【相続分譲渡の基本と実務(遺産分割からの離脱と参加)】

1 相続分譲渡の基本と実務(遺産分割からの離脱と参加)

相続人が持っている「相続分」を譲渡することができます。要するに、遺産分割への参加者が変わる(バトンタッチする)というものです。本記事では、相続分の譲渡について説明します。

2 『相続分』を譲渡すると『相続人としての地位』が移転する

相続分の譲渡の基本的な理論を最初に確認しておきます。

相続分の概念・相続分譲渡

あ 『相続分』

遺産全体に対する各相続人の分数的割合
『相続人としての地位』という趣旨
遺産の中の特定の財産・権利とは違う

い 相続分の譲渡|内容

相続人が承継した権利義務を包括して移転する契約
※民法905条
※田中壮太ほか『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』司法研修所p166

う 相続分の譲渡|結果

相続分を譲渡した相続人
→遺産分割の協議・調停・審判などの手続から脱する

3 相続分の譲受人は『相続人/それ以外の者』のいずれでも良い

相続分譲渡の『譲受人』には制限がありません。

相続分の譲渡|譲受人の制限

法律上『譲受人』に制限はない
相続人以外への譲渡も可能である
実務上は『他の相続人の1人』への譲渡が多い

4 相続分譲渡をしても、相続債務は債権者の承諾がないと承継が認められない

相続分を譲渡した場合でも、譲渡人は完全に相続関係から脱することにはなりません。
相続債務だけは債権者という譲渡に関与しない第三者が存在するので扱いが特殊なのです。
相続債務については、その債権者が承諾しない限り、「譲受がなかったもの」として考えることになっています。
つまり、譲渡人は、債権者から請求を受ける立場のままになります。
この点、債権者が『譲渡』に同意すれば、相続債務の負担がなくなります。

5 相続分の譲渡と農地法の許可

相続財産の中に農地があると、相続分の譲渡により農地の共有持分が移転するような状況になります。
一般的な農地の所有権移転では農業委員会の許可が必要です。
しかし、(他の)相続人への相続分の譲渡については許可が不要となります。相続人以外の者への相続分の譲渡の場合は、原則に戻って許可は必要となります。

相続分の譲渡と農地法の許可

あ 農地法の許可の原則論(前提)

農地の所有権移転について
農業委員会の許可が必要である
効力要件とされている
※農地法3条

い 相続人間の相続分の譲渡

共同相続人間においてされた相続分の譲渡に伴って生ずる農地の権利移転について
→農地法3条1項の許可を要しない
※最高裁平成13年7月10日

う 相続人以外への相続分の譲渡

相続人以外の者に対して相続分譲渡がなされた場合
『い』の判例には該当しない
→原則どおり、農地法3条1項の許可を要する

6 相続分譲渡の方式は決まっていないが記録にするため書面の調印がベター

(1)法律上、相続分譲渡の方式は限定なし

民法上、特に相続分譲渡の方式、様式は決められていません。
ですから、口頭、書面はいずれでも構いません。
有償、無償いずれでも構いません。
相続分のうち一部だけ(例えば2分の1)を譲渡することも可能です。

(2)相続分譲渡は記録にするため書面化することが推奨される

相続分譲受によって、譲渡人・譲受人は当然として、他の相続人にも大きな影響があります。
義務ではないですが、譲渡の契約は契約書として明確化・記録化しておいた方がベターです。
また、他の相続人にも早めに知らせておくと良いでしょう。
場合によっては、他の相続人から「取戻」(買取)の請求がなされることもあります。

7 相続分の譲渡人は遺産分割から抜ける・譲受人は参加する

相続分を譲り受けた者は、遺産分割に参加します。協議がまとまらず、家庭裁判所の調停や審判となった場合には当事者として参加できます。
詳しくはこちら|相続手続全体の流れ|遺言の有無・内容→遺産分割の要否・分割類型・遡及効
調停や審判が行われている段階で相続分の譲渡が行われた場合、相続分を譲渡した者(相続人)は調停や審判の手続から抜けることになります。
詳しくはこちら|相続分譲渡・相続分放棄があった場合の家事調停・審判における手続(排除決定)(整理ノート)

8 相続分譲渡が関係する不動産登記の申請

相続分の譲渡がなされた後に、相続人(の地位を有する者)の間で遺産分割の調停が成立、または審判が確定した時には、相続の登記をすることになります。

相続分の譲渡が関係する不動産登記の申請

あ 遺産分割の『協議』による相続登記

ア 申請人 遺産分割によって取得することとなった相続人(の地位を有する者)
イ 添付書類 ・遺産分割協議書
・相続分譲渡証書
・これらの書面に押印された印鑑の印鑑証明書

い 遺産分割の『調停・審判』による相続申請

ア 申請人 遺産分割によって取得することとなった相続人(の地位を有する者)
イ 添付書類 ・遺産分割の調停調書or審判書

9 相続分譲渡→取戻権行使→遺産分割への参加を回避

相続分は自由に譲渡することが可能です(前述)。相続分が第三者に移転した場合、他の相続人が強制的にこれを買い取る手段があります。

相続分譲渡に対する取戻権

あ 取戻権|基本

『共同相続人以外』の者が相続分を譲り受けた場合
→相続人は強制的に買い取ることができる
※民法905条

い 典型的な前提事情

好ましくない者に相続分が譲渡された
→取戻権行使を行う
→遺産分割への参加を回避する

う 費用の償還

相続分の価額・費用を償還する必要がある

え 期間制限

相続分譲渡後1か月以内

10 相続人の間で相続分譲渡をした場合、譲渡後の状態を元に相続税を算定する

(1)相続税申告『前』の相続分譲渡→変更後の相続分で申告する

相続人間で相続分の譲渡が行われると、法定相続分が修正されたような状態になります。
この時の課税についての解釈をまとめます。

相続分の譲渡×課税

相続分譲渡が反映された『相続分』を元に相続税が算定される
※東京地裁昭和62年10月26日

有償で譲渡された場合は『譲渡代金分』について、譲渡人は加算、譲受人は減額します。

(2)相続税申告『後』の相続分譲渡→遺産分割が終わってから修正申告or更正請求

相続税申告後に相続分譲渡が行われると、既に行った申告の内容が違っている状態になります。
事後的に『変更』する必要があります。
具体的な手続をまとめます。

事後的相続分譲渡×構成請求/処分

あ 更正請求

相続税申告『後』に相続分が譲渡された場合
→遺産分割(協議・調停・審判)が終了した
→更正請求などができる
※相続税法55条;反対解釈

い 課税庁からの更正処分

相続分譲渡による変動を反映させる
※最高裁平成5年5月28日

11 『相続人以外』への相続分譲渡|譲渡代金が低いと贈与税の対象

(1)譲渡人も相続税申告の義務があると思われる

相続分の譲渡人は、その後遺産分割(協議や審判)に参加せず、具体的承継も受けません。
しかし、課税関係としては、無関係になるという扱いはなされません。
相続分を譲渡した場合でも、相続税の申告を行い、納税をするべきだと思われます。

(2)譲受人は譲渡金額が低い場合は贈与税が生じる

そして、譲受人は、譲渡代金との関係で差があれば、贈与を受けたとみなされ、贈与税が課せられると思われます。
このように複雑になるのは、相続分譲受人は税法上『相続人』でもなく『受遺者』でもない→相続税申告ができない、というねじれがあるからです。

12 相続分の放棄との違い(概要)

相続分の譲渡と似ている手段(手続)として、相続分の放棄があります。遺産分割から離脱するという効果では相続分の譲渡と同じです。しかし、相続分の放棄には、相続人の1人が単独で行うことができるなど、相続分の譲渡とは異なる扱いもあります。詳しくは別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|相続分の放棄の全体像(相続放棄との違い・法的性質・効果・家裁の手続排除決定)

13 関連テーマ

(1)相続分譲渡(相続分放棄)の理論(民法905条)

相続分譲渡の理論、細かい解釈については、別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|相続分譲渡(相続分放棄)の理論(民法905条)(解釈整理ノート)

(2)相続分譲渡に対する取戻権の理論(民法905条)

相続分譲渡に対する取戻権についても、その理論、細かい解釈を別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|相続分譲渡に対する取戻権の理論(民法905条)(解釈整理ノート)

本記事では、相続分の譲渡について説明しました。
実際には、具体的な状況によって最適な手段は違ってきます。
実際に相続や遺産分割の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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