【離婚に伴う財産分与・慰謝料請求権の保全(仮差押・仮処分)(実務整理ノート)】

1 離婚に伴う財産分与・慰謝料請求権の保全(仮差押・仮処分)(実務整理ノート)

離婚が成立する時には、財産分与慰謝料として金銭その他の財産が動くことになります。
詳しくはこちら|財産分与の基本(3つの分類・典型的な対立の要因)
詳しくはこちら|離婚の慰謝料相場は200〜500万円、事情によってはもっと高額化
調停、審判や訴訟で具体的な支払額や移転する財産が決まったとしても、すでに財産がなくなっていたということになると困ります。
そこで、事前に財産と凍結しておく手段が保全処分です。離婚に関する財産分与や慰謝料については、一般的な民事保全と違うところが多いです。本記事では、実務的な扱いを整理しました。

2 離婚成立前後の財産分与請求権の保全の違い

(1)離婚成立「前」→人事訴訟法(民事保全)

離婚成立「前」→人事訴訟法(民事保全)

あ 根拠→人事訴訟法

離婚に基づく財産分与請求権は、離婚が成立していない場合でも民事保全の被保全権利として認められている
人事訴訟法30条、32条により、夫婦の一方は離婚に伴う財産分与請求権を被保全権利として民事保全を行うことができる
人事訴訟法32条の附帯請求として財産分与請求がされる限り、請求権の被保全適格として問題はない

い 「本案訴訟」は何か→争いあり

本案訴訟の性質については、離婚請求を本案訴訟とする見解と附帯処分である財産分与の申立てを本案訴訟とする見解が存在する

(2)離婚成立「後」→審判前の保全処分

離婚成立「後」→審判前の保全処分

離婚成立後の財産分与は家事審判事項(家事事件手続法39条、別表第2の4)であり、家事事件手続法105条以下及び157条が規定する審判前の保全処分によることになる

3 財産分与・慰謝料請求の保全処分の管轄裁判所

(1)人事訴訟を本案とする保全→家庭裁判所

人事訴訟を本案とする保全→家庭裁判所

人事訴訟を本案とする保全命令事件の管轄裁判所は、本案の管轄裁判所又は仮に差し押さえるべき物若しくは係争物の所在地を管轄する家庭裁判所となる(人事訴訟法30条1項)
原則として、財産分与請求権を被保全権利とする保全処分は、本案未提起の場合は本案を管轄すべき家庭裁判所、本案が係属中の場合は当該係属中の裁判所が管轄裁判所となる

(2)慰謝料請求だけケースの保全→地方裁判所

慰謝料請求だけケースの保全→地方裁判所

離婚は求めないで不貞行為を理由に慰謝料請求だけをする場合、地方裁判所が本案の管轄裁判所となるため、保全処分の管轄も地方裁判所となる(家庭裁判所に保全の申立てをすることはできない)

(3)国際裁判管轄

国際裁判管轄

本案の人事訴訟の国際裁判管轄が日本の裁判所にある場合、又は仮に差し押さえるべき物若しくは係争物が日本国内にある場合に、日本に民事保全の国際裁判管轄が認められる(民事保全法11条)

4 財産分与に関する保全処分の発令要件(の疎明)

(1)離婚原因の疎明

離婚原因の疎明

あ 基本

離婚原因(民法770条1項)の存在が疎明されなければならない

い 必要な疎明資料

ア 離婚事由に関する資料 離婚調停の受理証明書のみでは不十分であり、債権者本人の陳述書、債務者の不貞行為についての興信所の調査書、債務者の暴力による受傷の診断書などが必要となる
イ 財産に関する資料 債務者の資産のみでなく、夫婦全体の資産及び負債の疎明が必要となり、財産一覧表、各財産の存在及びその評価の裏付け資料が求められる

(2)必要性・緊急性の疎明

必要性・緊急性の疎明

夫婦全体の全資産及び全負債を疎明する必要がある

5 財産分与に関する保全処分の種類

(1)原則的種類→仮差押

原則的種類→仮差押

金銭支払を確保するための仮差押えが一般的である
仮差押の場合、解放金が提供されて対象財産(不動産など)が処分されてしまうリスクがある
処分禁止の仮処分は特段の事情がない限り認められない

(2)仮差押え

仮差押え

あ 要件

財産分与として債権者に金銭が分与され、債務者に金銭支払が命じられる蓋然性があることが必要となる

い 対象財産の範囲→特有財産含む

夫婦の実質的共有財産、夫婦の一方の特有財産でも債務者の財産であれば対象となり得る

う 対象財産の選択→打撃配慮あり

債務者により打撃の少ないものから選択し、給与や退職金は、債務者が退職するおそれがあるなどの事情がない限り、保全の必要性が認められない

(3)不動産の処分禁止の仮処分→否定方向

不動産の処分禁止の仮処分→否定方向

あ 要件

不動産が実質的に夫婦の共有に属すること、離婚判決において債権者に現物分与される蓋然性があることが必要となる

い 判断要素

当事者が不動産を必要とする程度(居住者や居住状況)、当事者双方の資力(代償金支払の可否等)、財産の取得・維持についての当事者双方の貢献度、財産についての利害関係が考慮される

う 実務→否定方向

不動産の現物分与は例外的であり、要件の疎明は容易ではない
住宅ローン等の債務が設定されている場合、現物分与の蓋然性の疎明は困難である

(4)持分2分の1の処分禁止→昔の実務

持分2分の1の処分禁止→昔の実務

あ 過去の実務→多かった

夫がひとつの土地建物を所有するだけで他の財産が判明しない場合が圧倒的に多く、その不動産の取得について妻が寄与したことの一応の疎明があれば、その不動産の「所有権の一部2分の1」という形で処分禁止の仮処分を発令している例がかなり多い時代もあった
この場合、登記上夫の持分の表示はないので持分の処分禁止ではなく、文字どおり所有権の一部についての処分禁止の仮処分となる
このような仮処分が保全異議で争われる例をみなく、この仮処分を前提に裁判上、裁判外の和解をして紛争を解決している例が多かった

い 現在の実務→否定方向

実際には本案訴訟で妻にこのような形(所有権の一部)の不動産分与がなされることは考えにくく、金銭による分与が多く、現に居住している等の理由で妻に不動産が分与される場合には、通常その全部が分与される
現在の実務では、不動産の所有権の2分の1について処分禁止の仮処分を発令する例は少ない

6 相手方が有責配偶者のケースの検討事項→慰謝料のみが有用

相手方が有責配偶者のケースの検討事項→慰謝料のみが有用

あ 起訴命令申立てへの対応(前提)

保全命令に対し相手方から起訴命令が申し立てられた場合、調停又は訴訟において財産分与の申立てをしなければ保全命令が取り消される(民事保全法37条)

い 離婚訴訟係属中→予備的財産分与の申立

離婚訴訟が係属している場合は予備的財産分与の申立てをする

う 離婚訴訟係属なし→慰謝料請求のみが有力選択肢

相手方が有責配偶者であるケースで、自ら離婚を求めない場合、離婚訴訟を提起することはできない
仮差押申立の際には、被保全債権を財産分与請求権ではなく慰謝料請求権として構成する余地を検討する必要がある
離婚は求めないで、不貞行為による慰謝料請求だけを求める場合には、地方裁判所が本案の管轄裁判所となるため、家庭裁判所に保全の申立てをすることはできない

7 担保額の相場→5〜20%(低め)

担保額の相場→5〜20%(低め)

離婚に伴う慰謝料請求権、財産分与請求権を被保全権利とする仮差押について
目的物価額5~20%が相場である(比較的低額)
請求額を基準にする見解もある(この場合も同じ比率を使う)
低額の理由は、被保全権利の疎明が容易であること、通常、債権者の資力が乏しいことによる

他の類型も含めた、仮差押の担保額の相場は、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|仮差押の担保基準(担保の金額の相場の表と実務の傾向)

8 関連テーマ

(1)民事保全(仮差押・仮処分)の基本|種類と要件|保全の必要性

詳しくはこちら|民事保全(仮差押・仮処分)の基本|種類と要件|保全の必要性

9 参考情報

参考情報

瀬木比呂志著『民事保全法 新訂第2版』日本評論社2020年p501、502
江原健志ほか著『民事保全の実務(上)第4版』金融財政事情研究会2021年p279〜286
岡口基一著『要件事実マニュアル5 第5版』ぎょうせい2017年p571、572
森公任ほか編著『2分の1ルールだけでは解決できない 財産分与算定・処理事例集』新日本法規出版2018年p41、42
荒井史男・大西嘉彦稿『保全命令手続における担保』/三宅弘人ほか編『民事保全法の理論と実務(上)』ぎょうせい1990年p193

本記事では、離婚に伴う財産分与・慰謝料請求権の保全について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与や慰謝料など、離婚に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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