人事訴訟の職権探知の方向→双方向、なお残る自己決定権論

1 人事訴訟の職権探知の方向→双方向、なお残る自己決定権論

人事訴訟では、裁判所が当事者の主張しない事実を斟酌し、職権で証拠調べをすることができます(人事訴訟法20条前段)。この職権探知がどちらの方向に働くのかは、旧法と現行法で違います。

旧法では、婚姻事件と養子縁組事件について、婚姻や縁組を維持する方向でだけ職権探知が認められていました。現行の人事訴訟法20条はこの区別をやめ、すべての人事訴訟で双方向に職権探知を認めています。

もっとも、双方向に改めたあとも、何を判決の基礎にするかは当事者の自己決定権に関わるとして、職権探知主義を採ること自体を疑問とする立場が残っています。この記事では、方向がどのように変わったのか、そして双方向にしたあとに何が残っているのかを説明します。

2 旧法の婚姻事件と養子縁組事件→維持する方向だけの片面的職権探知

旧人事訴訟手続法で双面的な職権探知が認められていたのは、実親子関係事件だけでした。婚姻事件と養子縁組事件では、婚姻または縁組を維持するために職権で証拠調べをし、当事者が提出しない事実を斟酌できるという書き方になっていて、規定の解釈をめぐって複数の見解が主張されていました。

引用:文献・公開情報

旧法は婚姻事件で片面的職権探知だった

ところで、旧人訴法では、双面的な職権探知主義が採用されたのは実親子関係事件だけであり(旧人訴法31条2項)、婚姻事件および養子縁組事件には婚姻および養子縁組を維持する方向でのみ職権探知が認められていた(同14条、26条、片面的職権探知主義)。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p74

3 現行の人事訴訟法20条→類型を問わず双面的な職権探知

人事訴訟法は、婚姻関係・実親子関係・養親子関係の違いを問わず、すべての人事訴訟に双面的な職権探知主義を採りました。理由として挙げられているのは、近親婚や重婚を理由とする婚姻取消しの訴えで婚姻を維持する方向にしか職権探知ができないのは不合理であること、そして証拠調べでは立証趣旨とは異なる資料が得られることがあり、一定の方向のためだけに証拠調べをするという発想自体に無理があることです。

引用:文献・公開情報

現行法は全ての人事訴訟で双面的にした

これに対し、人訴法は、婚姻関係、実親子関係、養親子関係の特質を顧慮せず、すべての人事訴訟について双面的に職権探知主義を採用した。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p75

4 職権探知が守る利益→訴訟の類型ごとに違う重点

双方向になったからといって、職権探知主義が守ろうとしている利益まで訴訟の類型を通じて同じになるわけではありません。離婚・離縁の訴えでの職権探知は裁量棄却事由や過酷条項を考慮したものであり、親子関係をめぐる訴訟では実体的真実の確定がより強く前提になっていると説かれています。

引用:文献・公開情報

訴訟の類型によって保護する利益が違う

職権探知主義といっても、人事訴訟において、これにより保護しようとする権利や利益が一律ではない。
例えば離婚・離縁訴訟における職権探知主義の維持は、裁量的棄却事由や過酷条項などを考慮してのことである。
これに対して親子関係をめぐる訴訟では、より実体的真実の確定を目指すことが前提となっている。

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p54

5 判決の基礎にする事実と当事者の自己決定権→職権探知主義そのものへの疑問

離婚や離縁の原因になる事実は、多くがプライバシーに関わり、当事者が判決の基礎にされることを望まないものも含まれます。いかなる事実を判決の基礎にするかは当事者の自己決定権に関わるとして、協議離婚や協議離縁が認められている事件について職権探知主義を採ること自体を疑問とする立場があります。

引用:文献・公開情報

判決の基礎にする事実と自己決定権

離婚や離縁を基礎づける事実は、多くはプライバシーに関わる事実であり、当事者が判決の基礎にされることを望まない事実もあるはずである。
いかなる事実を判決の基礎にするかは、当事者の自己決定権に関わる。

※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p76

(1)自己決定権の尊重→20条適用の指針にとどまる位置づけ

これに対して、片面的な職権探知を双面的に改めた経緯からすると、現行の20条に片面的職権探知主義を読み込むことはできないという整理も示されています。この立場では、当事者の自己決定権の尊重は、20条を適用する際の指針ないし留意点にとどまることになります。

引用:文献・公開情報

自己決定権の尊重は本条適用の指針にとどまる

片面的であった職権探知を双面的に改正したことからすると、本条に片面的職権探知主義を読み込むことには無理があるのであって、当事者の自己決定権の尊重は、本条を適用する際の指針ないしは留意点にとどまるものとすべきであろう。

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p54〜55

(2)両説に共通する歯止め=主張のない事実による離婚認容の回避

20条の読み方では、2 つの立場は分かれています。しかし、原告が請求原因として主張していない事実を斟酌し、申出のない証人を職権で調べることによって離婚請求を認容することは避けるべきだという点では、どちらの立場も一致しています。職権探知が双方向に及ぶことと、個々の事件で裁判所がどこまで職権を使うかは、別の問題だということです。

引用:文献・公開情報

主張のない事実の職権認定で離婚を認容することは避けるべき

例えば離婚請求において、原告が請求原因として主張していない事実を斟酌し、申出のない証人を職権で調べることによって離婚請求を認容することは避けるべきと思われる。

※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p54

6 おわりに

人事訴訟の職権探知が働く方向は、旧法の片面的なものから、現行法の双方向のものへ変わりました。婚姻や縁組を維持する方向だけという限定はなくなり、すべての人事訴訟で、どちらの方向にも職権探知が及びます。

ただし、方向の限定がなくなったことは、どの事件でも同じ強さで職権探知が働くことを意味しません。守ろうとしている利益は訴訟の類型によって違いますし、当事者が主張していない事実を職権で認定して離婚を認めることには慎重であるべきだという歯止めは、立場を問わず共通しています。書面で20条を持ち出すときは、方向の問題と、どこまで探知するかの問題を分けて組み立てることになります。

職権探知主義そのものの内容は、別の記事で説明しています。

人事訴訟の職権探知主義(人事訴訟法20条)|自白が効かない審理と、残る証明責任

職権探知をどこまで行うべきかについての判例と学説の対立は、別の記事で説明しています。

人事訴訟の職権探知の範囲→学説が割れ、判例は裁量寄り

実際にどこまで探知が行われているかは、別の記事で説明しています。

人事訴訟の職権探知の実情→例外・運用は弁論主義に近い

本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。原文の段落の行頭にある字下げは再現していません。

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