする)
※山野目章夫『NBL641号』p54
イ 直井義典氏見解 ただ、登記の移転が先履行とされると抵当権の設定を認めない限り価格賠償金の支払を担保するものがなくなってしまうので、少なくとも抵当権の設定を認めない場合には原判決のように価格賠償金の支払と登記の移転を同時履行の関係に立つものとするのが適当であろう
また、同時履行の関係を認めたとしても価格賠償金の支払がなされない限り共有の登記がいつまでも残ることになり、共有物分割の訴えを認めた意味が失われるおそれがあることにも注意すべきである。
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1589

い 判例解説(肯定方向)

(対抗要件具備行為の場合と同様、)非訟事件の実質を有する共有物分割訴訟においては、裁判所の裁量的判断により、明示の申立がなくとも目的を達する上で必要と認められる処分をすることができ、したがって、履行確保の必要がある場合には職権で引換給付を命ずることもできると解するのが相当ではなかろうか
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p897、898

う 判例の補足意見(肯定)

持分権移転に伴う登記手続と金銭の支払には同時履行関係を認めるのが相当である
裁判所は、同時履行の抗弁の有無にかかわらず、その裁量により、登記手続につき金員支払との引換給付を命じ得るとしなければならない
裁量権の発動の一内容として許容され得るものと考える
※最高裁平成11年4月22日・遠藤光男・藤井正雄裁判官共同補足意見

5 引換給付発動基準

当事者が同時履行の抗弁を主張しない場合でも、一般的には裁判所は引換給付判決をすることができます。しかし、しなければならないというわけではありません。とはいっても、原則的には同時履行とした方が好ましいですし、実務でもそのような運用がほとんどです。

引換給付発動基準

現物取得者の信用度が高く、対価の額が比較的少額であって、金銭債務の履行につき全く不安視する要素がない場合を除き、右のように引換給付を命ずることを原則とする運用を考慮すべきであろう
※最高裁平成11年4月22日・遠藤光男・藤井正雄裁判官共同補足意見

6 原告による同時履行の抗弁の主張の訴訟法的扱い(参考)

当事者が同時履行の抗弁を主張している場合には、解釈の問題は生じず、裁判所が引換給付判決をしなくてはならないことになります。この当事者の主張ですが、現物取得者となった原告が主張している場合も含みます。つまり、自己の権利を制限する側が主張するという状態で、一般的な訴訟では当時履行の抗弁とは認められませんが、共有物分割訴訟では認められます。

原告による同時履行の抗弁の主張の訴訟法的扱い(参考)

原告(現物取得者)が請求を自制し、自ら賠償金の支払と引換えに移転登記手続をすることを求めている場合(一部請求の一種である)
→当事者からの主張があったものとなる(同時履行の抗弁が必要であるという見解をとった場合にでも裁判所は引換給付を命じることができる)
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p897、898

7 引換給付判決による事実上の先履行

ところで、引換給付判決は、理論的には文字どおり、同時履行(引換の給付)を実現するためのものです。
しかし、具体的な執行のプロセスでは、賠償金支払を先に履行しなくてはならない状態になります。これは共有物分割訴訟に限らず、登記手続請求の引換給付判決にひろくあてはまることです。実務の現場をリアルにいうと、当事者(の依頼を受けた弁護士や司法書士)が、ハラハラしながら裁判所と法務局を駆け巡る状態になる、ということです。ただ、この程度の(対価支払と登記移転の)タイムラグであれば、リスクを許容して(同時履行が保たれているものとして)不動産の取引が実際に行われることもあります。そこまで大きな先履行リスクとはいえないかもしれません。
詳しくはこちら|仮差押(仮処分)登記のある不動産の売買の決済(取下書や解放金の利用)

引換給付判決による事実上の先履行

あ 具体的な執行プロセス(前提)

登記手続など債務者の意思表示を命ずる判決について、債務者の意思表示が反対給付との引換えに係る場合には、『執行文が付与された時』に意思表示をしたものとみなされる
※民事執行法177条1項ただし書
債務者の意思表示を命ずる判決に関しては、債権者が反対給付又はその提供のあったことを証する文書を提出したときに限り、執行文を付与し得る(執行開始の要件(民事執行法31条)ではない)
※民事執行法177条2項

い 現実的な結果

判決により移転登記手続が命じられた場合において、これが賠償金の支払との引換えに係る時は、事実上、賠償金の支払が先履行の関係に立つことになる
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p892、904

本記事では、全面的価格賠償の判決における、賠償金支払と移転登記の引換給付判決について説明しました。
実際には、個別的な事情により最適なアクション(解決手段の選択・主張立証の方法)は異なります。
実際に共有不動産の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。