【デイトレーダーの婚姻費用・養育費算定:収入の認定方法と実務対応】

1 デイトレーダーの婚姻費用・養育費算定:収入の認定方法と実務対応

夫婦や親子の生活費の金額(婚姻費用・養育費)を計算する時は、標準算定方式が使われています。
詳しくはこちら|標準算定方式による養育費・婚姻費用の算定(計算式・生活費指数)
この標準算定方式では、(総)収入の認定がベースとなります。
詳しくはこちら|総収入の認定と基礎収入の意味や計算方法(公租公課・職業費・特別経費の控除)
この点、株式等の短期売買の利益により生計を立てる「デイトレーダー」の収入はどのように計算するのか、という問題があります。本記事では、デイトレーダーのような変動的で不安定な収入源をどのように評価するかは、婚姻費用や養育費をどのように計算するのか、ということを説明します。

2 結論の要点(まとめ)

最初に、結論の要点をまとめておきます。

結論の要点(まとめ)

デイトレード収入は、生活費の原資となっていた場合には「収入」に含める
デイトレード収入の認定方法として、①生活費充当額による認定、②複数年の損益平均による算定、③転職前収入を参考にする方法がある
変動的・不安定な収入であるため、一時点の収益だけでなく、長期的視点での収入評価が必要である
投資の元本と収益は区別されるべきであり、純粋な収益部分のみが原則として収入認定の対象となる
収入状況を客観的に示す取引記録、確定申告書、銀行口座の取引履歴などの資料を整理・保管することが重要である

詳しい内容は、以下説明します。

3 デイトレード収入の特徴→婚姻費用・養育費算定の難しさ

デイトレーダーの収入には、通常の給与所得者とは異なる特徴があり、それが婚姻費用・養育費の算定を難しくする要因となっています。
デイトレード収入の第一の特徴は、賃料収入等とは異なり利益が一定しないという点です。市場の変動により、ある月には大きな利益が出る一方で、別の月には損失を出すこともあります。専業・兼業デイトレーダーの年間収支は、数億円のプラスになる人もいれば、損失を出し続けて資金を失うケースもあります。
第二の特徴は、元本割れのリスクがあることです。株式や為替などの取引では、市場の動向次第では投資した元本自体が減少することがあります。そのため、デイトレーダーは利益の相当部分を元本に組み入れて再投資を行う傾向があります。
第三に、デイトレーダーとして生き残るのは全体の約10%程度と言われるほど不安定な収入源であることが挙げられます。このような変動的・不安定な収入を婚姻費用算定においてどのように評価するかは、実務上の大きな課題となっています。
これらの特徴から、単に一定期間の利益をすべて収入として取り扱うことは適切ではなく、より実態に即した収入認定方法が求められます。

4 デイトレード収入の実務的な認定方法

デイトレード収入のような変動的・不安定な収入源について、婚姻費用・養育費の算定上どのように取り扱うべきかについては、いくつかの方法が考えられます。

(1)生活費充当額による認定

売却益のうち実際に生活費に充てていた金額を当事者に主張させて、その中から相当な金額を収入として推認する方法です。
デイトレード収入は全額が生活費に充てられるわけではなく、一部は再投資に回されることが一般的です。そのため、実際に家計の維持に使われていた金額を具体的に認定することで、より実態に即した収入評価が可能になります。
この方法では、取引記録と生活費への支出を関連付ける証拠(銀行口座の入出金記録など)が重要になります。デイトレーダー側は投資用の口座と生活費用の口座を分けて管理していることが多いので、生活費用の口座への移動額を確認することで生活費充当額を把握できる場合があります。

(2)複数年の損益平均による算定

デイトレード収入は短期的な変動が大きいため、数年分の損益を平均することで、より安定した収入の認定を行う方法です。
例えば、直近3年間のデイトレード収入を合計し、それを36か月で割った月平均額を婚姻費用算定の基礎とする方法が考えられます。これにより、一時的な高収益や損失に左右されない、より長期的視点での収入評価が可能になります。
確定申告書や証券会社の年間取引報告書などを複数年分確認することで、この平均値を算出することができます。

(3)転職前収入を参考にする方法

デイトレーダーに転じる前の収入を参考にして収入認定を行う方法もあります。
これは、本人の潜在的な稼働能力を考慮したアプローチで、特にデイトレーダーとしての実績が短い場合や収入が極めて不安定な場合に有効です。例えば、以前は証券会社の社員であった場合、その当時の給与水準を一つの参考として収入認定することが考えられます。
ただし、デイトレードが長期間の職業となっている場合や、転職前と現在の能力・状況が大きく異なる場合には、この方法の適用には限界があります。

(4)まとめ→事案によって(複数)選択

これらの方法は、それぞれの事案の特性に応じて、単独または組み合わせて適用されることになります。

5 デイトレーダーが婚姻費用・養育費問題で準備すべき資料

デイトレーダーが婚姻費用問題に直面した場合、自身の収入状況を適切に説明するためには、以下のような資料の準備が重要です。

(1)取引履歴・取引明細

まず最も基本的な資料として、証券会社の口座取引履歴や取引明細が挙げられます。これらは通常、証券会社から年間取引報告書として提供されており、売買の詳細や損益の状況を客観的に示す重要な証拠となります。

(2)確定申告書・所得証明書

次に、確定申告書や所得証明書も必要です。デイトレーダーの場合、一般的には雑所得または事業所得として申告しており、確定申告書の所得金額は収入認定の基礎資料となります。ただし、税法上の所得金額がそのまま婚姻費用算定における収入となるわけではない点に注意が必要です。

(3)生活費用口座の取引履歴など

また、生活費への充当を示す銀行口座の取引記録も重要な資料です。投資用口座から生活費用の口座への資金移動記録は、実際にいくらの金額が生活費に充てられていたかを示す証拠となります。
さらに、住宅ローンや生活費の支払い状況を示す資料も有効です。日常的な生活水準を示す客観的な証拠として、デイトレード収入の一部が実際に生活費の原資となっていたことを裏付けることができます。
これらの資料を整理して提示することで、デイトレード収入の実態をより正確に説明し、適切な婚姻費用の算定につなげることができます。資料の収集と整理は早い段階から始めることをお勧めします。

6 デイトレーダーの収入に関するよくある質問

(1)損失が出ている月の婚姻費用→一定期間の平均をとる

デイトレードでは月ごとに利益と損失の変動が大きく、損失が出ている月も少なくありません。婚姻費用・養育費は毎月定期的に支払うものですので、月々の収益変動をそのまま反映させるのは現実的ではありません。
裁判実務では、一定期間(例えば半年や1年)の平均的な収益を基に婚姻費用を算定することが多いです。また、過去に十分な利益を上げており、それを生活費として蓄えている場合には、一時的な損失があっても婚姻費用の支払義務は継続する可能性があります。
ただし、長期間にわたり損失が続き、生活自体が困難になっている場合には、婚姻費用・養育費の減額を求めることも検討できます。その場合は、収入状況の変化を客観的に証明できる資料を準備する必要があります。

(2)取引元本と収益の区別→生活費充当額や確定申告上の所得

デイトレードにおける取引元本(投資資金)と収益の区別は、婚姻費用・養育費算定においてしばしば問題となります。基本的には、純粋な収益部分のみが収入として認定される傾向にありますが、実務上はその区別が難しいケースも少なくありません。
裁判実務では、証券口座の残高増加分を単純に収入とするのではなく、実際に生活費に充当された金額確定申告上の所得額を参考にしつつ、再投資の必要性なども考慮して収入認定がなされます。
取引元本と収益を明確に区別するためには、投資開始時の資金額を明確にしておき、その後の取引記録や生活費への充当記録を保存しておくことが重要です。また、投資用の口座と生活費用の口座を分けて管理することも有効な方法です。

7 関連テーマ

(1)特有財産からの果実(不動産収入・配当金)は婚姻費用・養育費の算定基礎になるか

デイトレードとは少し違いますが、婚姻費用や養育費に関して、婚姻前から長期保有している株式の配当など(特有財産の果実)は収入にあたるかどうか、という問題があります。
実務では統一的処理があるわけではなく、無条件に収入に算入するという見解と、生活費の原資として使っていた場合にだけ収入に算入する、という見解があります。
詳しくはこちら|特有財産からの果実(不動産収入・配当金)は婚姻費用・養育費の算定基礎になるか

(2)離婚時の財産分与における金融資産の扱い(夫婦共有財産か特有財産か)

以上は婚姻費用、養育費についての説明でしたが、離婚の際の財産分与でも、株式その他の金融資産をどのように扱うか、ということが問題になります。
詳しくはこちら|離婚時の財産分与における金融資産の扱い(夫婦共有財産か特有財産か)

8 参考情報

参考情報

佃浩一ほか編『家事事件重要判決50選』立花書房2012年p84、85

本記事では、デイトレーダーの婚姻費用・養育費算定について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に婚姻費用や養育費に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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