人事訴訟の職権探知主義(人事訴訟法20条)|自白が効かない審理と、なお残る証明責任

1 人事訴訟の職権探知主義(人事訴訟法20条)|自白が効かない審理と、なお残る証明責任

離婚訴訟や認知の訴えのような人事訴訟では、判決の基礎にする事実と証拠を集める責任の所在が、通常の民事訴訟と違います。通常の民事訴訟では、当事者が主張しない事実を判決の基礎にすることはできず、証拠も当事者が申し出たものに限られます(弁論主義)。これに対して人事訴訟では、裁判所が当事者の主張しない事実を斟酌し、職権で証拠調べをすることができます。これを職権探知主義といい、人事訴訟法20条前段が定めています。

この違いは審理の随所に現れます。当事者が相手方の主張を認めても、それだけでは事実が確定しません。相手方が争わないまま欠席しても、擬制自白は成立しません。文書提出命令に従わない当事者に対して、その文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めるという扱いもありません。

他方で、当事者が何もしないで済むわけではありません。事実が真偽不明のまま終わったときにどちらが不利益を受けるかという証明責任は、人事訴訟でも動きません。この記事では、人事訴訟の職権探知主義が通常の民事訴訟の規律から何を外し、何を残すのかを、条文と、学説・実務の位置づけに沿って説明します。

弁論主義と職権探知主義そのものの定義は、別の記事で説明しています。

弁論主義と職権探知主義の基本

2 自白も欠席も事実を確定しないが、真偽不明の不利益は当事者に残る

人事訴訟の審理で当事者の行動がどう扱われるかは、次の表で見当がつきます。この表は当事務所の整理で、各行の根拠はこの記事の本文にあります。

人事訴訟では当事者の行動がどう扱われるか

当事者がしたこと・しなかったこと 人事訴訟での扱い
相手方が主張する事実を認めた(自白した) 不要証にはならない。裁判所が証明を必要と見る限り証拠調べの対象になる(人事訴訟法19条1項が民事訴訟法179条の自白部分を除外)
相手方の主張を争わないまま、または期日に出頭しないまま終わった 擬制自白は成立しない(同項が民事訴訟法159条1項を除外)
自分に有利な事実を主張しなかった 主張責任は妥当しない。裁判所は当事者が主張しない事実も斟酌できる(人事訴訟法20条前段)
証拠を申し出なかった 証拠提出責任は妥当しない。裁判所は職権で証拠調べをする(同条前段)
文書提出命令に従わなかった その文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めるという扱いはない(民事訴訟法224条が除外されている)
立証を尽くしたが事実が真偽不明のまま終わった 客観的証明責任を負う側が不利益を受ける。この点は通常の民事訴訟と変わらない
裁判所が職権で事実を調べ、証拠調べをした その事実と結果について当事者の意見を聴かなければ、判決の基礎にできない(人事訴訟法20条後段)

3 人事訴訟法20条が職権探知主義を宣言している——働くのは第一審と控訴審まで

人事訴訟法20条前段は、裁判所が当事者の主張しない事実を斟酌し、職権で証拠調べをすることができると定めています。これが職権探知主義の明文です。後段は、その事実と証拠調べの結果について当事者の意見を聴かなければならないとしています。

職権探知主義が採られている理由は、人事訴訟の判決の効力が当事者以外の第三者にも及ぶこと(対世効)にあるとされています。当事者だけの都合で身分関係が確定されては困るため、真実に即した判決が要請されるという説明です。

もっとも、この原則が働くのは事実を確定する審級、すなわち第一審と控訴審です。上告審は原裁判所のした事実認定に拘束され、原則として法令違反だけを審査の対象とするため、そこでは職権探知主義は働きません。

人事訴訟法20条(職権探知)

人事訴訟においては、裁判所は、当事者が主張しない事実をしん酌し、かつ、職権で証拠調べをすることができる。この場合においては、裁判所は、その事実及び証拠調べの結果について当事者の意見を聴かなければならない。

※人事訴訟法20条

20条本文が職権探知主義を宣言している

20条本文も、「人事訴訟においては、裁判所は、当事者が主張しない事実をしん酌し、かつ、職権で証拠調べをすることができる」と規定し、職権探知主義の採用を宣言している。
人事訴訟の判決は当事者のみならず、第三者の有利かつ不利にも効力を生ずるので、真実に即した判決が要請されるからである。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p64

適用されるのは第一審と控訴審

職権探知主義は、第一審手続および控訴審手続において適用される。
上告裁判所は、事実の確定の方法と手続に違法がある場合を除き、原裁判所のした事実認定に拘束され(民訴321条1項)、原則として法令違反のみを審査の対象とすることができるので、ここでは職権探知主義は妥当しない

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p65

4 人事訴訟法19条1項と20条が、弁論主義の3つの効果をまとめて外している

弁論主義は、3つの効果(三つのテーゼ)を持つものとして説明されます。第1に、裁判所は当事者が主張しない事実を判決の基礎にできません。第2に、当事者間に争いのない事実は、証拠調べをしないで判決の基礎にしなければなりません。第3に、争いのある事実を確定する証拠は、当事者が申し出たものに限られます。

人事訴訟では、第2の効果(自白の不要証効)が人事訴訟法19条1項で、第1と第3の効果が同法20条で外されます。外れ方を場面ごとに見ていきます。

(1)自白した事実も、裁判所が証明を必要と見れば証拠調べの対象になる

通常の民事訴訟では、当事者が裁判所で自白した事実は証明することを要しません。裁判所がその事実の存否に疑問を持っていても同じで、そのまま判決の基礎にしなければなりません。

人事訴訟では、この効果が働きません。人事訴訟法19条1項が、民事訴訟法179条のうち当事者が自白した事実に関する部分を適用除外にしているためです。当事者の一方が相手方の主張を認める陳述をしても、裁判所が証明を必要と見る限り、その事実は不要証になりません。

もっとも、自白に当たる陳述が無意味になるわけではありません。裁判所を拘束しないだけで、弁論の全趣旨として証拠評価の中で考慮することはできます。

民事訴訟法179条(証明することを要しない事実)

裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。

※民事訴訟法179条

裁判上の自白は不要証効を持たない

職権探知主義の妥当する人事訴訟では、裁判上の自白は不要証効を有しない(19条1項)。
当事者の一方が相手方の事実主張を認める旨の陳述をしても、裁判所がその事実の証明を必要と見なすかぎり、その事実は不要証とはならない。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p76〜77

自白的陳述は弁論の全趣旨として斟酌できる

もっとも、この自白的陳述も、当事者の弁論の内容であり、裁判所を拘束しないけれども、裁判所はこれを弁論の全趣旨(全内容)として証拠評価において斟酌することはできる

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p77

(2)争わないまま欠席しても、擬制自白は成立しない

通常の民事訴訟では、相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない当事者は、その事実を自白したものとみなされます(擬制自白)。期日に出頭しない場合にも準用されるので(同条3項)、欠席がそのまま敗訴に結びつくことがあります。

人事訴訟では、この規定も人事訴訟法19条1項で適用除外になっています。当事者が争わなくても、期日に欠席しても、それによって事実が確定することはありません。真実に合致しない事実が確定されるのを避ける必要があるためです。

民事訴訟法159条1項(自白の擬制)

当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったものと認めるべきときは、この限りでない。

※民事訴訟法159条1項

擬制自白も排除される

通常の民事訴訟では、相手方が当事者のした事実主張を争うことを明らかにしない場合には、その事実は自白したものと見なされ、裁判所はこれを判決の基礎にしなければならないが(擬制自白、民訴159条1項本文)、この効果も、職権探知主義のもとでは認められない(19条1項による民訴159条1項の適用排除)。
擬制自白の効力もまた弁論主義に基づくものであるから、弁論主義が適用されない以上、当然の規律である。
擬制自白によって真実に合致しない事実が確定されることを避ける必要があるためである。
当事者の一方が期日に欠席しても、自白の擬制はできない。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p77

(3)主張と証拠の申出についての弁論主義も外れる(三つのテーゼの否定)

人事訴訟法20条は、当事者が主張しない事実の斟酌(第1の効果の否定)と、職権による証拠調べ(第3の効果の否定)を裁判所に認めています。19条1項による自白の不要証効の排除と合わせて、弁論主義の三つのテーゼがすべて否定されていることになります。

したがって裁判所は、当事者の主張や証拠の申出に拘束されません。当事者が主張した事実を重要でないとして採用しないこともでき、申し出られた証拠を取り調べる義務も当然には生じません。逆に、当事者が主張していない事実を判断の基礎にすることもできます。

19条1項と20条で弁論主義の三つのテーゼが否定される

実体的真実の確定を目的とする人事訴訟においては、裁判に必要な資料の収集を当事者に委ねるのは適当ではないと考えられ、これを裁判所の職責とする職権探知主義がとられている。
19条1項で自白の不要証効に関する民事訴訟法の規定(民179)が排除され、本条では、主張(第1テーゼ)と証拠の申出(第3テーゼ)に関する弁論主義の通用が排除されている。
これにより弁論主義の三つのテーゼが否定され、これに代わって本条は、裁判所に、当事者が主張しない事実の斟酌と職権による証拠調べの職責を与えている。

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p53

裁判所は当事者の主張・証拠申出に拘束されない

このように実際の探知義務は当事者の主張や確定した事実関係に基づいて果たされることになるが、
裁判所は、当事者の主張や証拠の申出に拘束されるわけではない。

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p53

(4)19条1項が名指しで外している民事訴訟法の規定

人事訴訟法19条1項が適用除外にしている規定は、条文に列挙されています。弁論主義と結びついた規定、つまり当事者の訴訟における態度から事実を確定してよいとする規定と、当事者の懈怠に制裁を与える規定です。実体的真実に合わせた判決をするために、相手方の態度とのバランスで事実認定をすることが適切でないと考えられています。

人事訴訟法19条1項(民事訴訟法の規定の適用除外)

人事訴訟の訴訟手続においては、民事訴訟法第百五十七条、第百五十七条の二、第百五十九条第一項、第二百七条第二項、第二百八条、第二百二十四条、第二百二十九条第四項及び第二百四十四条の規定並びに同法第百七十九条の規定中裁判所において当事者が自白した事実に関する部分は、適用しない。

※人事訴訟法19条1項

19条で排除される民事訴訟法の規定

自白法則の不適用に関しては、擬制自白に関する同159条1項も除外され、同179条中当事者が自白した事実に関する部分が排除の対象とされている。
本人尋問に関しては、その補充性に関する同207条2項、本人不出頭の効果として尋問事項に関する相手方の主張を真実と認める同208条、当事者が文書提出命令に従わない場合の効果に関する同224条、相手方が裁判所の筆記命令に従わない場合に関する同229条4項、審理の現状に基づく判決に関する同244条が排除されている。
実体的真実主義をとる以上、相手方の訴訟における態度とのバランスで事実認定をすることは適切ではないからである。

※梶村太市ほか編著『家事事件手続法 第3版』有斐閣2016年p531

5 当事者は主張責任・証拠提出責任を負わないが、客観的証明責任は残る

職権探知主義のもとでは、当事者が主張しなかったこと、証拠を出さなかったこと自体が不利益に結びつきません。主張責任と証拠提出責任が観念されないからです。ところが、事実が真偽不明のまま終わったときにどちらが負けるかという意味の責任は残ります。

この2つは呼び分けられています。真偽不明のときにどちらが負けるかという意味の責任は客観的証明責任と呼ばれ、訴訟の前から法律によって決まっているので、審理での当事者の活動によって動きません。これに対して、真偽不明になるのを避けるために現に立証活動をする必要があるという事実上の負担は証明の必要(主観的な立証活動の必要)と呼ばれ、人事訴訟ではこちらが当事者に課されていません。

(1)主張しないこと・証拠を出さないことが、それだけで不利益にならない

通常の民事訴訟では、当事者は不利益を避けるために判決の基礎にすべき事実を主張しなければなりません(主張責任)。証拠調べも、証明の対象になる具体的な事実が主張されている限りでしか行われません。人事訴訟では、事実を確定する責任が裁判所にあるので、この主張責任と証拠提出責任は妥当しません。

そのため、職権による証拠調べは、当事者の出した証拠では心証が得られないときに初めて許される補充的なものではないと説かれています。法律上の推定規定がある場合も同じで、推定は真偽不明のときの負担(客観的証明責任)の分配を決めるだけなので、推定があることを理由に裁判所が事案の解明をやめてよいことにはなりません。

主張責任・証拠提出責任は妥当しない

これによれば、裁判所は裁判上重要な事実を職権により確定しなければならない。
主張責任および証拠提出責任は妥当しない。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p64

職権証拠調べは補充的・裁量的なものではない

この職権による証拠調べは、当事者の提出した証拠の取調べによって要証事実の心証が得られない場合に許されるというように、補充的裁量的なものにとどまるものではない

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p65

法律上の推定は客観的証明責任にのみ影響する

たとえば、主張責任や証拠提出責任は観念されないし、法律上の推定は客観的証明責任にのみ影響を与えるのであって、裁判所は法律上の推定規定の存在にもかかわらず、職権で事案の解明に努めなければならない。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p68

(2)真偽不明になったときに誰が負けるかは変わらない

証明責任は、法令を適用する前提として必要な事実が真偽不明になったときに、その法律効果が発生しないとされる当事者の負担です。どちらがこれを負うかは訴訟の前から決まっているので、弁論主義を採らない審理でも同じように必要になります。人事訴訟でも、裁判所が探知を尽くしてなお真偽不明であれば、その事実について証明責任を負う側の主張が認められません。

したがって、当事者は主張責任・証拠提出責任を負わないけれども客観的証明責任は負う、という形になります。手続の主体としての地位も失わず、弁論権などの手続保障上の権利は人事訴訟でも当事者に保障されます。

主張・証拠提出責任は負わないが客観的証明責任はある

弁論主義を排して職権探知主義で審理する場合、通常、当事者は主張、証拠提出責任を負わない(ただし、客観的証明責任はある)とされる。
他方で、職権探知主義による審理においても当事者は手続主体性を失うものでなく、弁論権等の手続保障上の権利はここでも当事者に保障される。

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p53

職権探知主義の審理でも証明責任は不可欠

ある法律要件事実についていずれの当事者が証明責任を負担するかは、訴訟前に一義的に定められているものであり、審理における当事者の立証活動によって左右されるものではない。
したがって、弁論主義をとらず、職権探知主義を採用する審理においても、証明責任の概念は不可欠である。

※伊藤眞 (東京大学名誉教授、弁護士)著『民事訴訟法 第8版』有斐閣2023年 12月p410

立証の必要と客観的証明責任の区別

しかし、これは、被告に対して証明の必要という事実上の負担が発生することを意味するのみであり、真偽不明状態にもとづく法律効果の不発生という法律上の不利益、すなわち証明責任が生じることを意味するものではない。
当事者の主観的立証活動の必要と区別する意味で、証明責任は、客観的証明責任と呼ばれることがある

※伊藤眞 (東京大学名誉教授、弁護士)著『民事訴訟法 第8版』有斐閣2023年 12月p410

(3)探知は、心証が得られるか証明責任判決に至るまで続く

職権探知の終わりは、当事者の立証活動の終わりではありません。裁判所が事実の存否について完全な心証を得るか、これ以上解明できないために証明責任によって判決する(証明責任判決)ところまで、探知は続くものとされています。当事者が同意するかどうかも、証拠方法を利用できるかどうかを左右しません。

証明責任判決に至るまで探知は続く

裁判所は、証明を要する事実の存否について完全な心証が得られるか、または解明可能性がないため証明責任判決を行うまでは、探知を続けなければならない。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p64

6 職権探知は裁判所の裁量か義務か→実務は例外的かつ補充的と位置づける(参考)

条文は「することができる」という書き方なので、職権探知をするかどうかは裁判所の裁量に委ねられているとも読めます。裁判所が示している運用は、当事者が主張し証明すべきことは当事者の責任で行い、裁判所の職権探知は例外的かつ補充的なものだという位置づけです。判例も、どの限度まで証拠調べをするかは裁判所がすでに得た心証の程度により自由に決められるとしています。これに対して学説の有力な立場は、必要な場合の職権探知は裁判所の義務だとして、補充性そのものを否定しています。

職権探知主義が本領を発揮するのは、当事者が訴訟資料や証拠を提出できない、または提出しない場面だとされています。当事者双方が主張と立証をしている限り、審理の進め方は通常の民事訴訟とほとんど変わりません。書面で職権探知主義を持ち出すときは、どちらの理解を前提にしているかで主張の立て方が変わります。

職権探知の補充性と実務の運用については、別の記事で説明しています。

職権探知の補充性|人事訴訟の運用→弁論主義に近い・学説は補充性を否定

7 職権探知の下でも当事者の手続保障は失われない

職権探知主義は、裁判資料を集める責任を裁判所に移すものですが、当事者を手続の客体にするものではありません。当事者は主張と証拠の申出をする権利を持ち、裁判所が職権で調べた結果については意見を述べる機会が保障されます。その裏側として、当事者は事案の解明に協力する義務を負うと説かれています。

(1)当事者は事実の主張と証拠の申出をする権利(弁論権)を持つ

裁判所が訴訟資料の収集と事実の確定に責任を負っているとしても、審理と証拠調べの対象を裁判所だけで決められるという意味ではありません。当事者も事実を主張し、証拠を申し出る権利を持ちます。申し出た証拠調べを、もっともらしい主張に関するものでないとか、ありそうにない事実に関するものだという理由で退けることは許されないとされています。

当事者の協力権(弁論権)

裁判所は訴訟資料の収集および事実の確定について責任を負っているが、これは、何が審理および証拠調べの対象になるべきかを裁判所だけで決定することを意味するものではない。
当事者も事実主張を行い、証拠申出を行う権利を有する。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p73

(2)職権で調べた結果は、当事者の意見を聴かなければ判決の基礎にできない

人事訴訟法20条後段は、職権で斟酌する事実と職権による証拠調べの結果について、当事者の意見を聴かなければならないとしています。不意打ちを防ぎ、反論の機会を与えるための規定で、当事者の手続保障の中身をなします。

この手続を踏まないまま職権で得た資料を判決の基礎にした場合、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反として、上告審で職権による破棄の理由になりうると説かれています。職権探知主義は裁判所の権限を広げる原則ですが、その権限の行使には手続上の枠が掛かっているということです。

20条後段の意見聴取の趣旨

裁判所が職権によって証拠調べをしたときは、その結果につき当事者の意見を聴いたうえでなければ判決の基礎にすることができない(20条2文)。
この意見聴取は、不意打ちを防ぎ、法的審問請求権(当事者権)を保障し、反論の機会を与えるためのものである。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p74

20条後段違反は職権破棄の事由となりうる

これに違反した場合、「判決に影響を及ぼす明らかな法令の違反」(民訴325②)として職権破棄の事由となりうる

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p55

(3)反面、当事者は事案の解明に協力する義務を負う

人事訴訟法には、当事者の協力義務を定めた規定がありません。家事事件手続法には、当事者は適切かつ迅速な審理と審判の実現のため事実の調査及び証拠調べに協力するものとするという明文があり、人事訴訟でも同じ内容の義務が免除されているわけではないと解されています。

この協力義務は、裁判所の解明義務の限界としても働きます。抽象的に離婚原因があると述べるだけで具体的な事実を何も陳述しない場合や、附帯処分として財産分与を求めながら財産形成への寄与について何も述べない場合に、裁判所が一切を自分の責任で調査しなければならないわけではない、という形です。

家事事件手続法56条(事実の調査及び証拠調べ等)

家庭裁判所は、職権で事実の調査をし、かつ、申立てにより又は職権で、必要と認める証拠調べをしなければならない。
2 当事者は、適切かつ迅速な審理及び審判の実現のため、事実の調査及び証拠調べに協力するものとする。

※家事事件手続法56条

当事者の協力義務

裁判所は事案を解明する権限を有し、かつ責任を負うが、法は当事者に詳しい事実陳述によって事案解明に協力し、また相手方の陳述の重要な点について正確かつ包括的に意見を述べるべき義務を免除してはいないと解すべきである

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p69

裁判所の解明義務の限界

裁判所の解明義務が当事者の協力義務によって制限を受けなければ、有意義な手続はおよそ不可能であろう。
たとえば、原告が離婚訴訟において一般的、抽象的に離婚原因があると主張するだけで、離婚原因にあたる具体的な事実は何ら陳述せず、証拠も提出しない場合、また離婚訴訟の附帯処分として財産分与の申立てをする申立人が単に財産分与を求めるとのみ陳述し、財産取得への自己の寄与などについて何らの陳述もせず、適切な裁判を願うとのみ申し出るような場合、裁判所は一切合切を自己の責任で調査しなければならないのではない。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p70

8 附帯処分等(財産分与・親権者の指定)の審理では、事実の調査が補充的な手段になる

離婚訴訟では、離婚を認める判決の中で、子の監護に関する処分、財産分与、年金分割の按分割合が定められます(附帯処分)。親権者の指定は附帯処分そのものではなく、申立てを要せず職権で判断されるもので、あわせて附帯処分等と呼ばれます。これらは本来は非訟事件(審判事項)ですが、離婚訴訟の訴訟手続の中で審理されるため、職権探知主義もこの部分に及びます。

附帯処分等については、これに加えて、家庭裁判所調査官による調査を含む「事実の調査」ができます。もっとも、人事訴訟法の組み方は、まず証拠調べの手続で資料を集め、それでは足りないときに初めて事実の調査ができるというもので、事実の調査は補充的な手段として位置づけられています。

附帯処分等の申立てと審理の理論、家事審判における処分権主義・弁論主義の扱い、財産分与の手続で相手方が資料の開示を拒む場合の対応は、それぞれ別の記事で説明しています。

離婚訴訟の附帯処分等(子の監護・財産分与・親権者)の申立と審理の理論

家事審判の対審構造の特徴(処分権主義・弁論主義・既判力なし)

財産分与の手続(審判・離婚訴訟)における財産の開示拒否への対応

人事訴訟法33条1項(事実の調査)

裁判所は、前条第一項の附帯処分についての裁判又は同条第三項の親権者の指定についての裁判をするに当たっては、事実の調査をすることができる。

※人事訴訟法33条1項

附帯処分等でも事実の調査は補充的

人事訴訟法では、まず、厳格な証拠調べの手続で資料を収集し、それでは不十分な場合にはじめて事実の調査ができるとしているので、事実の調査は補充的な手段として位置づけられている

※松川正毅ほか編『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p83

9 沿革——婚姻を維持する方向だけの片面的職権探知から、双面的職権探知へ

職権探知が認められる方向は、旧法と現行法で違います。旧法では婚姻事件と養子縁組事件について、婚姻や縁組を維持する方向でだけ職権探知が認められていました(片面的職権探知主義)。現行の人事訴訟法20条は、この区別をやめてすべての人事訴訟を双面的にしています。

(1)旧法は婚姻事件と養子縁組事件で片面的な職権探知を定めていた

旧人事訴訟手続法で双面的な職権探知が認められていたのは実親子関係事件だけでした。婚姻事件と養子縁組事件では、婚姻または縁組を維持するために職権で証拠調べをし、当事者が提出しない事実を斟酌できるという書き方になっていて、規定の解釈をめぐって複数の見解が主張されていました。

旧法は婚姻事件で片面的職権探知だった

ところで、旧人訴法では、双面的な職権探知主義が採用されたのは実親子関係事件だけであり(旧人訴法31条2項)、婚姻事件および養子縁組事件には婚姻および養子縁組を維持する方向でのみ職権探知が認められていた(同14条、26条、片面的職権探知主義)。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p74

(2)現行法はすべての人事訴訟を双面的にした

人事訴訟法は、婚姻関係・実親子関係・養親子関係の違いを問わず、すべての人事訴訟に双面的な職権探知主義を採りました。近親婚や重婚を理由とする婚姻取消しの訴えで婚姻を維持する方向にしか職権探知ができないのは不合理であること、証拠調べでは立証趣旨とは異なる資料が得られることがあり、一定の方向のためだけに証拠調べをするという発想自体に無理があることが理由に挙げられています。

もっとも、職権探知主義によって守ろうとしている利益は、訴訟の類型によって同じではありません。離婚・離縁の訴えでの職権探知は裁量棄却事由や過酷条項を考慮したものであり、親子関係をめぐる訴訟では実体的真実の確定がより強く前提になっていると説かれています。

現行法は全ての人事訴訟で双面的にした

これに対し、人訴法は、婚姻関係、実親子関係、養親子関係の特質を顧慮せず、すべての人事訴訟について双面的に職権探知主義を採用した。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p75

訴訟の類型によって保護する利益が違う

職権探知主義といっても、人事訴訟において、これにより保護しようとする権利や利益が一律ではない。
例えば離婚・離縁訴訟における職権探知主義の維持は、裁量的棄却事由や過酷条項などを考慮してのことである。
これに対して親子関係をめぐる訴訟では、より実体的真実の確定を目指すことが前提となっている。

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p54

(3)双面化の後も、判決の基礎にする事実と当事者の自己決定権が論じられている

離婚や離縁の原因になる事実は、多くがプライバシーに関わり、当事者が判決の基礎にされることを望まないものも含まれます。いかなる事実を判決の基礎にするかは当事者の自己決定権に関わるとして、協議離婚や協議離縁が認められている事件について職権探知主義を採ること自体を疑問とする立場があります。

これに対して、片面的な職権探知を双面的に改めた経緯からすると、現行の20条に片面的職権探知主義を読み込むことはできず、自己決定権の尊重は同条を適用する際の指針ないし留意点にとどまるという整理も示されています。いずれの立場でも、当事者が異議を述べている事実を職権で認定して離婚を認めることには慎重であるべきだという点は共通しています。

判決の基礎にする事実と自己決定権

離婚や離縁を基礎づける事実は、多くはプライバシーに関わる事実であり、当事者が判決の基礎にされることを望まない事実もあるはずである。
いかなる事実を判決の基礎にするかは、当事者の自己決定権に関わる。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p76

自己決定権の尊重は本条適用の指針にとどまる

片面的であった職権探知を双面的に改正したことからすると、本条に片面的職権探知主義を読み込むことには無理があるのであって、当事者の自己決定権の尊重は、本条を適用する際の指針ないしは留意点にとどまるものとすべきであろう。

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p54〜55

主張のない事実の職権認定で離婚を認容することは避けるべき

例えば離婚請求において、原告が請求原因として主張していない事実を斟酌し、申出のない証人を職権で調べることによって離婚請求を認容することは避けるべきと思われる。

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p54

10 おわりに

人事訴訟の職権探知主義は、自白・擬制自白・不出頭や文書不提出への制裁といった、当事者の態度から事実を確定する仕組みをまとめて外します。その代わりに事実の確定の責任は裁判所に移りますが、真偽不明のときにどちらが不利益を受けるかという客観的証明責任は当事者に残り、手続に関与する権利と協力する義務も残ります。

職権探知が裁判所の義務なのか裁量なのかについては、判例・実務の理解と学説の有力な立場が食い違っているので、この原則を主張の根拠にするときは、どちらの理解に立つかを明示して組み立てることになります。

裁判上の自白・擬制自白そのものの要件と効果、通常の民事訴訟における証明妨害への対応は、別の記事で説明しています。

裁判上の自白・擬制自白の基本(対象となる『事実』)

裁判上の自白・擬制自白の効果と裁判所への拘束力

民事訴訟における証明妨害への対応(ペナルティ規定と一般的な証明妨害理論)

本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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職権探知の補充性|人事訴訟の運用→弁論主義に近い・学説は補充性を否定
人事訴訟の職権探知主義(人事訴訟法20条)|自白が効かない審理と、なお残る証明責任

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