【相続の使途不明金問題の予防策(親の財産管理者の使い込み疑惑対策)】

1 相続の使途不明金問題の予防策(親の財産管理者の使い込み疑惑対策)

高齢化社会では、親の財産管理を任される場面が増えています。一部の相続人が親の金銭管理をしていた場合、亡くなった後に、必ずといってよいほど「使途不明金問題」が生じます。適切に管理していたつもりでも、後々「使い込んだのではないか」と疑われる、実際に使い込みをしたものとして扱われるリスクがあります(後述)。
本記事では、使途不明金問題の予防策、つまり将来のトラブルを未然に防ぐための具体的方法を説明します。

2 使途不明金問題の基本(前提)

使途不明金問題とは、親の財産を管理していた相続人が、相続開始後に「お金をどう使ったのか説明できない」と疑われるトラブルです。特に認知症の親の財産管理や、生活費として定期的に金銭を引き出していた場合に発生しやすい問題です。
この問題は遺産分割の場面で表面化し、適切な記録や証拠がないと管理者が不利な立場になります。判例では、使途を合理的に説明できず、被相続人がその引き出しを認識・容認していたと認める事情がない場合、その金銭を返還する義務が認められることがあります。
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:預貯金引出権限(授権・承諾)の事実認定(実務整理ノート)
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:典型的な使いみち別の責任の判断傾向(実務整理ノート)
法的手続としては、相続人の全員が同意しない限り、最終的には遺産分割とは別の訴訟で請求することになる、つまり手間や時間がかかることになります。
詳しくはこちら|相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)

3 使途不明金問題を未然に防ぐための3つの法的対策

(1)財産管理契約の締結

財産管理契約は、文字どおり、財産管理(や療養看護に関する事務)を信頼できる者に委任する契約です。契約書には委任事務の範囲(管理する財産、預貯金の引き出し、支払い代行など)と報告義務(頻度・方法)を明記します。受任者を監督する第三者を定めることで不正防止(不正と疑われることの防止)効果も高まります。
手間やコストがかかりますが、公正証書として作成するとより万全です。証明力が高く、後日の紛争防止効果があり、金融機関との取引もスムーズになります。
詳しくはこちら|公正証書の効力・作成手続(情報整理ノート)

(2)任意後見契約の活用

財産管理契約は判断能力があることを前提としている、認知症などの症状が出ると対応できません。
この点、任意後見契約は将来の判断能力低下に備えて財産管理や身上監護を委任するもので、必ず公正証書で締結します。
効力は本人の判断能力低下後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任して初めて生じます。監督人は任意後見人の事務を監督し、定期的に家庭裁判所へ報告します。親がまだ健康なうちから「移行型」の契約を検討することが有効です。

(3)遺言書(遺言代用信託)の作成

遺言書は相続財産の承継を定めるだけでなく、使途不明金問題を予防することにもつながります。誰にどの財産を相続させるかを明記することで、無用な疑念や争いを防ぎます。
詳しくはこちら|遺言作成時の注意(タイミング・変更理由の記載・過去の遺言破棄)
信頼できる遺言執行者の指定も重要です。執行者には相続財産の調査・管理権限があり、財産管理状況の調査報告を義務付ける条項も有効です。公正証書遺言は専門家の関与により透明性が確保され、無効リスクも低いためお勧めです。
詳しくはこちら|遺言執行者の任務(権利・義務)の総合ガイド
また、遺言書と同じように財産の承継方法を決めておく方法として、信託を活用するという選択肢もあります。
詳しくはこちら|遺言代用信託のメリット(通常の遺言や遺言信託との違い)

4 実務上の具体的予防策(日常の管理方法)

(1)親の財産を管理する者の心構え

前述の法的な予防策とは別に、日常的な工夫、配慮も求められます。そもそも使途不明金問題の構造的な要因として他の人の財産を預かる感覚が薄い、という点があります。特に長年同居している親子である場合はこの傾向が強いです。単独相続であれば、現実的に問題が生じにくいですが、他にも相続人がいるケースでは、他の人の財産を預かっているということを強く意識することが必要です。

(2)収支記録の適切な管理

日常的な財産管理では、家計簿や会計帳簿などとして、正確な記録を残すことが重要です。収入と支出を日付順に記録し、費目別(食費、医療費、住居費など)に分類します。収入は給与、年金、その他の収入源を明確に記録します。
特に医療費や介護費用は詳細な記録を残し、親の了解を得た支出はその事実も記録しておくと良いでしょう。たとえば領収書(後述)の余白に親のサインをしてもらう、という簡単なものでも役立ちます。
収支の記録は、定期的に通帳記録と照合することも重要です。

(3)領収書・証拠の保管システム

証拠書類の適切な保管も不可欠です。領収書や取引明細をスキャンしPDF保存し、クラウドストレージで管理する、など、デジタル化を活用することも有用です。紙媒体の記録は、日付や項目ごとにファイル整理し、耐火性のある書庫で保管するのがベストです。
特に医療費や高額支出の領収書は、説明責任の重要な証拠となります。銀行明細や通帳コピーも定期保存すると、後日の照合がスムーズになります。

(4)家族への定期報告と専門家の活用

家族間の情報共有と定期報告は透明性を高めます。定期的な家族会議の開催や、共有オンラインストレージ・家計簿アプリの活用が効果的です。月次または四半期ごとの報告書(収支・残高・特記事項)作成も有効です。
報告(共有)するのは親(と管理する者)が原則ですが、状況によっては、きょうだい(将来の相続人)も含めることも有用です。

5 予防策導入のタイミングと段階的アプローチ

(1)早期着手の重要性

予防策は親がまだ健康で判断能力が十分ある段階で導入するのが最も効果的です。この段階なら親自身の意思で各種契約締結や遺言作成ができ、家族間の情報共有も親の同意で構築できます。
早期導入で親の意思が明確に記録され、紛争リスクが大幅に減少します。健康なうちから透明性確保の習慣を身につければ、認知症などの症状出現時もスムーズに対応可能です。
親の状態に応じた優先事項は以下のとおりです。

(2)段階別:健康・判断能力十分

財産管理契約、任意後見契約、遺言書作成、情報共有の仕組み構築など、根本的な仕組みの構築をしておきます。

(3)段階別:判断能力やや低下

既存の仕組みの調整程度であれば、判断能力が低くても可能です。状況に応じて、既存の契約内容の確認・見直しをします。また、日常管理記録の徹底は重要です。

(4)判断能力著しく低下

任意後見監督人選任申立て(または法定後見制度の利用)をします。

以上はあくまでも理想的な段階別の対応です。

6 予防策実施の障壁と解決方法

(1)「費用」と「手間」の問題

予防策実施には一定の費用と手間がかかりますが、将来紛争を防ぐ「保険」と考えるとよいでしょう。
記録管理の手間は、レシート自動記録アプリやクラウド共有サービスの活用で軽減できます。毎日・毎週の定時更新習慣化や家族での分担も効果的です。

(2)心理的障壁への対応

「親が契約を嫌がる」こともよくあります。この場合は、契約目的が親の意思や尊厳を守るため、という目的を丁寧に説明し、トラブル事例や認知症早期対応の重要性について理解を求めます。親の信頼する人からのアドバイスも効果的です。
「兄弟が非協力的」ということもよくあります。情報共有の目的が全員の安心と信頼関係維持にあるということを説明して理解を求めます。

7 予防策実施後のフォローアップ

予防策導入後も状況変化に応じた定期的見直しが重要です。年次レビューに加え、親の健康状態変化(入院・施設入所)、家族構成変化、大きな資産異動時には臨時見直しを行います。
親の判断能力や身体状況の変化に応じて予防策を修正します。例えば判断能力低下時は任意後見監督人選任申立てを検討し、介護サービス増加時は管理費目や金額を見直します。修正は親の意思尊重と家族間共有が基本です。
また、財産管理者自身の万一に備え、複数受任者指定や代替受任者事前指定、管理システムの家族共有、複数人承認の仕組み導入などの工夫を取り入れることも有用です。これにより不正リスク軽減と継続性確保を両立させます。

本記事では、相続の使途不明金問題の予防策について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に親子(親族間)の財産管理や、相続後の使途不明金問題に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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