人事訴訟の職権探知と当事者の地位→弁論権と意見聴取が残り、協力義務も負う
1 人事訴訟の職権探知と当事者の地位→弁論権と意見聴取が残り、協力義務も負う
人事訴訟では、裁判資料を集める責任が裁判所にあります(人事訴訟法20条前段)。では当事者は何もしなくてよいのか、何を言う権利が残るのかが問題になります。
職権探知主義は、資料収集の責任を裁判所へ移すものであって、当事者を手続の客体にするものではありません。当事者は事実を主張し証拠を申し出る権利(弁論権)を持ち、裁判所が職権で調べた結果については意見を述べる機会が保障されます。その裏側として、当事者は事案の解明に協力する義務を負うと説かれています。
この記事では、職権探知の下で当事者が失わないものと、代わりに負うものを説明します。
2 事実の主張と証拠の申出をする権利=当事者の弁論権
裁判所が訴訟資料の収集と事実の確定に責任を負っているとしても、審理と証拠調べの対象を裁判所だけで決められるという意味ではありません。当事者も事実を主張し、証拠を申し出る権利を持ちます。申し出た証拠調べを、もっともらしい主張に関するものでないとか、ありそうにない事実に関するものだという理由で退けることは許されないとされています。
当事者の協力権(弁論権)
裁判所は訴訟資料の収集および事実の確定について責任を負っているが、これは、何が審理および証拠調べの対象になるべきかを裁判所だけで決定することを意味するものではない。
当事者も事実主張を行い、証拠申出を行う権利を有する。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p73
3 職権で調べた結果→当事者の意見を聴かなければ判決の基礎にできない
人事訴訟法20条後段は、職権で斟酌する事実と職権による証拠調べの結果について、当事者の意見を聴かなければならないとしています。不意打ちを防ぎ、反論の機会を与えるための規定で、当事者の手続保障の中身をなします。
20条後段の意見聴取の趣旨
裁判所が職権によって証拠調べをしたときは、その結果につき当事者の意見を聴いたうえでなければ判決の基礎にすることができない(20条2文)。
この意見聴取は、不意打ちを防ぎ、法的審問請求権(当事者権)を保障し、反論の機会を与えるためのものである。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p74
4 意見聴取を欠いた資料→上告審で職権破棄の理由になりうる
意見を聴く手続を踏まないまま職権で得た資料を判決の基礎にした場合、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反として、上告審で職権による破棄の理由になりうると説かれています。職権探知主義は裁判所の権限を広げる原則ですが、その権限の行使には手続上の枠が掛かっているということです。
20条後段違反は職権破棄の事由となりうる
これに違反した場合、「判決に影響を及ぼす明らかな法令の違反」(民訴325②)として職権破棄の事由となりうる
※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p55
5 当事者の事案解明への協力義務→裁判所の解明義務の限界
人事訴訟法には、当事者の協力義務を定めた規定がありません。家事事件手続法には、当事者は適切かつ迅速な審理と審判の実現のため事実の調査及び証拠調べに協力するものとするという明文があり、人事訴訟でも同じ内容の義務が免除されているわけではないと解されています。
この協力義務は、裁判所の解明義務の限界としても働きます。抽象的に離婚原因があると述べるだけで具体的な事実を何も陳述しない場合や、附帯処分として財産分与を求めながら財産形成への寄与について何も述べない場合に、裁判所が一切を自分の責任で調査しなければならないわけではない、という形です。
家事事件手続法56条(事実の調査及び証拠調べ等)
家庭裁判所は、職権で事実の調査をし、かつ、申立てにより又は職権で、必要と認める証拠調べをしなければならない。
2 当事者は、適切かつ迅速な審理及び審判の実現のため、事実の調査及び証拠調べに協力するものとする。
※家事事件手続法56条
当事者の協力義務
裁判所は事案を解明する権限を有し、かつ責任を負うが、法は当事者に詳しい事実陳述によって事案解明に協力し、また相手方の陳述の重要な点について正確かつ包括的に意見を述べるべき義務を免除してはいないと解すべきである
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p69
裁判所の解明義務の限界
裁判所の解明義務が当事者の協力義務によって制限を受けなければ、有意義な手続はおよそ不可能であろう。
たとえば、原告が離婚訴訟において一般的、抽象的に離婚原因があると主張するだけで、離婚原因にあたる具体的な事実は何ら陳述せず、証拠も提出しない場合、また離婚訴訟の附帯処分として財産分与の申立てをする申立人が単に財産分与を求めるとのみ陳述し、財産取得への自己の寄与などについて何らの陳述もせず、適切な裁判を願うとのみ申し出るような場合、裁判所は一切合切を自己の責任で調査しなければならないのではない。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p70
6 おわりに
職権探知主義の下でも、当事者は手続の主体であり続けます。事実を主張し証拠を申し出る権利は残り、裁判所が職権で集めた資料は、当事者の意見を聴かないかぎり判決の基礎にできません。この枠を外して得た資料で判決がされれば、上告審で職権破棄の理由になりえます。
その裏側として、当事者は事案の解明に協力する義務を負います。主張を抽象的なまま置いて裁判所の調査を待つという進め方は、裁判所の解明義務の限界に当たって通りません。書面で職権探知主義を持ち出すときは、裁判所に調べさせる話としてではなく、自分が何を主張し何を申し出たかとあわせて組み立てることになります。
職権探知主義そのものの内容は、別の記事で説明しています。
人事訴訟の職権探知主義(人事訴訟法20条)|自白が効かない審理と、残る証明責任
どこまで探知すべきか、実際にどこまで探知しているか、どちらの方向に働くかは、それぞれ別の記事で説明しています。
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