1 全面的価格賠償における対価取得者保護の履行確保措置(金銭給付・担保設定)
共有物分割訴訟が、全面的価格賠償の判決で終わる場合には、判決の中で、いろいろな履行確保措置が採用されます。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否
本記事では、履行確保措置の中の、対価取得者を保護する措置を説明します。要するに賠償金支払リスクを低減させるための措置であり、具体的には賠償金や利息、損害金の給付判決と担保の設定があります。
2 令和3年改正による給付命令の明文化(概要)
令和3年改正で、共有物分割訴訟の判決で裁判所が給付命令をつけることができる、ということが明文化されました(民法258条4項)。
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そこで、形式的には、当事者の申立がなくても裁判所が各種給付命令をつけることができることになったといえます。ただしあくまでも裁判所の裁量です。裁判所がどのような給付命令(履行確保措置)をつけるか、という判断においては、令和3年改正以前の議論(解釈論)は当てはまります(役立ちます)。
3 賠償金の給付判決(債務名義化)
賠償金の支払確保措置のもっとも代表的なものは、賠償金支払の給付判決(条項)です。債務名義化するともいえます。
解釈上の問題としては、当事者(対価取得者)が請求(申立)をしていない状況で裁判所が給付判決をすることができるか、というところにあります。
これについては肯定する見解が一般的であり、実際に裁判所も全件で賠償金の支払の給付を判決に入れています。
令和3年改正の民法258条4項(前述)にも金銭の支払(の給付)が明記されています。
賠償金の給付判決(債務名義化)
あ 問題点(前提)
当事者が賠償金の請求(予備的反訴の提起や予備的請求の追加)をしていないままで裁判所が賠償金の給付判決(債務名義化)をすることができるか
い 原則論(否定)
ア 判例の補足意見
民事訴訟としての共有物分割において全面的価格賠償の方法による分割を行う場合にも、裁判所が当事者間に共有持分移転の対価についての債権債務関係を非訟的に創設することができる
しかし、その債権の履行請求は純然たる訴訟の領域に属する事柄であり、対価取得者の明示の申立もないのに、対価について給付判決をして債務名義を形成することはできないであろう
※最高裁平成11年4月22日・遠藤光男・藤井正雄裁判官共同補足意見
イ 判例解説
(共有物分割訴訟の性質からは)
共有物分割の裁判では賠償金の支払を義務付け得るにとどまり、その給付を命ずることはできないことになるはずである
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p895、896、906、907
う 主流の解釈(肯定)
少なくとも金銭支払については、その性質上、別個の申立てがなくとも給付命令を発することができるとの見解がある
※柴田保幸『最高裁判所判例解説民事篇昭和62年度』p245
賠償金の支払は、分割内容の実現と不可分な性質を有しているから、賠償金の給付は職権で命ずることができると解するのが相当であろう
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p895、896、906、907
賠償金は他の共有持分を取得する対価ともいうべきであり、裁判の確定により、共有持分を取得する共有者において、無条件に共有物の所有者となることとの均衡上、賠償金の支払を即時に強制される状態に現物取得者が置かれるのも、また公平に合致するというべきであり、これが共有物分割の内容となっているものと解することができる
※大阪高裁平成11年4月23日
え 実務
ア 肯定する扱い(主流)
実務上は、価格賠償を命ずる裁判においては、当事者から給付命令の申立がない場合であっても、ほぼ例外なく賠償金の給付が命じられている
※山口地裁昭和45年7月13日
※神戸地裁平成元年6月2日
※広島高裁平成3年6月20日(最高裁平成8年10月31日の原審)
※大阪地裁岸和田支部平成6年6月10日、大阪高裁平成7年3月9日(最高裁平成8年10月31日の第1審、原審)
イ 否定する扱い(参考)
賠償金の支払を義務付けるだけのものは、恐らく極めて少ない
金銭給付義務の帰属を明らかにするだけの形成判決というのは、共有物分割の目的を達する上で、極めて迂遠な方法である
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p895、896、906、907
お 遺産分割審判における運用(参考)
遺産分割審判において、代償金の給付を命じることは多い
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4 利息、遅延損害金の給付判決
前記の賠償金の支払の給付の延長として、利息や遅延損害金の給付判決も問題となります。
結論としては、(対価取得者の請求がなくても)賠償金の支払の給付とともに遅延損害金の給付も条項として入れることがほとんどです。
利息、遅延損害金の給付判決
あ 問題点(前提)
当事者が賠償金やこれに対する利息、遅延損害金の請求(予備的反訴の提起や予備的請求の追加)をしていないままで裁判所が利息、遅延損害金の給付判決(債務名義化)をすることができるか
い 原則論(否定)
利息、遅延損害金の付加は、対価の額とその履行期の決め方に連なる問題であって、共有物分割訴訟に応用可能であるが、申立なくして給付を命じ得ない(前記同様)
※最高裁平成11年4月22日・遠藤光男・藤井正雄裁判官共同補足意見
う 主流の解釈(肯定)
賠償金の給付命令が可能と解するのであれば、判決確定時あるいは支払を猶予する場合にはその後の一定期限より、利息ないし遅延損害金を付することが許されてよいであろう
え 実務
当事者から申立てがないのに、金銭給付を命ずるとともに民事法定利率による遅延損害金の支払を命ずる事例は少なくない
※最高裁平成8年10月31日
※大阪地裁岸和田支部平成6年6月10日、大阪高裁平成7年3月9日(最高裁平成8年10月31日の第1審・原審)
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p896
お 遺産分割審判における運用(参考)
(遺産分割審判において、代償分割の代償金の支払猶予を与えた場合(分割払いとした場合))
審判確定の日から完済に至るまで民法所定の割合による利息を付加すべきものとされている
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5 担保の提供(抵当権設定)
賠償金支払リスクを低減させる措置として、現物取得者に担保を提供させるという方法が考えられます。しかし、これについては否定される傾向にあります。
この点、令和3年改正の民法258条4項(前述)にも、担保の提供は記載されていません。
担保の提供(抵当権設定)
あ 問題点(前提)
(当事者の請求(申立)の有無と関係なく)
裁判所が、賠償金の支払確保措置として、現物取得者に賠償金債務の担保を提供させることができるか
い 肯定する見解
※川井健『注釈民法(7)』p17参照
※直井義典『法学協会雑誌115巻10号』p1589参照
う 否定する見解
判決において現物取得者に担保を提供させることは解釈論としては無理ではないかと思われる
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893、904
担保権の設定は、訴訟に親しむ事項とはいい難い
※最高裁平成11年4月22日・遠藤光男・藤井正雄裁判官共同補足意見
え 立法論
(融資を可能にし、いわゆる金持ち以外の人にも全面的価格賠償の方法の実現 ・拡大を図るための立法論として)抵当権設定等の方法をも、実定法上、確保することが必要ではないのか
※奈良次郎『共有物分割訴訟と全面的価格賠償について』/『判例タイムズ953号』p60
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893、904
お 遺産分割審判における運用(参考)
遺産分割審判において、代償金支払の担保を設定することは行われていない
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本記事では、全面的価格賠償の判決における履行確保措置のうち、対価取得者保護のための措置について説明しました。
実際には、個別的な事情により最適なアクション(解決手段の選択・主張立証の方法)は異なります。
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